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平辻哲也 発信する!映画館 ~シネコン・SNSの時代に~

人を支え、人に支えられる極小ユニバーサルシアター 「CINEMA Chupki TABATA」驚きの経営術

隔週連載

第33回

20/3/29(日)

日本初のユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA」(シネマ・チュプキ・タバタ)は日本最小級のミニシアターだ。視覚障害者の映画鑑賞をサポートする「バリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツ」が「どんな人にも映画を楽しんで欲しい」と2016年9月に開館。映画館がなかった田端に新たな映画文化を根付かせた。音声ガイドは障害者だけでなく、アニメやインド映画ファンにも人気。同館代表が明かしてくれた驚きの経営術とは……。

シネマ・チュプキ・タバタはJR山手線・田端駅北口から徒歩約5分、駅下仲通り商店街の中、レンガ飾りのビルの1階にある。スクリーンサイズは120インチ、座席数20という最小級サイズ。月に7本程度、ドキュメンタリーからアニメまで幅広いジャンルを上映。最近では、日本アカデミー賞で作品賞、主演男優賞(松坂桃李)、主演女優賞(シム・ウンジョン)に輝いた『新聞記者』が毎回、満席の大ヒットとなった。

最大の特徴は、目の不自由な人も、耳の不自由な人も、どんな人も一緒に映画を楽しめるユニバーサルシアター。すべての作品にイヤホン音声ガイドがつき、日本映画でも必ず字幕付き上映を行っている。クラウドファンディングで531人の支援者、約1880万円の支援を受け、2016年9月にオープン。全国のほとんどの映画館が年中無休の中、水曜定休としているのも珍しい。「チュプキ」とはアイヌ語で月や木漏れ日などの「自然の光」の意味だ。

ロビーの天井の「チュプキの樹」のイラスト。葉には支援者の名前がある

田端はかつて「田端文士村」とも呼ばれ、明治時代末期から昭和初期にかけて、芥川龍之介、室生犀星ら文豪や芸術家が集まった地だが、利用客は30ある山手線駅でも3番目に少ない。「高輪ゲートウェイ駅ができるという時に、山手線の全部の駅にカタカナをつけようという話がネット上で話題になりました。田端駅は『田端ナッシング』(笑)。なにもない。思わず笑ってしまいました」。こう話すのはシネマ・チュプキ・タバタの代表を務める平塚千穂子さん。

映画館誕生のきっかけは1999年、名画座「早稲田松竹」で働いていた時まで遡る。浮浪者と盲目の少女の交流を描いたチャールズ・チャップリンの名作『街の灯』(原題:City Lights 、1931年)を視覚障害者向けに上映する活動に携わり、01年4月に「シティ・ライツ」を立ち上げ、音声ガイドで視覚障害者に楽しんでもらおうと取り組む中、バリアフリー映画館設立に動き出した。その道のりは平塚さんが書いた「夢のユニバーサルシアター」(読書工房)に詳しい。

代表の平塚千穂子さん
20席の館内。座席備え付けのイヤホンジャックから音声ガイドを聞くことができる
赤ちゃん同伴でも安心。防音対策が施された親子室

「田端に映画館を作ったのは、自宅に近い場所で探していたからです。田端にも大昔は映画館があったそうですが、私が知っている時代、北区では王子に王子100人劇場と王子シネマ(ともに2012年12月閉館)があったくらい。池袋から上野までの間は、映画館は一つもなく、バリアフリーとは関係なく、映画ファンが集えるようなミニシアターができたらいいなぁと思っていたんです」と平塚さん。

音響設備の調整はアニメ映画『ガールズ&パンツァー』などで知られる音響監督、岩浪美和さんが手掛けた。前面、側面、後面、天井にいたるまでスピーカーを配置した11.1chのサラウンドシステムはあちらこちらから音が聞こえる森の中にいるようなことから、「フォレストサウンド」と命名されている。また、音声ガイドも、小野大輔ら人気声優が吹き込んだことが話題になり、『ガルパン』『プロメア』は連日満席の大ヒットに。また、『バーフバリ』シリーズでもインド映画ファンを集めた。

劇場の壁には来場した監督、出演者のサインがいっぱい。「あん」の樹木希林さん

小さな劇場だが、手間暇を人一倍かけている。普通の映画館と違って、作品ごとに音声ガイドを作らなければならない。音声ガイドの原稿は講習を受けたボランティアが分担して製作。それを会議でチェックした上、平塚さんらが録音している。中には、完成まで3カ月を要した『バーフバリ 王の凱旋 完全版』のような作品もある。

4年目を迎えて、どんな変化があったのか。「地元のファンの方が増えてきましたね。障害者の方が訪れることが多いので、街の人も見守ってくださったり、道案内をしてくださったり、田端駅も案内図をおいてくださっています」と平塚さん。

2019年6月からは月に1回、映画鑑賞後に観客が作品について語り合う「ゆるっと話そう」という対話会も始めた。ファシリテーター、舟之川聖子さんからの提案で、ギャラは投げ銭というから、これまた驚き。平塚さんは「大きい映画館ではできないこと、小さい映画館だからこそできることをやっていきたい」と話す。また、午後7時からのシアターレンタル(1時間5000円)も好評。「コロナウイルスの影響で売り上げがあぶないなと思っていたんですが、家族や恋人と映画を楽しみたいという方や、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)出品用の最終チェックをするために若い監督さんが借りてくださって、助かっています」。

チケット売り場にはコロナウイルス対策のアルコール消毒液も

昨秋からは年間サポーター会員の募集も始め、既に150人以上が登録。設立資金とは別に200万円以上の賛助金が集まっている。「人に頼って経営するというのは、ビジネスの世界では怒られるかもしれないけれども、私はこれでいいんじゃないかと思っているんですよ。お客さんが残したいものを残す。そのアクションの一つとして寄付をするというのは“あり”じゃないかと。正直言うと、映画館のチケット収入だけでは家賃、人件費を払うのは、毎回満席にしないと無理なんです。だから、別の形があっても許されるんじゃないかぁって」と平塚さんは微笑む。

見えない人を支えようと生まれた映画館は歳月を経て、人を支え、人に支えられる、愛しい映画館になっていた。

映画館データ

CINEMA Chupki TABATA

住所:東京都北区東田端2-8-4 マウントサイドTABATA
電話: 03-6240-8480
営業時間:10:00〜23:00(水曜定休)
公式サイト: CINEMA Chupki TABATA

プロフィール

平辻哲也(ひらつじ・てつや)

1968年、東京生まれ、千葉育ち。映画ジャーナリスト。法政大学卒業後、報知新聞社に入社。映画記者として活躍、10年以上芸能デスクをつとめ、2015年に退社。以降はフリーで活動。趣味はサッカー観戦と自転車。

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