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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

松本清張原作『黒い画集 あるサラリーマンの証言』の話から、西部劇人気、『平原児』…、最後は黒澤明監督『天国と地獄』につながりました。

隔週連載

第37回

19/11/12(火)

 松本清張の短篇『証言』の映画化、橋本忍脚本、堀川弘通監督の『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(1960年)で小林桂樹演じる大手会社の課長は偽証工作をする。
 殺人容疑者にされた男(織田政雄)と会っていながら、会社の女子社員(原知佐子)を愛人にしていることが人に知られるのを怖れ、会っていないことにする。その時間、渋谷の映画館で映画を観ていたから会う筈はないと。
 そこで愛人の原知佐子に神保町の古本屋街へ行かせ、『キネマ旬報』のバックナンバーを買わせてくる。それを調べ、当日、渋谷の映画館でイタリア映画『パンと恋と夢』と、西部劇『西部の嵐』の二本立てを観たことにする。
 当時の『キネマ旬報』には新作紹介欄があり、そこにストーリーが詳しく書かれていたので、それを頭に叩き込む。この結果、小林桂樹は法廷で堂々と偽証する。
 映画の題名は清張の原作にはない。『パンと恋と夢』(1953年)は実在の映画。ルイジ・コメンチーニ監督の牧歌的なコメディ。田舎町に赴任してきた実直な警察署長ヴィットリオ・デ・シーカが、村のじゃじゃ馬娘ジナ・ロロブリジダに振り回される。ジナの野性的なグラマーぶりが話題になった。
 一方の『西部の嵐』は架空の題名。この時代、現在とは違って西部劇が人気があったので、二本立ての一本は西部劇にしたのだろう。
 サラリーマンが会社の帰りに映画館で二本立ての映画を観る。そういうことが不自然ではない時代で、洋画の中心には西部劇があった。
 伊藤整のベストセラーの映画化、和田夏十脚本、市川崑監督の『女性に関する十二章』(1954年)では、小泉博演じる銀行員が会社の帰り、映画館(新橋に近い銀座八丁目あたりにあった全線座。ヨーロッパの古城のような建物で知られた)で映画を観る。
 上映していたのは西部劇の二本立て。
 一本はゲイリー・クーパーがワイルド・ビル・ヒコックを、ジーン・アーサーがカラミティ・ジェーンを演じた『平原児』(1936年、セシル・B・デミル監督)。西部劇史上に残る名作。戦前の映画だが1953年にリバイバル上映されている。
 もう一本は、ラオール・ウォルシュ監督の『限りなき追跡』(1953年)。こちらはそれほど知られた映画ではない。ロック・ハドソン演じるヒーローが、悪人(フィル・ケリー)にさらわれた恋人(ドナ・リード)を執念で奪い返す。
 サラリーマンが、会社の帰りに西部劇の二本立てを観る。当時の西部劇人気をよくあらわしている。しかも、映画の黄金時代だけあって、場内は超満員。現在からは考えられない。
 こういう時代だったから、『黒い画集』で小林桂樹が映画を観ていたと偽証しても疑われずにすんだ。

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