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『夫のちんぽが入らない』で注目、こだまが語る“自分に向けた日記”を書きはじめた理由

リアルサウンド

20/10/3(土) 10:00

 “おしまいの地”の主婦、こだまがエッセイ集第2弾となる『いまだ、おしまいの地』を上梓した。

 2017年のデビュー作『夫のちんぽが入らない』がインターネットの話題をさらって大ヒットし、あっという間にコミカライズ・映像化。さらに、初のエッセイ集『ここは、おしまいの地』では、第34回講談社エッセイ賞を受賞した。

 堂々たる経歴ながら、自身をただの主婦だと称するこだまの文章を読むと、雪の下で咲く花を見つけたような気持ちになる。私のために咲いているわけではないだろうに、その姿にハッと息をのみ、勝手に励まされてしまう。

 没頭できる娯楽のない土地で、気の許せる友達もなく、日記ばかり書いている子どもだったというこだまは、どんな気持ちで文章をつづってきただろうか。そして、前作よりも内容もカバーもほの明るくなった本作を書くにあたって、どのような変化があったのだろうか。

友達がいなかったから書き始めた日記は「自分との対話」

――自分との対話として、日記をつけるようになったと『ここは、おしまいの地』に書かれていましたが、何歳ごろから書いていたのですか?

こだま:小学校5年生から高校卒業くらいまでですね。話し相手もいないので、日記帳にしていたノートにひたすら書くというのを自分の寝る前の仕事みたいにしていました。

 書く内容はクラスの中の様子が多かったです。自分は人とかかわるのが下手なので、ほとんど教室の中にただいるだけなんですけど、「誰が先生に怒られた」とか「誰と誰がけんかして仲間外れにされている」とか全然自分に関係ない話も書いていました。

 自分は何もしないんだけど、「誰か助けてあげればいいのに」とか勝手なことも書いたりして。ただ、人に見せないぶん本心だったと思います。そのころのノートは少しだけ残して、もうほとんど捨てちゃいましたけど。

――こだまさんの文章では、過去の出来事が詳細に書かれているので、てっきり当時の日記を見返しながら書かれているのかと思っていました。

こだま:日記に書いたことで自分の中にかなり詳しく記憶が残っています。日記でなくても大人になってから始めたブログにも、過去の話を思い出しながら書いたりもしていたんですね。

――同じエピソードを、時間をちょっとおいてから、リライトされているような感じでしょうか?

こだま:そうですね。だから、過去には嫌な出来事だったけど今書くとそんなひどい内容にならないこともあります。過去の話だから書ける作品もあるのかな。

――大学生になって、日記を書かなくなった理由、そして大人になってからブログを始めた理由は?

こだま:そのころに夫と付き合い始めて、ノートに書くことがなくなってしまったというか話し相手ができて日記に書く必要がなくなったんです。

 でも、教師になってから学級崩壊で退職することになって、家に引きこもるようになってしまった。そうするとなにもすることがない。子ども時代とは全然違う、「全然働けないし、世の中に適応できてない」という、他の人には言えない悩みをブログに書き始めるようになりました。

――ブログと日記で、書くことは変わったのでしょうか?

こだま:やっぱりブログでは人に読まれることをかなり意識していたと思います。イライラした気持ちがあっても、あんまりそのまま書かなかったり。当時は面白い奇抜な話をできるだけ書こうと思っていました。

――こだまさんの文章はすごく簡潔で読みやすいですよね。ほかの作家さんの影響や意識していることはあるのでしょうか?

こだま:難しい文章は自分でも書けないし読めないので、中学生くらいでも読めるような話にしたいっていう気持ちはずっとあるんですよね。漢字もあんまり知らないし、本を読むのが嫌いな人でも読めるような簡素な文章にしたい。ブログを始めたのとほぼ同時期に、インターネット上での大喜利(ネット大喜利)にはまったので、その影響もあって短い文章に押し込めたいんです。

 あと、ずっとエッセイばかり読んできたので、さくらももこさんや向田邦子さん、松尾スズキさんなど好きな作家さんの影響もありますね。足元にも及ばないですが……。

執筆活動は家族には秘密なものの、最近は…

――ブログやネット大喜利での活動が『夫のちんぽが入らない』の書籍化につながったそうですが……。

こだま:ブログは作家になりたいとか書籍化を目指してたわけではなく、わたしのような、誰も知らない人間の日記を読む人がいるんだって驚いて、うれしくなってずっと書き続けていたんです。感想がたくさんほしいというわけではなくて、ただ読みっぱなしにしてもらえればよかった。放出しっぱなしでいいというか。

 でも、ブログやネット大喜利でつながったネット上の友達と一緒に、文学フリマという同人誌即売会に、好きなものを書いて合同誌にして売ろうという話になったんですね。ちょうど40歳になるかならないかの境目だったので、これがいい機会になって、いい40代を迎えられたらいいなと、自分の中のちょっとした記念みたいな感じでした。

 それで2014年5月の文学フリマに出した『なし水』に『夫のちんぽが入らない』というタイトルの文章を載せた。タイトルが奇抜だったのでネット上でワーツと「読んでみたい」という声が広がって、書籍や商業誌から依頼をいただくようになりました。

――私小説もエッセイ集も、非常に話題になりましたが、今もご家族には執筆活動のことを伝えていないんですよね?

こだま:そうですね。でも、1冊目のころは、本当に絶対になんとしても秘密を守ろうと思って、きっちり隠していたんですけど、最近は緩くなっています。

 自分の書いた本や雑誌を、普通に家のテーブルの上に置き忘れていたりするので、もう緩みっぱなしなんですよね。夫はもともと本を読まない人なので、本が目に入っても読まないだろうな……実家にも本を持っていったりするんですけど、やっぱり普通にテーブルの上に置いてます。著者が私だと知らない状態で家族に読まれても別にいいかな、と危機感をどんどん失ってしまい、危険な方向に進もうとしています。

 バレたら追い出されるか、受け入れてもらえるか、まったく想像がつきません。

――ご家族に知られたくない理由というのは?

こだま:もともと自分が思っていることをなにも言わないんですよね。家にいてもなにもしゃべらないことが多いので、こんなにいろいろなことを考えているって思われたくない。「大事なこと、なんにも言わない」って、親族全員から言われます。しゃべれば大したことはないのかもしれないけれど、やっぱり自分の中に溜めてしまう。

 そうやって溜めれば溜めるほど書く方に向かうし、そして書いたらもう胸の中に溜まっていないので、周りの人に話そうとも思わない。だから、身内のことばかり書いていますが、全然会話はしてないですね。

 ただ、私の母親は「雷おばさん」と近所で呼ばれるほど、昔は感情の起伏の激しく、それを娘たちにぶつける人だった。でも、昔の母親のことを文章にしていくと、彼女のつらい部分や当時あれだけ厳しい人だった理由もわかってくる。

 実生活で母親ととくにそういう話をしたりはしないのですが、親などに抱いていたはずの過去のうらみなどは、変化しました。

奇抜ではない日常を掘り下げていく

――前回の『ここは、おしまいの地』ではこだまさん自らが撮影した写真がカバーになっていますが、今回の『いまだ、おしまいの地』では、堀田圭介さんという方の写真が使われていますね。

こだま:そうですね。前作は旅先で撮影したさびしげな風景の写真で、今回とはぜんぜん違います。やっぱり自分の撮った写真だと限られた場所しか写せないので、本のカバーにふさわしい写真というのをほぼ持っていないんですよね。

 堀田さんは山口県の離島・祝島にある岩田珈琲店の店主さんなのですが、Twitterに、猫やヤギ、自然豊かな風景をたくさんアップしていて、単行本のカバーに写真を使わせてもらいたいな、と思っていたんです。

 もともとは、現在カバーになっているような明るい雰囲気の写真ではなくて、カバー下の表紙に使われているような、真っ暗でジメッとした写真を候補にしてたんですけど、デザインをお願いした鈴木成一デザイン室の担当者さんから、「今回の内容は、人とのかかわりがすごく多いから、カバーも温かみのある方がいいんじゃないか」というアドバイスをもらって、かわいい猫のカバーになりました。

――たしかに、過去の話が多かった前作に比べ、今回は現在の話が多く、人とかかわるエピソードも多かったですね。内容は意図的に変えたのでしょうか?

こだま:もともと『Quick Japan』に掲載されているフリーテーマの連載を単行本化したもので、毎回リアルタイムで「このことを書きたい」というのを題材にしているんです。なので、意図的というよりも、自然と過去の暗い話はあまり書かず、内容が前向きになった。

 本心を言うと、過去のことで書きたいことは、1冊目で全部書き切っちゃった。「過去の奇抜な話はもうないな」って気づいたので、今まで取り上げなかったけど、掘り下げていったら特徴的な出来事や日常を書きたいと思うようになりました。

 そして、過去の出来事も過去の話としてだけで終わらせない、現在とつながる内容のエッセイも増えた。今回の本に収録されている、父とサウナについて書いた「小さな教会」というエッセイには、自分がサウナにいったときの話も書いています。この本に収録されているエッセイを書いている時期は、サウナに行ってみたり、習い事を始めてみたり、外に出るようになっていました。

 外に出ると、それだけ書きたいことが増えますね。取材のつもりで外出するわけではないんですけど、ちょっとした会話が自分の過去の出来事と結びついたりすることが多い。

――一方で、今回の本には書くのも手につかない時期があり、それが後半で鬱病が一因だったことが分かりますね。

こだま:鬱病だとわからない時期は、まったくパソコンを開くことができなくて、一日じゅう寝てばかり。自分は執筆することがもういやになったのかな、と何カ月もずーっとそう思いながら暮らしていたんですね。で、なにもわからないなりに、なんとかして治そうと自力で何とかしようとしているんですけど、結局は心療内科の薬がいちばん効きました。

 鬱病だってわかってからは、理由がはっきりして、ちょっとすっきりした。鬱病になったことで、自分に素直になって、やりたくないことにはもう手を出さなくていい、やりたいことをやろうという気持ちになりました。

――1作目にくらべて、2作目のほうが何度もリライトして、ギリギリまで変更を重ねていたそうですね。

こだま:「面白くない人」など最初のほうに収録されているエッセイは、2年8カ月前に書いたものなのですが、もともとの文章を今読みなおすと自分では好きではなくて、かなり手を加えました。昔のものは、テンションが高いんですよ。そのまま収録してもよかったのかもしれないんですが、今はそのテンションの高さがあんまり受け入れられなくて、「読み返したときに後悔したくない」と、かなり落ち着いた静かな形に直しました。

――今回の書籍に収録された「郷愁の回収」というエッセイでは、子どものころに遭った性被害のことを取り上げていますね。これも、昔書いたブログの記事では、少しふざけたふうに書いたことがあるエピソードだということですが……。

こだま:小学校低学年のころ、石炭倉庫で待ち伏せる中学生の「はじめちゃん」という男の子によく追いかけられて、時に体を触られたのですが、以前ブログで書いたときには、面白い話として書いちゃったんですよね。でも、実際は親にもいまだに言えないような出来事だった。親しい人と性的に仲良くなりたいって気持ちがぜんぜんないんですが、子どものころにそういうふうに体を触られる恐ろしさを味わったのを、大人になっても引きずっているのかな、と書いてみて思いました。

――「ネット大喜利という救い」というエッセイの中では、オフ会で女というだけで見た目についてとやかく言われるつらさも書かれていますね。

こだま:女だからこういう目に遭っていたということを、今まで気にしていない風にして、あんまり書いてこなかった。でも、やっぱりうつ病をきっかけにイヤなものはイヤだったとはっきり表現するようになってきました。我慢していたものを全部やめようと思うようになりました。

「同じような誰か」ではなく「自分」への日記帳

――本作の中で、お気に入りのエッセイはありますか?

こだま:「メルヘンを追って」という作品は、今まで描いていないタイプのドキュメンタリーになっています。リアルでは一度もあったことのない“メルヘン”という人物に騙されてお金を貸したエピソードなのですが、本人不在のまま全部が進む。仲間を引き連れて本人の実家を直撃し、両親に返済を迫ったりしているんですけど……そこも含めて自分では忘れられない一作になりました。

――前作の文庫版(講談社文庫)のあとがきで、エッセイを過去の自分に向けて書いているという趣旨のことを書かれていますが、今作もそうですか?

こだま:そうですね。自分と同じような気持ちになっている人に向けて書いている、というエッセイではないんですよね。たとえば音楽に詳しくない自分がライブに行っていいんだろうかと躊躇していたんですけど、行ったらすごく楽しかった。そんなことがあると、過去の自分にやっぱり早くいけばよかったのに、というような気持ちで文章にする。自分に向けた日記帳のような気持ちで書いていますね。

■こだま
主婦。2017年、私小説『夫のちんぽが入らない』でデビュー。翌年には、同作がコミカライズ、2019年にドラマ化(Netflixで配信中)。2018年、エッセイ集『ここは、おしまいの地』で、第34回講談社エッセイ賞を受賞。現在、『Quick Japan』にて連載中。

■書籍情報
『いまだ、おしまいの地』
著者:こだま
出版社:太田出版
定価:本体1,300円+税
http://www.ohtabooks.com/publish/2020/09/01163627.html

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