Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

植草信和 映画は本も面白い 

691頁! 圧巻の『鈴木清順論』と、ジェームズ・キャメロンが6人の巨匠に聞く『SF映画術』

毎月連載

第52回

20/11/10(火)

『鈴木清順論 影なき声、声なき影』

『鈴木清順論 影なき声、声なき影』(上島春彦著/作品社/10,000円+税)

691頁、厚さ4.5㎝、重さ1.5㎏、B5判。超大部の本書『鈴木清順論 影なき声、声なき影』を前に、何から語るべきか。上梓まで13年余を要したというこの論考集を清順映画に精通していない者に語る資格があるのか、と躊躇。「映画評論の金字塔!」の帯文コピーが重く圧しかかる。

しかし逡巡していても始まらない。まず、本書がどんな内容であるのかを紹介しよう。4章から成っている(章、とは書かれていないが)。

1章、「『夢殿』サイクル論」。2章「清順映画キーワード事典」。3章「具流八郎の日本映画史」。そして終章が「清順映画作品解説」。

当然ながらページ順に、「『夢殿』リサイクル論」から読み始めるが、シナリオ『夢殿』未読の者には難度高すぎなので、「実は本書の書かれるきっかけは、これをやりたかったから、と言うに尽きる(…)〈鈴木清順、知ってる〉という人でもまずは作品解説から入るのがいいと思う」と著者自ら〈はじめに〉で提案している終章「清順映画作品解説」から読み始めることにする。

鈴木清順の監督デビュー作『勝利をわが手に 港の乾杯』(1956)から遺作となった『オペレッタ狸御殿』(2005)までの清順映画全49本を解説。

流布されている神話的エピソードや評伝の類いは排し、日活映画史、プロデューサーや俳優と作品の関連、製作背景、演出技法などを中心にこれ以上はない細かさで解説している。新たな発見が数多く有り、「清順湖」という名の湖の底には驚くほど多くの財宝が埋まっていることを知る。

そして3章、「具流八郎の日本映画史」。2部構成で、後半は「具流八郎の生き残りとして/プロデューサー岡田裕インタビュー」。

「具流八郎(ぐるはちろう)とは、鈴木清順作品の脚本執筆のため集まった人々のペンネームとして知られる名前である。」という書き出しで始まる本章では、

「具流八郎」が創作したシナリオ(あるいはシノプシス)19作品を分析していく。

第2章に当たる「清順映画キーワード事典」は、「穴」「移動ショット」「泉鏡花」「色」「歌」「女」「鏡」「球」「結界」といった清順映画のキーワードから、複数の作品を横断的に読み解く「清順映画クロニクル」。1章「『夢殿』リサイクル論」と3章「具流八郎の日本映画史」のブリッジ的な役割を担っている。

全47項、知的スリル感に充ち充ちている。「色」における色彩演出、「箱」における空間設計の考察は圧巻。いずれも清順映画を深く読み込んでいなければ指摘できない事象ばかりだ。最後に巻頭の「『夢殿』リサイクル論」へ移るが、ここまでを整理すると以下のようになる。

鈴木清順という太陽の周りの七つの惑星(木村威夫、太和屋竺、曽根中生、田中陽造、岡田裕、山口清一郎、榛谷泰明)集団が「具流八郎」。その宇宙の集団から『殺しの烙印』『夢殿』他のシナリオが生まれた。前者は映画化され〈清順解雇〉の遠因となり、後者は「清順/その後」の胚芽となった。その『夢殿』は『ツィゴイネルワイゼン』以降の作品群にワープ。それがどのように重なり合うか(合わない)かの論考が巻頭の「『夢殿』リサイクル論」。

では『夢殿』とは、どんな物語なのか?

聖徳太子が亡くなって十数年。或いは数十年。妖術師の中臣不知火は不動明王に仕える制吒迦童子(せいたかどうじ)の次郎の魂を抜き取って太子の骸に飛ばし、彼の遺体を復活させる。その姿を太子の孫娘香具夜が見てしまい、彼女は太子に恋をする。太子(実は瓜二つの次郎)も彼女に恋してしまう…。スペースの関係で前半しか書けないのだが、その他の登場人物として山背大兄皇子(太子の子息)、曽我入鹿、中臣謙足らがドラマの後半に絡んでくる。

物語の要諦は、聖徳太子と次郎が同じルックスを持っている点だ(二重化人格=イメージキャスティングでは原田芳雄。脚本執筆時の1972年当時32歳)。その『夢殿』を中心に、〈Ⅰ二重化人物像の系譜〉〈Ⅱ騒がしい静寂の映画群〉〈Ⅲ清順的建築、清順的空間〉の三節から成る、鈴木清順監督論。

なぜ「『夢殿』リサイクル論〉なのか?「これら三本の映画(『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『夢二』)は脚本『夢殿』に始まるある清順的な物語の、作品単位で捉えれば3つの筋目であり、表れなのだ、と。72年当時実現されることのなかったアイデアが、時を隔てて80年代初頭の『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』、90年代『夢二』にある強い力を及ぼしている、そう筆者は考える。この3本の映画をそこで「『夢殿』リサイクル」と命名したい。」(10頁)。

難解だが、もう一度清順映画を再考させるに十分な説得力をもつ論考だ。

「群盲象を評す」というフレーズが最後まで脳内を駆け回った中での読了。「映画評論の金字塔」(看板に偽りはなかった)を著した著者(と執筆を支えた夫人)、編集者(と版元)に畏敬の念を覚えた、稀有な読後感。

海外のことは分からないが、我が国では最高の「映画監督論」だろう。それにしても、苦楽こもごもの〈2020年清順宇宙の旅〉だった。

『SF映画術 ジェームズ・キャメロンと6人の巨匠が語るサイエンス・フィクション創作講座』(ジェームズ・キャメロン著/阿部清美訳/ DU BOOKS/発行=ディスクユニオン/3,200円+税)

『SF映画術』

4月下旬発売予定から度重なる再々延期が繰り返されてようやく店頭に並んだ本書は、アメリカで2018年5月に出版された『James Cameron's Story of Science Fiction』の邦訳版。

その元ネタはジェームズ・キャメロン監督がホスト役になりSF映画界の巨匠たちから各々の創作論を聞き出したAMCテレビの人気シリーズ番組『James Cameron's Story of Science Fiction』だから、『映画術』というよりも〈創作秘話対話集〉という趣が強い。

ちなみに、同番組は『ジェームズ・キャメロンのSF映画術』という邦題で11月27日よりムービープラスで放送予定、とのこと。

さて本書だが、登壇者の顔ぶれが凄い。スティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、クリストファー・ノーラン、ギレルモ・デル・トロ、リドリー・スコット、特別ゲストとしてアーノルド・シュワルツェネッガー。内容はともかく、これだけの大物揃い踏みとあれば、SF映画ファンでなくても読みたくなる。番組時間の都合でカットされた分も含めて、全対話を活字化しているとあればなおさらだ。

キャメロン監督は本書を作ろうと思った動機を、以下のように語っている。

「今日、ポップカルチャーは経済的な巨大市場となっており、それらを築き上げた初期の作家やアーティストに敬意を表す必要があると、私は強く感じている。それが、本書を作ろうと思った理由だ。我々がいかに当時のパイオニアたちから恩恵を受けているか、当たり前のように現在のSF作品に登場する設定や背景が、どれだけ彼らが綴った作品たちのDNAを受け継いでいるのかを、多くのSFファンにわかってもらいたい」。

拍手を送りたくなる出版動機だ。それに対して彼らはどのように応じたのか。その発言をすべて紹介できないので、SF映画について、あるいは創作の秘密についての片言を紹介したい。

スティーヴン・スピルバーグ「フィルムメイキングやストーリーテリングを通じ、どうやって我々はこの世の終焉を止めることができるだろうか? あるいは少なくとも、遅らせることができるのか。最高のSFストーリーは、現代の寓話だ。(…)僕は『マイノリティ・リポート』はレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説シリーズの探偵フィリップ・マーロウとか、ジョン・ヒューストン監督の傑作映画『マルタの鷹』の探偵サム・スペードの超能力バージョンだと考えている」。

ジョージ・ルーカス「どんなアイデアも、自分の頭の中でふっと湧き出るのではない。たとえオリジナルのアイデアだとしても、かつて目にしたことがある何かの積み重ねから生まれるものだ。見たものの記憶を貯蔵しているだけに過ぎない。それを独自のものの中に落とし込むとき、いいところだけを全部利用する。自分のアイデアと過去に見たものの記憶が融合すると、化学反応のようなことが起きる」。

クリストファー・ノーラン「僕はいつも夢に魅了されてきました。世界に対する主観的な見方に関して、夢が僕たちに何を伝えるのか。そして、そういった考え方に夢がどうやって入り込み、重要な役割を担うか、といことについても。(…)日本のアニメには途方もない規模の黙示録的ストーリーが存在します。遡ると『ゴジラ』の時代からずっと」。

ギレルモ・デル・トロ「僕たちは何者なのか。何が僕たちを人間たらしめているのか。社会のどこに自分たちの居場所があるのか。心に浮かぶそうした疑問に対して答えを出せるのがSF。そしてマシスン(『地球最後の男』の主人公)にとってのSFも同じだ」。

リドリー・スコット「AI開発を行う人間が本当に優秀であれば、絶対に機械に組み込まないもののひとつとして感情を選ぶはずだ。プログラムの方程式から、感情を除外する。感情は実に多くの様相を導く。愛情と同時に、欺瞞、憤怒、憎悪といったものまでね。(…)私は黒澤明やイングマール・ベルイマンに夢中になっていた。彼らの作品は全部観た。そして、SFというジャンルで私が特に興味を覚えたのは、社会派SFだ。これまで観た中で最も素晴らしい社会派SF映画は、『渚にて』だ」。

彼らがなぜSF映画に拘るのか、どんな作品(あるいは監督や作家)の影響を受けてきたのかという発言ばかりだ。

紹介が前後してしまったが、本書の巻頭でキャメロンは作家のランドル・フレイクス(大学時代からの友人でSF研究家でもある)のインタビューを受けて、次のように語っている。

「『スター・ウォーズ』が登場し、大旋風を巻き起こした。人々が抱いていた固定観念を、ものの見事に吹き飛ばしてくれた。そして『スター・トレック』は、SFジャンルの躍進に大きく貢献した作品だ。SFは社会に問題提起をする作品にもなり得るし、非現実的で大仰な計画を語るだけじゃなく、ハードサイエンスの要素が含まれていることを人々に知らしめた」。

現在のSF映画が「いかに当時のパイオニアたちから恩恵を受けているか」、そして監督たちは「初期の作家やアーティストに敬意を表す必要がある」を後世に伝えたいというジェームズ・キャメロンの意図が、見事に盛り込まれているSF映画の研究書でもある。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む