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ビリー・アイリッシュ、タイラー・ザ・クリエイター……『第62回グラミー賞』から浮かび上がった課題

リアルサウンド

20/2/16(日) 8:00

 弱冠18歳のビリー・アイリッシュが最優秀レコード賞、アルバム賞、楽曲賞、新人賞の主要4部門をさらい、圧倒的な支持率の高さを見せつけた『第62回グラミー賞』。彼女だけでなく、今年目立ったアーティストの顔ぶれをチェックして、「あれ、若いな」と思ったのは私だけだろうか。若くて当たり前の新人賞はおいて、主要部門にノミネートされたアーティストがずいぶん若かったのだ。13組中7組が10代か20代、それも26歳のアリアナ・グランデが最年長。あとは30代のアーティストが多く、61歳の大御所カントリーシンガー、タンヤ・タッカーが逆に目立つほど。若年層のテレビ離れを意識した、と取るのは穿ちすぎだろうけど、半世紀以上も続いて、どうしても保守的になってしまったグラミー賞の選考委員たちがバランスを取ろうとしているのなら、いい傾向だと思う。

 「保守」や「権威」は本来、ポピュラー音楽の対極にあるものだ。多くのアーティストは、世間が期待する「ふつう」や「多数派」に“否”を突きつけるためにマイクを取る。「もっとも権威のある音楽アワード」という定義自体が矛盾を孕んでいるから、参加する側も視聴する側もなにかしら齟齬が残る。音楽にたくさんの時間やお金を注ぎ込んでいて、「今年のグラミー賞、完全納得、最高!」と言う人に私は出会ったことがない。日本でも、アメリカでも。私自身も含めて。

 なぜ、こんな「そもそも論」を展開しているかというと、この前提を踏まえると今年のグラミー賞でなにが起きたか、すっきり理解できるからだ。なぜ、ビリーは最後の大賞を獲った直後に困惑した顔を見せたのか。なぜ、タイラー・ザ・クリエイターは感涙を流すお母さんと壇上に上がったときは謙虚なスピーチをしたのに、バックステージでは苦言を呈したのか。

 とりあえず、全体のムードとハイライトを振り返ってみたい。2020年代最初のグラミー受賞式だったが、2012年にホィットニー・ヒューストンが薬物の過剰摂取で命を落としたときの悪夢が、またロサンゼルスを襲ってしまった。元LAレイカーズで活躍したバスケットボール界のスーパースター、コービー・ブライアントが13歳だった長女ジアナさんとヘリコプターの墜落事故で亡くなったのだ。そこまでコービーを知らないという人のために強引にたとえてみると、長いこと巨人の4番を打っていた国民的選手が引退して4年、41歳の若さで事故死した数時間後に、彼がもっとも活躍した東京ドームで生中継の音楽フェスを催さないといけないような状況、だ。オープニングアクトのリゾが「コービーのための夜です!(Tonight is for Kobe!)」と初っ端で宣言したように、年に一度の音楽の祭典を盛り上げつつ、無理やり明るくしないことでアメリカ人の心情に沿う内容にしたのは正解だった。ただ、毎年あるトリビュート枠が多めだったうえ、なぜか女性アーティストがこぞって哀しいバラードを歌ったため、必要以上に湿っぽくなってしまったように思う。

 個人的に興味深かったパフォーマンスを、キーワードとともに解説しよう。

■名曲の底力~AerosmithとRun-D.M.C.
 この日、ロックの頂点に立つAerosmithは絶好調とは言い難かった。出だしの「Living On the Edge」はバラバラ。それを救ったのは、ヒップホップのパイオニア、Run-D.M.C.との「Walk This Way」。故ジャム・マスター・J(ジェイソン・ミゼル)の代わりを務めたDJのスクラッチは悪目立ちしていたが、Run(ジョセフ・シモンズ)とD.M.C(ダリル・マクダニエルズ)のふたりが安定したラップを聴かせた途端、客席は細いことを忘れて大盛り上がり大会になった。何度聴いても、どこで聴いても鉄板の曲の底力を見た。

■リゾ、アリアナ、ビリーにみる女性像の多様性
 プラスサイズの新ポップクイーンのリゾ、お姫様イメージを死守するアリアナ・グランデ、世界一高価なパジャマにも見える、ブカブカのグッチのセットアップを着ていたビリー・アイリッシュ。「体型がわからなければ、あれこれ言われることない」というビリーの戦法は、90年代のTLCや、00年代のM.I.Aなど先輩がいて、とびきり新しくはない。しかし、この三者が大舞台のスポットライトを分かち合い、共存しているのが2020年代。イメージとしては対極にいるビリーとアリアナのパフォーマンスが、歌唱力と表現力でほかの女性シンガーより頭ひとつ抜けていたのは、おもしろかった。

■ジャンル・ベンディングの向こう側へ
 自分の陣地に立ったまま掛け合うAerosmithとRun-D.M.C.が、20世紀的コラボだとすれば、肌の色やジャンルを気にせず、歌とラップをこなしたり、ひとつの曲中でいくつかのジャンルを行き来したりするのは、いまの時代の音楽だ。ジャンルをまたぐことを、「ジャンル・ベンディング」という。たとえば、今回、受賞発表がテレビの放映時間から外されたロック部門において、最優秀パフォーマンス賞と楽曲賞を受賞したのは、アフリカ系アメリカ人のゲイリー・クラーク・ジュニアだったうえ、彼は同じアルバム『This Land』で最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム賞も受賞。また、R&Bの新星、H.E.Rも見事なーロック寄りのーギターパフォーマンスを見せた。リル・ナズ・Xの「Old Town Road」はもっともジャンル・ベンディングなヒット曲であり、それを支えたカントリーのビリー・レイ・サイラス、K-POPのBTS、ジャンルが特定できない音を作る天才、ディプロらが同じステージで楽しそうに演奏していたシーンは、象徴的だった。きわめつけは、タイラー・ザ・クリエイター。受賞後のインタビューで、「俺の音楽が認められたのは光栄だけれど、今回みたいなジャンル・ベンディングな作品を作っても、ラップのカテゴリーに入れられるのは、あっそう、って感じ」と言い切った。このとき使った「Backhanded Compliment」という単語は、ほめ殺し、おべんちゃらと訳すとわかりやすい。そのタイラーは、「EARFQUAKE」のパフォーマンスでThe Gap Bandのチャーリー・ウィルソンとBoyz Ⅱ MenというR&Bの代表格をコーラスに配しつつ、ブチ切れたように自分の音楽をやり切ってみせた。だれも傷つけないまま、自分のスタイルと主張を通したという意味で、歴史に残るグラミー賞パフォーマンスだった。

 ストリーミングで音楽を聴く時代に、「ジャンル分けって古くない?」という命題を突きつけた形になった、今年のグラミー賞。僭越ながら、大勝ちしたビリーが一瞬、見せた複雑な表情を想像してみると、「いま、頂点を極めてしまっていいの?」という気持ちと、「本当に私の言いたいこと、わかってる?」という猜疑心が行き交っていたのではないか。ドレイクやフランク・オーシャンなど、グラミー賞の意義に疑問を呈するアーティストが増えてきた。だがしかし、グラミー賞を受賞するのとしないのでは、その後の活動に大きな影響があるのも事実で、目指すは伝統との共存なのだろうな、と強く思った次第だ。(池城美菜子)

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