立川直樹のエンタテインメント探偵
“ソウルの女王”アレサ・フランクリンの“本物”の音楽が人間の心に与えた影響の大きさ
毎月連載
第6回
Aretha Franklin「THE VERY BEST OF ARETHA FRANKLIN VOL.1」 提供元:ワーナーミュージック・ジャパン
アレサ・フランクリンが死んだ。8月16日。中西部ミシガン州デトロイトの自宅で。76歳だった。
がんを患い、数日前から危篤状態が報じられていたが、大勢のミュージシャンやファンの回復を祈る思いもかなわず、天国へ旅立ってしまった。
そして、新聞記事やBBCの追悼番組などのテレビを見て、今さらながらにその存在の大きさを再確認した。
世界中の多くの人がコメントを出しているが、とりわけぐっときたのがオバマ前大統領の「彼女の声に、私たちの歴史を感じることができた。力と痛み、闇と光も」という言葉。グラミー賞を12回受賞、No.1ヒットは20曲に達する。“ソウルの女王”は1968年に暗殺された公民権運動指導者マーチン・ルーサー・キング牧師の熱心な信奉者でも知られ、葬儀でも歌ったが、オバマ前大統領やクリントン元大統領の就任式でも熱唱し、歌が人間の心にどれほど訴える力を持っているかを示してくれた。
改めて『リスペクト』や『シンク』『ナチュラル・ウーマン』『小さな願い』……といったヒット曲が収録されたベスト・アルバムを聴いて思ったのは、歌は作り手や歌い手の意図を超え、力を持っていくということ。ただ商業的な成功だけを狙って作られた音楽と、本物の音楽との差というのは、アレサのような歌を聴くと理屈抜きでわかるが、お盆と終戦記念日が重なる8月半ばには、テレビで立て続けに、質のいいドキュメンタリーを何本も見ることができた。
NHK BSプレミアムのドキュメンタリー、新感線☆RS『メタルマクベス』
まずは『新日本風土記 あの世この世』。全国各地のお盆を追ったもので、とりわけ感動したのが人口350人の答志島の3日間続く盆踊り。ドキュメンタリーなのに寺山修司が演出したのではないかと思うような場面の連続に、非日常の世界に連れていかれてしまったが、その翌日11日の『映像の世紀プレミアム 第10集「難民 希望への旅路」』も翌12日の『グレートネイチャーSP』の『赤道直下4万キロ ブラジル森と漂流者たち』も抜群の出来映えだった。
加古隆の音楽と映像のシンクロ感が見る者をちょっと中毒症状にさせてしまう『映像の世紀』はこれまでにも幾度も凄いものを見せてくれたが、『グレートネイチャー』のアマゾンの漁師たちが口にする詩のような言葉と、夢の世界のような景色は、十分にそのまま1本の映画として公開するに値する質の高さと魅力を持っていた。
そしてとどめは、20日に再放映された『アナザーストーリーズ』の『小野田少尉 帰還~戦後29年ジャングルの中で』という番組。42年前、突如ジャングルから姿を現わし、大きなセンセーションを巻き起こした小野田少尉が、逃げ隠れしていた犯罪者なのか、戦い続けた戦士なのか――ということをつきつめていく構成は同じ村人を殺されたフィリピン人の「すんだことだから許し合うしかないんです」というつぶやきと、帰国から1年後にブラジルに移住して牧場経営を始めた小野田さんの映像との落差が大きく、自分の中にまた謎が広がり始めてしまったのである。
だからといって、家に閉じこもってただテレビをチェックしていたわけではない。『TAOの夏フェス』を観に大分の久住高原に行った翌日には福岡から小松に移動し、久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2018の公演を観ているし(時期的なタイミングもあり『DEAD』の深みのある音楽の素晴しさに心が震えた)、その翌日には豊洲のIHIステージアラウンド東京で、新感線☆RSの演目第2弾『メタルマクベス』も観ている。
これが全部当たりだったのはうれしい限りだが、その順序も尻上がりに上がっていったのが最高。80年代のメタルバンドと200年先の近未来の荒廃した世界を、ドラマの二重構造でシェイクスピアの四大悲劇のひとつ『マクベス』に見事に落とし込んだ宮藤官九郎の脚本も見事なら360度回転するという劇場のとんでもない特性と映像、役者の演技、生バンドの演奏を完璧にミックスした強力な舞台を創り上げた演出家・いのうえひでのりには心から脱帽、最大限の賛辞の言葉を贈りたい。
この先もdisc2、disc3と続く『メタルマクベス』。今からスケジュールとにらめっこが始まっている。
作品紹介
Aretha Franklin「THE VERY BEST OF ARETHA FRANKLIN VOL.1」
発売日:2017年5月31日
価格:1300円(税抜)
提供元:ワーナーミュージック・ジャパン
『新日本風土記 あの世この世』
放送日:2018年8月10日
NHK BSプレミアム
映像の世紀プレミアム 第10集『難民 希望の旅路』
放送日:2018年8月11日
NHK BSプレミアム
『グレートネイチャーSP 赤道直下4万キロ ブラジル森と漂流者たち』
放送日:2018年8月12日
NHK BSプレミアム
『アナザーストーリーズ 小野田少尉 帰還~戦後29年ジャングルの中で』
放送日:2018年8月14日(20日再放送)
NHK BSプレミアム
ONWARD presents 新感線☆RS『メタルマクベス』Produced by TBS《disc1》
日程:2018年7月23日~8月31日
会場:IHIステージアラウンド東京
作:宮藤官九郎
演出:いのうえひでのり
音楽:岡崎司
振付&ステージング:川崎悦子
出演:橋本さとし/濱田めぐみ/松下優也/山口馬木也/猫背椿/粟根まこと/植本純米/橋本じゅん/西岡徳馬/他
※《disc2》は2018年9月15日~10月25日、《disc3》は2018年11月9日~12月31日上演
プロフィール
立川直樹(たちかわ・なおき)
1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)。