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KIRINJI、最新アルバム『cherish』レビュー 時代性を伴った音像と歌詞に感じる新たな到達点

リアルサウンド

19/11/28(木) 16:00

 2018年に結成20周年の区切りを迎え、ベテランの域に達しつつも、なお意欲的にリリースを続けるKIRINJI。彼らの14枚目となるアルバム『cherish』が11月20日に発売された。前作『愛をあるだけ、すべて』(2018年)から本格化していった、ダンスミュージック的な力強い音像が引き続き追求された新譜では、DJ/シンガーソングライターのYonYonや、ラッパーの鎮座DOPENESSをフィーチャーしたリードトラックを中心としながら、さまざまな挑戦を試みた全9曲が収録されている。多彩でユニークな楽曲が並びつつ、アルバムとして統一されたサウンドの心地よさが保たれているのもすばらしい。彼らの長い活動歴において、あきらかにひとつの到達点となる作品であり、これまでKIRINJIを知らなかった音楽ファンにもアピールする内容ではないだろうか。

Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS
killer tune kills me feat. YonYon
KIRINJI『cherish』(通常盤)

 本作の白眉は、アルバム1曲目「『あの娘は誰?』とか言わせたい」に尽きる。堀込高樹はつねづね、マンネリに陥らない、新しい要素を表現に取り込む、いまこの作品を発表する必然性を持たせる、といった目標をみずからに課してきたが、「『あの娘は誰?』とか言わせたい」はその狙いが圧倒的なクオリティで実現された驚きの楽曲だ。パワフルに鳴り響く低音域と美しいハーモニーに乗せて歌われる、2019年の日本社会が抱えた虚無。〈インスタ〉や〈タワマン〉、〈美しい国〉といった語彙をあえて選択する軽さ、表層的な華やかさの向こう側に見え隠れする疲弊した社会をイメージさせる手法に、いまの日本で聴かれるべきポップミュージックはこれだと快哉を叫ばずにいられない。また「まずはこの曲を聴いてほしい」とばかりに、アルバムの冒頭に配置したバンド側の自信もうかがえる。最新型のサウンドと時代性をともなった歌詞とが、これまでにない一体感を持ってひとつの世界を描き出す、KIRINJIのあらたな代表曲と呼べるだろう。

「あの娘は誰?」とか言わせたい

 同曲中、語り手の女性は〈インスタなら南瓜は馬車に/見て欲しい この私〉と、SNSを駆使して日常を巧みに「盛り」ながら、日々を機嫌よく暮らしているかのように見える。恋人らしき男性の運転するきらびやかな車で、優雅な夜のドライブとしゃれこんだ女性。しかし曲を聴き進めていくと、彼女の「盛り」への努力も虚しく、実際には羽振りのよかった男性は破産して行方知れずであり、彼女自身もまた満員のネットカフェの前で立ち往生している酷薄な現実が明かされる。聴き手はこの落差にはっとさせられるのだ。社会はより不寛容になり、人びとは差し迫った貧困や不安定な暮らしにあえいでいるが、それらは可視化されない。かくして、現実を「盛り」ながら楽しく生きる人びとを描写してきたはずのこの曲は、終盤において〈息できない〉〈美しい国はディストピア〉と本音を吐露してしまう。

 こうした歌詞が、ここ数年KIRINJIが追い求めてきたダンスミュージック的音像とみごとにマッチする。彼らは、サブスクリプションサービス以降の音楽傾向と、バンドが本来持つ方向性をどのように擦り合わせるかに苦心してきた。「ラジオなりサブスクリプションなりで、世の中の音楽と一緒に混ざって聴かれるわけじゃないですか。そのときに自分の音楽だけ『ローが軽いな』とか『レベルが小さいな』とか、もっと言えば『何か古臭いな』と思われたら悔しいですよね」(参考:DI:GA ONLINE KIRINJIインタビュー)。かくして、曲の開始と共にぐっと重いバスドラムが響き、さらにはより深く重みのあるベースが続く「『あの娘は誰?』とか言わせたい」は、海外のヒップホップやR&Bと並べても遜色ない音像を備えた、2019年のポップミュージックとして成立している。前作『愛をあるだけ、すべて』で音像の更新に取り組んだバンドは、今作では歌詞とサウンドを共に、より時代に寄り添うかたちで進化させるあらたな試みに成功しており、「いま聴かれるべき楽曲」としてのさらなる必然性を獲得したのだ。

「Pizza VS Hamburger」
善人の反省

 また、今回のアルバムで感じられる遊びの要素、毒のある歌詞やユーモアのセンスは実に印象的だ。堀込は「どうなるかわからないけど、なんだかおもしろいものができそうだとか、もしかしたらダサいかもとか、こっちいったらヤバイかもとか、そういう怖いところっていうか、ギリギリの感じを今回は辿ってみた」(参考:CDJournal KIRINJIインタビュー)と語るが、彼の言う「ギリギリの感じ」はどれもプラスに働いている。わけても、ピザ派とハンバーガー派が〈今日こそ白黒つけようじゃないか〉と雌雄を決する「Pizza VS Hamburger」の無意味さや(歌詞は〈俺、ピザだな、ピザだな〉と連呼し、ハンバーガーを勝たせる気がない)、ジャズギター風のシングルノートに乗せて〈善人て気に入らないよね/アレは酔いしれている/図に乗っているんだよ〉と身も蓋もない非難を始める「善人の反省」など、どれもからっとした笑いやシニカルな毒をともなって聴き手を楽しませる。こうした風通しのよさや軽さも、今作で際立った特徴のひとつだと言えるだろう。

 長いキャリアを積み重ねながら、ストイックなまで、みずからに変化を義務づけてきた堀込。彼ほどに、自分自身へ高いハードルを設ける表現者もめずらしいだろう。表現のルーティン化や硬直をかたくなに避けつづけた彼が到着した、あらたな地平が『cherish』である。20年以上のキャリアを経て、いまだ柔軟に進化していく姿勢に感服しつつ、ディスコグラフィの分岐点となるあらたな代表作に出会えたことを嬉しく思う。

KIRINJI『cherish』

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

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