中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典
角川春樹“生涯最後の監督作品”『みをつくし料理帖』は角川映画同窓会的なイメージが漂う
毎月連載
第28回
20/10/12(月)
(C)2020 映画「みをつくし料理帖」製作委員会
映画『みをつくし料理帖』は、映画監督としての角川春樹の11年ぶりの映画で、宣伝資料によると「生涯最後の監督作品」だという。
1976年、34歳で風雲児として映画界に登場し、一時代を築き、日本映画界のある部分を確実に変革した大プロデューサーも、78歳。
『みをつくし料理帖』は角川春樹事務所から刊行されている高田郁の時代小説が原作だ。全10巻、累計400万部というベストセラーとなり、これまでに北川景子主演、黒木華主演で、二度、テレビドラマになっている。今回の映画は三度目の映像化で、最初の3巻にあるエピソードを中心にして、一篇の物語としている。
観ると、同窓会的なイメージが漂う。主役の松本穂香を囲む俳優たちが、角川春樹プロデュース映画に出た、石坂浩二、浅野温子、若村麻由美、中村獅童、薬師丸ひろ子、渡辺典子、野村宏伸、鹿賀丈史、榎木孝明、永島敏行、松山ケンイチ、反町隆史たちなのだ。
彼ら角川映画の卒業生たちが恩師である「角川春樹先生」が「最後の映画」を作るというので馳せ参じた ──そんな感じがする。
ある監督の映画に常連の俳優が出ること自体は、珍しいことではない。1960年代の終わりまでは、監督も俳優も映画会社の専属だったので、この監督の映画にはこの俳優と、ほぼ固定されていた。
専属制度が崩壊してからも、監督ごとに常連の俳優、スタッフのいる例は多く、一種の劇団のような関係になっている。
そういう監督と俳優の関係を持続させるには、毎年一本は撮り続けなければならないだろう。だが『みをつくし料理帖』は、角川春樹の監督作品としては2009年の『笑う警官』以来だ。それなのに、かつて角川春樹が製作した映画に出ていた俳優たちが集まっている。角川春樹を悪く言う人も多いが、慕う人も多いようだ。
プロデューサー角川春樹ほど、毀誉褒貶甚だしく、その仕事への賛否両論が激しい人はいなかった。
その一方で、映画監督としての角川春樹は正面から論じられることは少ない。無視するのも批評行為のひとつなので、評論家たちは、あえて論じようとしなかったのかもしれない。
そもそも、最初に角川春樹が映画製作に乗り出したときも、「出版社の若社長の道楽」と揶揄する声が多かった。
映画を作るだけでも道楽と揶揄されたから、監督するとなれば、当然「プロデューサーの道楽」というイメージで見られていた。
約5年前の角川春樹は「いまの日本映画界には興味がない」と言い切っていた
角川春樹の監督作品は38年間に、最新作『みをつくし料理帖』を含め8作しかない。専業の監督としては寡作だが、いわば副業の監督としては、多い方だろう。
最初が1982年の『汚れた英雄』で、以後、『愛情物語』(84)、『キャバレー』(86)、『天と地と』(90)、『REX 恐竜物語』(93)までの5作が、いわゆる「角川映画」として製作されたものだ。2年か3年に1作のペースだった。
その後いろいろあって、角川春樹は角川書店を離れ、新たに出版社・角川春樹事務所を設立した。
角川書店を離れてからプロデュースした大作としては『男たちの大和/YAMATO』(2005)、『蒼き狼 地果て海尽きるまで』(07)がある。
その間に監督したのが『時をかける少女』(1997)、『笑う警官』(2009)、そして『みをつくし料理帖』(20)となる。約10年に1作と、ペースは落ちた。
監督した8作には、角川春樹自身が発行人となっている原作小説があるという以外は、何の共通点もない。ピカレスクロマンあり、ミュージカル・アイドル映画あり、歴史大作もあれば、自分がプロデュースした作品のリメイクもある。
監督として、これほど作風というものを感じさせない人も珍しいのではないか。少なくとも、何かを世に問うというメッセージ映画は、ない。
この捉えどころのなさが、プロデューサーとしては論じられても、監督としては論じられない理由かもしれない。
全作品を細かく分析・解析したわけではないが、人物のアップは少なく、ロングショットが多く、人間を遠景のなかに置く傾向が強いように思う。
それは同時に、俳優に「顔芸」をさせないことでもある。俳優に感情を爆発させる演技をさせない。
音楽は流れてもいても、全体に静謐なのだ。
それは、プロデューサーとして攻撃的な言動をしている「角川春樹」のイメージとも乖離する。つまり、巷間のイメージの「角川春樹」らしい熱はない。
どちらが本当の角川春樹なのかという問いは、無意味だ。人間にはいろいろな面がある。
私が『角川映画 1976-1986』を上梓したのは2014年2月だった。
タイトルの通り、角川春樹がプロデューサーとして全盛だった時代の角川映画を歴史として書いたものだった。
版元はKADOKAWAである。角川春樹と現在のKADOKAWAとの関係を知っている人々には、驚きをもって迎えられた。「よく、こんな企画が通りましたね」と。
両者の関係については、ネットですぐに分かるので知らない方は調べていただきたいが、そういう事情もあるので、この本を書くにあたっては、角川春樹氏には直接の取材はしていなかった。
その後、同年の暮れだったか、ある雑誌から、「アイドル映画の特集をするので、角川春樹氏にインタビューしないか」と持ちかけられ、初めて会うことになった。
そのインタビューの最後に、「もう映画は作らないのですか」ときくと、「いまの日本映画界には興味がない」と、言い切った。
それから5年が過ぎ、『みをつくし料理帖』を製作するだけでなく、監督もすると知って、少し驚いた。「君子豹変す」だ。しかし、これは嬉しい豹変である。
『みをつくし料理帖』は「最後の監督作品」ということになっているが、数年後、また作るかもしれない。
たしか、最初に『汚れた英雄』を監督したときも、「監督は最初で最後」と言っていたように記憶している。
2016年、『角川映画 1976-1986』を角川文庫から出し直すことなり、加筆をする機会を得た。そこで、インタビューしたときに、角川春樹氏から発せられた「いまの日本映画には興味がない」のセリフで、本文を締めた。
その頃、私は大林宣彦監督と本を作っていたので、この文庫版の話題になった。
大林監督は、本の最後の角川春樹氏の言葉について、「何ということですか。角川さんにこんなことを言わせるようになってしまうなんて。これがいまの映画界なんですね」と、残念がっていた。
大林監督にとって『野のなななのか』(2014)を作り、その次の仕事が決まっていない時期でもあった。
角川春樹と大林宣彦は同時期に映画界に入り、旋風を巻き起こした
大林宣彦は1977年の『HOUSE ハウス』で商業映画で監督デビューした。角川春樹は、その前年の1976年に、『犬神家の一族』で映画界にプロデューサーとして登場した。2人はほぼ同時に外部から映画界へ入り、そしてタッグを組んでいく。
大林宣彦は、「監督・角川春樹」を除けば、最も多くの角川春樹プロデュース映画を撮った監督だ。
2人が組んで世に出したのは、『金田一耕助の冒険』(1979)、『ねらわれた学園』(81)、『時をかける少女』(83)、『少年ケニヤ』(84)、『天国にいちばん近い島』(84)、『彼のオートバイ、彼女の島』(86)の6作だ。
これも、角川文庫の本が原作という以外は共通点がないし、この6作以外の膨大な大林作品も、さまざまなジャンルの映画だ。
尾道三部作など、同傾向の作品のグループはあるが、総体としては、ひとりの映画作家の作品とは思えないほど、多岐にわたる。
角川春樹も大林宣彦も、監督として作家性が濃いのか薄いのか分からないところがある。
作る映画のジャンルは多岐にわたるが、2人とも確固たる自分の「文体」を持っていることは、確かだ。
その大林宣彦も、2011年の『この空の花 長岡花火物語』以後は、『野のなななのか』(14)、『花筐/HANAGATAMI』(17)、『海辺の映画館-キネマの玉手箱』(19)のような、作家性を爆発させた映画を作った。
監督・角川春樹も、「最後の監督」を撤回し、空前絶後の映画を作るかもしれない。
先のことは分からないが、とりあえず、2020年はほぼ同時期に映画界に入り、旋風を巻き起こした2人の映画作家の、「最後の映画」が揃ったことになる。
データ
『みをつくし料理帖』(2020年・日本)
2020年10月16日公開
配給:東映
監督:角川春樹
原作:高田郁
出演:松本穂香/奈緒/若村麻由美/浅野温子/窪塚洋介/小関裕太/藤井隆
『角川映画 1976-1986[増補版]』
発売日:2016年2月25日
著者:中川右介著
KADOKAWA刊
『時をかける少女』(1997年・日本)
配給:『時をかける少女』上映委員会
監督:角川春樹
原作:筒井康隆
出演:中本奈奈/中村俊介/浜谷真理子/山村五美/早見城/野村宏伸
『時をかける少女』(1983年・日本)
配給:角川春樹事務所
監督:大林宣彦
原作:筒井康隆
出演:原田知世/高柳良一/尾美としのり
『海辺の映画館-キネマの玉手箱』(2019年・日本)
2020年7月31日公開
配給:東宝
監督:大林宣彦
出演:厚木拓郎/細山田隆人/細田善彦/吉田玲/成海璃子/山崎紘菜/常盤貴子
プロフィール
中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『アニメ大国 建国紀 1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)など。
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