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『ガルパン』『サイコパス』『スパイダーバース』も 音響監督・岩浪美和に聞く、映画の音の作り方

リアルサウンド

19/3/15(金) 10:00

 映画における音の価値は日に日に高まっているように感じる。IMAXやドルビーアトモスといった特別上映の普及や、各地で開催される爆音上映といった企画上映会により、映画館の音響システムで作品を楽しむ習慣は広く根付いている。

参考:『スパイダーバース』プロデューサーが語る、これまでの“スパイダーマン映画”との違いと普遍性

 今回、リアルサウンド映画部では、そんな映画の音を追求し、アニメーションから洋画の吹替まで幅広く担当する音響監督・岩浪美和にインタビューを行った。2015年に彼が手がけた『ガールズ&パンツァー 劇場版』は、1年以上のロングランヒットを叩き出し、深夜アニメ発の劇場作品としては異例の興行収入25億円を記録。今年は既に『サイコパス Sinners of the System』3部作、『劇場版 幼女戦記』、『スパイダーマン:スパイダーバース』と3タイトルに関わっている岩浪音響監督に、映画の音作りについて語ってもらった。

ーーまずは音響監督という仕事について教えてください。

岩浪美和(以下岩浪):映像には、音の要素が3つあります。アニメーションの場合ですと、声優が演じる台詞、音響効果さんが担当する様々な効果音、そして音楽です。アニメーション映画は、分業がものすごく進んでいて、○○監督という役職が非常に多いんです。撮影監督や美術監督、作画監督など様々な方がいらっしゃるのですが、作品の総合的な演出を司る監督と一緒に、音に関する演出をサポートするのが音響監督の仕事です。

ーー岩浪さんは、最近では『サイコパス Sinners of the System』3部作、『劇場版 幼女戦記』、そして『スパイダーマン:スパイダーバース』の吹替版と多くの作品を担当しています。映画とテレビでは音の作り方に違いがあるのでしょうか?

岩浪:テレビは通常2chのステレオで、左右2つのチャンネルから音が出るんですが、映画の場合、最低でも5.1chや7.1ch、ドルビーアトモスなど様々なフォーマットがあります。その際に、やはり映画館でしかできない体験というのを、特に意識して作っています。昨今アニメの世界において、劇場公開という手段がクローズアップされています。従来の深夜アニメですと、製作委員会が製作費を出し、色んな形で商品を売ることで回収するというビジネススタイルをとっていました。主にBlu-rayやDVDといったパッケージビジネスですが、ご存知のようにそのウェイトはどんどん低くなっています。そうなると、「続編は映画で」といったケースが増えてきます。劇場版だと、初めからお客さまが入場料を支払って作品を鑑賞し、そこから二次使用、あるいは関連商品という形で回収の幅が広がるので、現在映画館での上映が非常に重要になってきているのです。

 ただ、それにしても映画を見に行くとなると、大人1800円という金額は決して安くはありません。配信やテレビを待つのではなく、いかに劇場に足を運んでいただくか。そのために劇場でしかできない体験を提供する。それを音のセクションで追求するのが、今僕が意識していることです。実際に、ご覧になった皆さんがSNSなどで「音がすごいんだよ」とか「これは映画館で観なきゃダメな作品だよ」という風に宣伝してくださっています。それは我々音響スタッフが映画館向けの音に注力してご提供させていただいているからだと思っています。

――Twitterで、「『劇場版 サイコパス』の作業時に「映画の音の作り方」が学べた」と仰っていましたね。

岩浪:映像にテストで音をつけた試写をした際、映像はハリウッドのアクション大作と同レベルまでにスケールが膨らんでいるのですが、音響は映像に追いついておらず、作品として成立していませんでした。それで暗澹たる気持ちになって、音響もハリウッドの実写作品のように修正していきました。映画音響ではダイナミックレンジといって、音の大きい・小さいの幅をいかに取るかが大切なポイントになります。テレビの場合、1から10まで音の幅があるとしたら、だいたい7~10の間で作ります。テレビは家で見るものなので、大きな音で聞くことはあまりありませんし、家庭内の様々な環境音があります。ある程度の音量をキープしつつ音を作るのがテレビの音の作り方です。一方で映画の場合は0から110くらいまで使えます。その幅をきっちり使うとなると、作品全体の音量のコントロールを細かく設計しなければいけません。

 実際我々が日常的に生活していて大きな音を聞く機会はあまりありません。人が対面して話す音量が60~65dB(デシベル)くらい、近くで聞くクラクションの音が110dBくらいと言われています。映画館では、60dB~100dBくらいの幅をつけることができます。最大の瞬間値は110dBくらいですね。ただ抑えるところは抑えないと、うるさいだけの映画になってしまいます。作品全体の強弱をきっちりつけることで、ドラマとしてもダイナミズムが生まれる。これが映画の音です。今まで日本のアニメーションでは、これを意識して作られた作品があまりなかったように思います。

ーー日本と海外で音の作り方にも違いがあるのでしょうか?

岩浪:ハリウッドの映画の音と何が違うのか研究していました。特にデジタル上映になってから、日本と世界で差が開いてしまったという印象がありました。レンジの取り方、効果音の作り方が大きく違っていて、「うるさい」と感じさせない大きな音の作り方にポイントがあります。

岩浪:音の波形で説明するのが、一番わかりやすいと思います。縦軸が音の大きさ、横軸が時間です。従来と違うのは、鋭い「アタック」です。

 従来の音だと、爆発や発砲音は青線のような形になります。ドーンと山なりに音が立ち上がって、ゆっくりと減衰していく音です。一方でアタックのある音は、赤線のような波を描きます。最高点への到達が早く、そしてすぐに減衰する音です。通常、人間が110dBの音を持続して聞くと不快に感じますが、アタックの強い音は、大音量に感じる範囲に一瞬しか入りません。この一瞬は1/10秒以下です。それでも人間の耳は優秀なので、瞬間的な音でも大きいと感じるんですね。ただすぐに減衰するため、あまり不快に感じないのです。従来の青線の音で迫力を出そうと音量を上げるだけだとうるさくなってしまう。洋画の音源を聞いていると、そこが一番の違いだと感じていました。そういう音を開発しようと、テレビアニメで色々と試行錯誤していたのですが、それを顕著に意識したのが『ガールズ&パンツァー 劇場版』です。本作は発砲と爆発のつるべ打ちなので、迫力のあるうるさくない音を作るのが重要でした。それも、ヒットの一つの要因と言えるかもしれません。

――岩浪さんの手がける作品は、どれも空間を感じさせる音響が印象的です。

岩浪:アニメーションの場合、映像は平面です。そこに空間性を付加させるのが音の大事な役目でもあります。実写の場合だと構図や被写体深度で、自然と人の目が一点に集中しやすいのですが、アニメは基本的に平面に描かれたものですから、注視してもらうべき箇所に視線を誘導する必要があります。そこを音でサポートします。画面の隅々何から何まで全部音をつけるのは簡単ですが、そうすると、どこを見ればいいのか分からなくなってしまう。「なんかすごい」とはなりますが、「なにが起こっているのかわからない」となるんですね。だからストーリーやシーンの流れ、カットの意味を踏まえたうえで音の構築をしていくことが、特にアニメ映画の場合は重要です。格闘や戦闘でも2組のうちどちらが強いのかを音で説明したりもします、例えば『ガルパン』だと、有利なときと、不利なときで発砲音が違うんですよ(笑)。同じ砲塔から同じ弾が出てるので、同じ音が出てなければおかしいのですが、それだと映像に合わないんですね。同じ音ばかりでもお客さんはつまらないですし、だからトドメの一発の音が一番迫力あるように作ってあるんですよ。

――岩浪さんのもとに、お客さんからの声が届き始めたのは『ガールズ&パンツァー 劇場版』あたりからですか?

岩浪:そうですね。きっかけは立川シネマシティさんでの極上爆音上映の大ヒット。世界で唯一『スター・ウォーズ』より『ガールズ&パンツァー 劇場版』のほうが売上が高かった劇場ですから(笑)。そこから、「これは音で見る映画なんだ」とお客様の認知が高まっていって、これは体験型の映画だから4DXを作ろうということになりました。通常そういった特別上映をやる場合は、公開と同時に上映するのが常ですが、当時は異例中の異例で、公開2カ月後くらいに始めました。そのあとは、パッケージが出るのに合わせて再上映しよう! ということになって(笑)。最終的に1年を超えて上映されることになりましたね。それだけ本作が、TVではなく映画館で観てこそ真価が発揮されるものだと認知されたんでしょう。

ーー岩浪さんはご自身で劇場に赴いて、音響の調整をすることも多いと聞きました。

岩浪:そもそも僕が劇場で音響の調整をやるようになったきっかけは、昔は映画館におけるアニメーション映画の地位が決して高くはなかったからなんです。もちろんスタジオジブリなどの大ヒット作は沢山あって、日本の映画界はアニメーションが支えているという側面もあるのですが、劇場さんにとってアニメ映画は子ども向けのものだという認識もありました。そんな時代に、自分が作った作品を劇場に観に行くと、とても小さい音で上映されているんです。確かに、小さなお子さんは大きな音がするだけで怖がってしまいますし、幼児向けの映画は大きな音で上映してはいけないんですが、我々が提供している作品の多くは大人のお客さんに向けたものです。そのあたりが劇場さんとの認識に齟齬があったのかもしれません。我々が作った音は、きちんとメンテナンスした映画館で一定の音量で流すことによって、最大限の効果を発揮するように設計しているのですが、それがなかなか伝わりきらないジレンマがありました。

 僕が劇場の調整をするようになったのは、『ガルパン』からですが、色んな劇場さんから「うちでもやってくれ」と声をかけていただくようになりました。複数の劇場を回るようになると「これは音の良い映画なんだな」と多方面に向けてアピールができます。SNSが発達していますから、お客さまが拡散してくれるムーブメントが起きていますし、特に『幼女戦記』のときに感じたのですが、僕が調整に行っていない劇場さんでも、ちゃんとした音量で流してくれるようになってきていると思います。「しっかり音を鳴らさないとお客さんが満足してくれないタイトル」というのが劇場さんにも伝わっていってるのではないでしょうか。少しずつ成果があがっていると感じます。

ーー岩浪さんにとってのターニングポイントはなんだったんでしょう?

岩浪:2013年に『ゼロ・グラビティ』という映画がドルビーアトモスで公開されて、僕も観に行ったところぶったまげまして(笑)。このフォーマットでモノを作らなきゃいけない、そうでないと日本の音響はどんどん遅れていくなと強く感じました。劇場作品のオファーが来るたびに、「アトモスで作らせてください」と言い続けていたんですが、なかなか上手く行きませんでした。劇場も少ないし余計に経費がかかる、それに見合った売上があがるのか、5.1chで十分じゃないかと何年も言われ続けていました。

 『ガールズ&パンツァー 劇場版』がイオンシネマ幕張新都心で上映される際、ドルビーアトモスシアターの施設を利用して元の5.1chの素材をリアルタイムで9.1chにアップミックスするという上映を世界で初めて試みました。これはドルビーアトモスというものを知ってもらう意味合いもありましたし、この施設をフルに使うアトモスで一から作らせてくれればもっと凄い音になる、とういアピールでした。この試みも成功し、『ガルパン』の大ヒット、そのヒットの一因としての「音響」という実績ができたおかげで、その後『BLAME!』『ガールズ&パンツァー 最終章』『ニンジャバッドマン』とドルビーアトモス作品を作ることができました。『スパイダーマン:スパイダーバース』も当初アトモス版の上映予定がありませんでしたが、お願いして公開していただきました。

ーードルビーアトモスが岩浪さんの考える最高の音響技術なんですね。

岩浪:今やハリウッドの大作はほとんどドルビーアトモスでマスターが作られています。そこからIMAXの12.1chや7.1ch、5.1chとダウンミックスしていくのですが、やはりその中で失われる情報があります。僕もいち映画ファンとして、職業人として、アトモスで観たいんですよ(笑)。エンターテインメントというのは、テクノロジーの進歩に伴って表現が多彩になっていきますが、音響も同じでやはり最高のフォーマットで観たいし作りたい。今もそのための努力を続けていますが、アトモスのすごさはもっと多くの方々に知っていただきたいですね。

――岩浪さんが吹替版を担当した『スパイダーマン:スパイダーバース』も、ドルビーアトモスでの上映も始まっています。

岩浪:吹替版の試写を5.1chでやったのですが、音を聞いたところこれはアトモスでやらなきゃいけない作品だと確信したので、ソニーピクチャーズさんにお願いしました(笑)。

――吹替版では、主にセリフのディレクションを手がけるんですか?

岩浪:そうですね。一番気をつけるのは言葉の使い方です。特に今回は若者が主人公で、活き活きとした言葉を喋らなければいけない映画なので、伝えたいことを逸脱しない範囲で、いかに生きた言葉を探すかというのに時間がかかりました。

――そこまで音作りにこだわりを持って取り組まれる岩浪さんが、サウンドデザインでうならされた作品があればお伺いしたいです。

岩浪:この流れだと『スパイダーマン:スパイダーバース』と言った方がいいんでしょうね(笑)。でもほんとによくできていますよ。特にアトモス版だと顕著にわかるのですが3D空間を目一杯使った音場設計が秀逸です。また勉強になったのは、あの作品が全年齢向けに作られているというところです。関わる作品の傾向として、僕らは大人向けに刺激を高めるような作り方をすることが多いんです。でも全年齢向けに作る場合、いたずらにバイオレンスを強調しすぎると、小さな子どもには刺激が強すぎてしまいます。『スパイダーバース』は、迫力を出しつつバイオレンスにしすぎないという塩梅の音作りがされていて、非常に勉強になりました。ハリウッドはそういった作品を作り続けてきたノウハウがやはり違うなと実感しました。劇中でダンスミュージックやヒップホップなどストリートミュージックが多用されており、そういった音楽がしっくりハマるのも羨ましく感じました。

――最後に今後の目標を教えてください。

岩浪:すべての映画館で最良の映像と音響を楽しんでいただくのが最終的な目標ですね。これは目標とは少し違いますが、映画館に関して言えば心配なことがあります。日本にある多くの映画館が、フィルム上映からデジタル上映に変わって十数年経つのですが、音響機器は10年を超えたら必要なパーツの交換をしなくてはいけない時期に入ります。どうしても劣化してしまう。「音が出てればいいじゃないか」となりがちですが品質は落ちていきます。今後おざなりになっていき老朽化するとどうなるんだろうと、余計なお世話ですけど心配しています。僕もいくつかの映画館でスピーカーを交換した際、自分が手がけた作品と紐づけて「スピーカーを変えて音がよくなったぞ」というようなPRを劇場さんと一緒に行ってきましたが、映像、音響機器の刷新が劇場の売上につながるようなやりかたのお手伝いが少しでもできればと思っています。あとは先ほどもお話しましたが、ドルビーアトモス作品は作っていきたいですね。最高のフォーマットで物作りをしたいですし、最高の音を追求していきたいと思います。

(安田周平)

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