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杏沙子が作り上げた、“みんなで一緒に”楽しめる配信ライブ メンバー、ファン全員と分かち合った喜びと安心感

リアルサウンド

20/10/2(金) 18:00

 杏沙子が7月8日にリリースした2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』には、間違いなくライブ映えするであろう曲が多数収録されていた。聴きながら思ったものだ。ロック的な熱量の多分に含まれた「Look At Me!!」がバンドで演奏されたらこっちもビートに合わせて跳びたくなって、なんならヘッドバンキングのひとつもしちゃうかもな。「こっちがいい」が演奏されたらウキウキした気持ちでいっぱいになって思わず手をあげて横にふっちゃうだろな。「変身」が演奏されたらスカ調に曲が展開した途端にピョンピョン跳ねちゃうに決まってるな。「見る目ないなぁ」をナマで聴いたら切なさでいっぱいになって思わず涙しちゃうかもな。熱気溢れる会場とそんな自分をイメージしながら、『ノーメイク、ストーリー』の曲をたくさん歌ってくれるであろうワンマンライブを、だからとても楽しみにしていたのだ。みんなそうだろう。

 しかしコロナ禍によって3月から7月に、7月から9月に延期となっていたその『NO MAKE, LIVE』は、結局状況を鑑みて公演中止という結論に。「本当にいま、めっちゃ歌いたいんです。自粛期間に自分が何をどう歌っていきたいかハッキリしたので、なんの迷いもなくストレートに歌える気がするから」。『ノーメイク、ストーリー』のインタビューをしたときにそう話していた杏沙子がどれだけ悔しい思いだったか、考えるとこっちまで辛くなった。がしかし、公演中止が発表されたその日、杏沙子はこうツイートした。「幻のライブになんてさせない。だから安心して。」。おおっ、頼もしい。そう、杏沙子は「素顔の自分を曝け出して」作った2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』の収録曲を中心に歌うライブはいつか安心してみんなが集まれるときに必ずやろうと心に決め、そして気持ちをこう切り替えたのだ。いまやれる別の形で、『NO MAKE, LIVE』とはまた違うコンセプトのライブ……配信ライブをやろうと。

 ライブとはそもそも、ステージの上と下、アーティストとオーディエンスが一緒に作り出すものだ。とりわけ杏沙子はみんなで一緒に楽しめるライブをすることに重きを置いて活動してきた。メジャーデビュー後、その意識はライブの回を重ねるごとに大きくなっているようだった。が、配信ライブとなれば会場に集まることができない。ではどのようにして「みんなで一緒に」楽しめるライブを作ればいいのか。そこで出たアイデアが、1stアルバム『フェルマータ』と2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』に収録された全21曲のなかからライブで聴きたい曲を事前に投票してもらい、ランキングの上位12曲を歌うというものだ。つまり始まる前からファンのみんなに参加してもらってライブを作るということ。投票したファンたちは自分の選んだ曲が果たしてそこで歌われるのか楽しみとドキドキの両方を抱きながらこの日を待っただろうし、今回投票しなかった人も一体どんなセットリストになるのかすごく楽しみだったはずだ。

 かくして『杏沙子 ONLINEワンマン「フェルマータ、ストーリー 〜21分の12~」』と題された配信ライブが、9月27日、Veats Shibuyaで行なわれた。本来『NO MAKE, LIVE』振替公演が行われるはずだった場所であり、日にちである。

 開演時間の少し前にPCを立ち上げてアクセスすると木製の扉が画面に映っていて、真ん中あたりに「FERMATA,STORY 9.27 20:00START」という手書きの文字が。やがてその扉の向こうから準備の楽器音が聞こえ、「本番5秒前~」というスタッフの声で、さあいよいよの期待感が否応なく高まった。そして勢いのいいドラムの音と共に扉が開くと、そこに部屋があり、ライトがチカチカと点滅するなか、バンドメンバーに囲まれるような形で杏沙子が立っていた。ドラムの音にテンション高めの歌が乗る。「ジェットコースター」だ! このライブが初参加となるドラマー・柏倉隆史のカウントでライトの点滅が終わって、鍵盤などほかの楽器の音が加わる。と、歌いだしとは変わって早くも杏沙子の表情が和らぎ、笑みがこぼれた。〈ジェットコースターに乗りに行こうよ。360度回るやつで 気絶するほどぶっ飛んだって〉。このオンラインライブがジェットコースターのように激しくなったりゆるやかになったり、360度回っていろんな景色を見せたりすることを、歌が予感させた。

 「ジェットコースター」のMVには裸足で歌っている杏沙子がいたが、この日はワンピースに黒のコンバースを合わせたもの。「そこに部屋があり」と先に書いたが、いくつかのスタンドライトを置き、絨毯を敷き、住む部屋のようなアットホーム感をもたせていた。因みにその場所はVeats Shibuyaの本来観客を入れるフロアだったそうだ。バンドメンバーは、山本隆二(Key)、森本隆寛(Gt)、Keity(Ba)、柏倉隆史(Dr)の4人。

 「ジェットコースター」の後奏から続けざまに2曲目「Look At Me!!」が始まる。切迫した歌と表情が印象的だった「ジェットコースター」とは変わって、この曲ではもう楽しくてたまらないといった感じをカラダと表情と声で表す杏沙子。それを捉えるべくグッと彼女に寄るカメラ。すると彼女は思い余ってか投げキッスを!!  きゃあ。その後もしばらくどアップ状態での歌が続く。近い、近いよ、杏沙子。いまにも画面から飛び出してきそうだ。そう、この近さ、距離のなさこそ、まさに彼女が今回意図したものなのだろう。ヘタしたら無機質にもなりかねないし、距離を感じることにもなりかねない配信ライブを、いかにそうじゃないものにするか。いかに「いま、このときを、一緒に楽しんでいる」「繋がっている」という感覚を視聴者にもたらすか。それをスタッフと共に考え抜いた上でのオンラインライブだったことが、この場面に限らずところどころから伝わってきた。

 「Look At Me!!」は『ノーメイク、ストーリー』のなかでもとりわけバンド感を前面に押し出したアレンジの曲だったが、生演奏をこうして聴いていると杏沙子の歌の温度上昇と同時にバンドのグルーブも増していくのがわかる。途中、杏沙子もカウベルで演奏に参加。曲の終盤では両手の親指を立てて「私を見て!」ポーズを幾度か。そしてまた間髪入れずに3曲目へ。杏沙子の存在を世に知らしめた曲で、とりわけ中高生の間で人気の高い「アップルティー」だ。声が伸びやかになり、曲の持つ甘酸っぱさもいい塩梅に。〈あなたのせいで、いままでで一番暑い夏!〉と歌ってこっちを指差す杏沙子。今年の夏があんなに暑かったのは僕のせいか、という気にもなる(ならない)。

 3曲を続けて歌い終わると、ここで一息。「こんばんは、杏沙子です」と挨拶し、こう話した。「今日は2枚のアルバム合計21曲のなかから、みんなの投票で決まったランキング上位12曲を歌うスペシャルライブ『フェルマータ、ストーリー』。正真正銘、みんなと一緒に作るライブをすることができて本当に嬉しいです」「画面の前にいるあなたがいま過ごしている時間、生きている時間、それとまったく同じ時間、同じ瞬間を感じながら、あなたに向けて丁寧に、楽しんで歌っていきたいと思います」。

 4曲目はスカのビートが軽快な「恋の予防接種」。曲の後半ではバンドメンバーをひとりずつ紹介し、それぞれがソロ演奏を披露した(森本はギターだけでなく、けん玉も。で、失敗。「成功しようよ」とつっこむ杏沙子)。そして次も『フェルマータ』から「着ぐるみ」。始まりは杏沙子によるミニグロッケンだった。楽しいトーンのポップソングがこうしてどんどん続く。〈もっと正直になりたい ほんとうの私〉。ここで歌われたその思いが2 ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』に繋がったんだなと、そんなことをふと思ったりも。けん玉に失敗した森本がここでは情感溢れるギターソロを弾いて惹きつけた。

 始まりからノリのいい曲が続いたが、ここでトーンを変えて『ノーメイク、ストーリー』のなかでも杏沙子自身がとりわけ気に入っていると言っていた「クレンジング」へ。それまでと違い、彼女はマイクに向かって丁寧に感情を乗せていく。照明が落ち、ブルーな夜の雰囲気。Aメロ、Bメロ、サビと進むなかで、杏沙子のボーカルは抑揚がつく。切迫感を表わした次の瞬間には、抑えながらしっとりと。その押し引きが見事だ。暗いなか、後ろからライトがあたり、たゆたうような演奏のムードもあってそこは水槽のなかのよう。鍵盤ハーモニカを杏沙子が吹き、『ノーメイク、ストーリー』収録曲「outro」にも近い雰囲気の長めの後奏が深い余韻を残した。

 弾けた前半のトーンとはすっかり変わって、静けさがその場所を包んでいる。椅子に座った杏沙子がこう話す。「次に歌う曲は私がインディーズのときに作った曲です。今日の12曲のなかだと一番古い曲ですね。今回みんなに12曲選んでもらいましたが、正直、入るとは思ってなくて、すごくびっくりしたし嬉しかった」「最近は大切だからこそ会わないという選択をしたりすることがあったりすると思うけど、でも会わないからこそちゃんと言葉で“大切だよ”“大好きだよ”って伝えていきたいなと、最近すごく思ってます」。歌われたのは『フェルマータ』収録の「おやすみ」だ。杏沙子は目をつぶってアカペラで歌いだし、そして彼女がもっとも信頼するミュージシャンのひとりでもあるバンマス・山本隆二のピアノが繊細に入る。山本と杏沙子ふたりだけの深みと奥行きある表現。感情を込めた杏沙子の歌は、曲の終盤で声が掠れたとき、切なさがいっそうのものとなった。

 森本がアコギを爪弾き、切ないトーンはそのままに始まったのが8曲目「見る目ないなぁ」だ。いまにも泣き出しそうな歌声に思わずこっちも、もらいそうになる。因みにファン投票によるランキングで堂々1位に輝いたのがこの曲だったそうだが、それも納得。「この気持ち、わかりすぎる」「自分の経験が歌われてるみたい」と思ったひとは本当に多かったに違いない。切ない曲はさらに続く。『フェルマータ』の最後に入っていた「とっとりのうた」。目をつぶり、恐らくは生まれ故郷の景色を思い浮かべながら歌っている杏沙子。実にエモーショナル。後奏で彼女が鍵盤ハーモニカを吹くと、郷愁が押し寄せた。

 ここで、このオンラインライブをやることになった理由、意味、思いを、杏沙子が丁寧に話し出した。「3月のワンマンライブが延期、延期になって、こういう配信の形になりました。最初はみんなの顔を見ながら歌えないのかと思ってすごく悔しかったんですけど、でも配信ライブをさせてもらうことになって、悔しいという気持ちでは絶対にやりたくないと思ったんですね。じゃあ配信じゃなきゃできないことをしよう。この形でできて本当によかったと私も心から思えて、画面の前のあなたにも思ってもらえるライブにしようって、そう思って今回このライブを作っていきました」。そして、「最近はいろいろと悔しいこと、もどかしいこと、悲しいことが目についてしまうけど、こうなったからこそ気づけたことだったり、こんなこともできるのかという発見だったりがあるので、それに目を向けていきたいと思ってます。たくさん降る雨のなかでも、晴れ間を見つけて笑っていきたい。天気雨みたいにね。じゃあ一緒に歌おう!。森本カモーン!」。そう言って再び笑顔を取り戻し、「天気雨の中の私たち」を軽やかに。画面のこっち側に向かって手を振りながら。手を振ったよね、みんな。振るでしょ、そりゃ。だって杏沙子はそうやって画面の向こうのひとりひとりに歌いかけていたのだから。〈明日きっときみの笑顔が もっと近くにあるのならいいな〉って、繋がっていることを確信しながら高らかに歌っていたのだから。

 ドラム・柏倉の「ワン・トゥー・スリー」というカウントで鮮やかに始まったのは、彼女が『ノーメイク、ストーリー』で本当の自分を曝け出すきっかけにもなったシングル曲「ファーストフライト」だ。その疾走感と、腕利きミュージシャンたちが生み出すグルーブにたちまち引き込まれる。〈飛べるか? まだ飛べるか?〉と自分自身に問いかけることで歌は強さを増していき、そして〈風は吹く とめどなく吹くけれど この空は美しい〉という希望及び確信へと向かっていく。長めの間奏部分ではドラムソロ→ベースソロ→鍵盤ソロ→ギターソロとメンバーそれぞれの見せ場もあり、杏沙子含めた5人が一緒になってひとつの限界を突破しようとしていることが伝わってきた。いまがこんなにたいへんな世界でも、こんなにキツい社会でも、新しい景色が必ずや待っていると自分だけは信じてる、信じたい、信じて進もう。そういう思いが力強い歌唱からビンビン伝わった。

 「さあさあ、次で最後の曲です。画面の前にいるあなたにいつ会えるかまだわからないけど、でも大丈夫。絶対に会える日が戻ってくるし、会いに行くから。それに既に会えてること。それがもう大正解だから!」。そう言って最後に歌ったのは「こっちがいい」だった。画面のこっちと、メンバーたちの顔を順に見て、そうやってみんなでこのライブを作っているんだという喜びとか安心感とかを持って杏沙子は歌っているようだ。それを見ながら、出会ったことの大正解を自分含めたみんなが感じたはずである。「次会うときは、絶対、笑顔で会いましょう!」。そうメッセージしたあと、彼女は最後にこの日一番高いジャンプをきめてライブを終えたのだった。

 全12曲。まるで現時点でのベスト盤みたいなセットリスト。勢いよく疾走したかと思えばスピード落としてゆったり味わわせる時間もあり、まさしくこの日のオープナーのタイトルじゃないがジェットコースターのような緩急ある約1時間半だった。弾けっぷりのいい杏沙子と切ない曲を歌う杏沙子、その両方とそれだけじゃない杏沙子をそのなかで存分に感じることができた。いい時間だったし、いろんな意味での正解がそこにあった。いつか会場でおもいっきり笑顔になれるその日まで、このライブのことは忘れないようにしよう。

■配信ライブ情報
公演タイトル:杏沙子 ONLINEワンマン 「フェルマータ、ストーリー ~21分の12~」
URL
販売期間:~10/4(日)21:00
アーカイブ配信:~2020/10/4(日)23:59
追加アーカイブ販売:2020/10/5(月)10:00~10 /11(日)23:59

「杏沙子 ONLINEワンマン 「フェルマータ、ストーリー ~21分の12~」セットリスト

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