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ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(2)シーンを席巻したwowakaとハチ

リアルサウンド

20/8/9(日) 12:32

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ から続き)

 2009年8月12日、supercellはボーカリスト・nagi(やなぎなぎ)を迎えた『君の知らない物語』をリリースする。これは後に続くボカロPのアーティストデビューの草分けとなると同時に、次世代のボカロPとの世代交代を象徴する出来事でもある。また、若年層にボカロ曲が広く聴かれ始めたのがこの時期だという指摘も多い。2009年のJOYSOUND年間ランキング9位にはsupercell「メルト」がランクイン、翌年に至っては10曲中5曲がボカロ曲となっていることもそれを裏付けるだろう。ここではそんな時期にボカロシーンを席巻したwowakaとハチについて見ていこう。

 wowakaは2009年5月11日投稿の「グレーゾーンにて。」でボカロPとしての活動を始めるが、この楽曲からして1コードのヴァース、要所要所に16分音符が挟まれ最後の1.5拍で「16分音符+16分休符+4分音符」というリズム(3-2 ソン・クラーベの後半と大体一緒だ)を用いる1、2小節で完結するリフ、ラ→ミ、またはミ→ラ(いずれも移動ド。短調だが平行調の主音をドと見なす)という完全5度の反復やミ→ドという短6度で上昇するメロディなどのwowakaの楽曲群に象徴的な要素が見られる。

wowaka 『グレーゾーンにて。』feat. 初音ミク / wowaka – In The Gray Zone. (Official Video) ft. Hatsune Miku

 同年8月30日投稿の16ビートの4つ打ちロック「裏表ラバーズ」はBPM159の16分音符という早口歌唱で「初音ミクの消失」があってこそのメロディだろうが、ボカロ曲からの影響を公言する長谷川白紙は「”消失”は打楽的発想から生まれたものだと思っています(明らかにコーラスとヴァースが明示的に分かれている、歌唱としてのコンセプトが違うことは歌詞からも明らか)。対してwowakaを突き動かしたのはそれこそナイトコアにも繋がるような、加速の美学であったと考えています」「wowakaとその他のボーカロイドにしかできない歌唱性を分けているものは、歌か、エラーか、というところかなと思います やはりwowakaの体は、速かったのだと思います。脳も指も喉も舌も」と語っている(参照:Twitter 12)。

wowaka 『裏表ラバーズ』feat. 初音ミク / wowaka – Ura-Omote Lovers (Official Video) ft. Hatsune Miku

 16分音符の早口歌唱は佐藤良明『ニッポンのうたはどう変わったか: 増補改訂 J‐POP進化論』やスージー鈴木『80年代音楽解体新書』で展開されているように、フォークソングやサザンオールスターズや佐野元春に源流があるという説が一般的だ。しかしwowakaと比べてみるとこれらは一定の音高を保持しているように思える。imdkmは『リズムから考えるJ-POP史』で佐藤の議論を援用し、小室哲哉を「(4音1拍≒16分音符の)「しゃべり拍」のスピード感にメロディの輪郭を埋没させることなく、ハウスやテクノを構成する16ビートのノリを明示している。付点8分音符の多用によって、一音一音のピッチの明快さや単語としての破綻のなさを維持している」と評している。長谷川白紙やimdkmの議論を踏まえて考えてみると、wowakaは高速ダンスロックの16ビートのノリを明示しながら跳躍するメロディを全体的に用いることによって「歌」を更新したと言える。wowakaは「ボーカロイドと出会って、音楽を作っていくことで、言葉やメロディ、フレーズにおいて「これやるのが、俺の一番おもしろいところ」「混じりっけなしの俺の絞り出し方」と思える必殺技を見つけたんです。それをはじめて意識的に全部使って、最後まで押し切ったのが“裏表ラバーズ”だったような気がしてて」と語っている(参照:animate Times)。

 一方のハチは2009年5月20日投稿の「お姫様は電子音で眠る」でボカロPとしての活動を始める。このパーカッションを散りばめた作風も後のハチやそのフォロワーの楽曲に見られるが、よりハチの特異な音楽性が現れているのは2作目「Persona Alice」だろう。恐らくコーラスエフェクトによるものであろう不協和なリードはかなり記名性の高いサウンドだ。ミ♭というブルーノートの用いられ方も印象的である。

【オリジナル曲PV】Persona Alice【初音ミク】

 同年7月6日投稿の出世作「結ンデ開イテ羅刹ト骸」では通常の短調の音階に存在しないファ♯とソ♯という音をメロディに用いている。この音階はメロディックマイナースケールと呼ばれ、「Lemon」や「パプリカ」にも用いられるハチ/米津玄師を象徴する音階だ。ただ、ハチを語る上で欠かせない楽曲はやはり2010年8月19日投稿の「マトリョシカ」だろう。様々な要素のある楽曲だが、後の音楽に与えた影響を考慮してピックアップするならば、サビでの転調(C♯m→Em)、通称「Just the Two of Us進行」というコード進行、1拍ごとに左右交互に奏でられるギター、高BPM(205)といったところだろうか。他は後で詳しく書くとして、ここでは1つ目の「サビでの転調」について見てみよう。

ハチ MV「マトリョシカ」HACHI / MATORYOSHKA

 実は「マトリョシカ」と同じく2010年の3大ヒットボカロ曲であるwowaka「ワールズエンド・ダンスホール」、DECO*27「モザイクロール」もサビで転調している。これらは現時点でたった6曲しかない「VOCALOID神話入り」 =ニコニコ動画で1000万再生を突破したボカロ曲のうちの3曲だ。「サビでの転調」は「ボカロっぽい」要素として挙げられることも多く、そのイメージはこの3曲によって決定付けられたと言っても過言ではないだろう。では本当に「サビでの転調」が「ボカロっぽい」のか、2008~2019年の12年分の邦楽とボカロ曲のヒットチャートで比較してみよう。邦楽はBillboard JAPAN Year Endの中からその年、または前年にリリースされた上位5曲(非邦楽は除外するが、海外アーティストの日本オリジナル曲は対象内)、ボカロ曲はその年に投稿された再生数上位5曲だ。どちらもカバーは除外し、アーティスト/ボカロPが重複している場合は順位が高い方の楽曲のみを取り上げる。なお、平行調は同一の調として取り扱い、2番以降に転調する場合と、Bメロで転調してサビでAメロの調に戻る場合は無視する。

 調べた結果としては60曲中サビで転調をするのは邦楽では8曲、ボカロ曲では20曲であった。同年代の邦楽ヒット曲と比較した限りでは(相対的に)「サビでの転調」が「ボカロっぽい」ことは確かなようだ。ここで把握してほしいのは、決して「サビでの転調」がボカロ曲固有の要素だと言っているわけではないという点だ。他所で生まれた要素だとしても、多数の楽曲に取り入れられ、フォロワーが生まれることでその文化圏の顕著な特徴になり得る。その意味で、ボカロPが影響を受けたこれより上の世代の音楽ではなく、同時代の音楽と比較するのも妥当だと思われる。

 さて、この「サビでの転調」という語から連想されるのはやはり小室哲哉だろう。ここで再びimdkm『リズムから考えるJ-POP史』から引用しよう。「かつて小室哲哉は、矢継ぎ早な展開や唐突な転調に特徴づけられる自身の作風について、その原動力となる「恐怖」の源泉を次のように語ったことがある。「それは、日本人の声質の問題があるんです。外国人のように特徴的な声ならシンプルな曲でももつけど、日本人で、声だけで飽きさせないような個性を持つ人は少ないし。」」。この発言の本質的な言及部分は示唆に富む。何故ならVOCALOIDに対しても全く同じ考察が可能だからだ。柴那典も『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』で「ボーカロイドの歌声は、人間の声に近づける「調教」のテクニックはあれど、基本的にはフラットな声色になっている。音程のズレも少ないし、そもそも歌唱力という観点もない。声の情報量をスルーすることが前提になっているがゆえに、アレンジや音色に情報量を込めたものがヒットするようになったという見方もできる」と指摘する(imdkmと柴那典の議論のどちらもがR&Bディーヴァと対比させているところも興味深い)。

DECO*27 – モザイクロール feat. GUMI

 これに加えるならば、それまでの作曲では必ず制作段階でメロディを歌って確かめる工程があったと思うが、VOCALOIDは打ち込んだメロディがそのまま歌われるので身体性が欠如しがちなことも挙げられる。これによって、人間ではなかなか歌うのが難しい急な跳躍や、逆に半音単位の細かい動きなどを用いたメロディが作られる訳である(厳密に区分するのは難しいが、これは意識的な「ボカロならでは」とはまた別の話だ)。音高の動きだけではなく「歌っていて気持ちの良い」リズムの欠如も挙げられるかもしれない。そしてこれは早口歌唱や高音に取って代わったとも言える。歌ってみた文化にはギターの速弾きよろしく早口歌唱ができるほど、高音を出せるほど歌が上手いという価値観がかなり根付いており、カラオケなどとも連動してその手の楽曲が人気になり「ボカロっぽい」になっていった経緯はあるだろう。また、この「身体性の欠如」はメロディに限らずバックの楽器群にも適用できる話だ。もちろんその場合はボカロではなくDTM全体に適用されるのだが、先述のヒッキーPの指摘通り、(楽器演奏のできない)アマチュアの音楽がここまで広く聴かれることはボカロ以前はほとんどなかったのである。よって、打ち込み感のある楽曲=「ボカロっぽい」と言われる――という見方もできるのだ(参照:YouTube DOON. workチャンネル)。

 wowakaとハチが影響を受けた音楽についても軽く触れよう。wowakaの影響元はNUMBER GIRLやSPARTA LOCALSなどのポストパンクバンドだ。特にSPARTA LOCALS「ピース」には最後の1.5拍が「16分音符+16分休符+16分+付点8分休符」というリズムのリフが登場するし、ビートも16ビートの4つ打ちでかなりwowakaの楽曲と通ずる印象を抱く。一方のハチの影響元はBUMP OF CHICKENやRADWIMPSなどのロックバンドだ。両者の打ち出した「ボカロっぽい」の源流には90~00年代の邦ロックがあることがわかる(ただしハチに関してはニコニコ動画を経由した平沢進などからの影響も公言している(参照:J-WAVE))。音楽的にこの2人に共通する要素は「高速ロック」という点だが、「イラストも自身で手掛ける」という点も後続への影響としては大きい。彼らが現在までに繋がる「アーティストとしてセルフプロデュースするボカロP」という像を打ち出したと言ってもいいだろう。

 ここまで提示してきたwowakaとハチの打ち出した音楽性は、これ以降のボカロ曲を語る上で決して欠かせない要素だ。次回は彼らの音楽性がどのように次世代のボカロPに受け継がれ、どのように「ボカロっぽい」音楽へとなっていくのかを追っていこうと思う。

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚

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