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中村佳穂、配信ライブで見せた向上心や工夫の精神 いきいきとした演奏と豊富なアイデアによる映像を観て

リアルサウンド

20/9/17(木) 10:00

 2020年9月12日、中村佳穂にとって初めてとなる有料配信ライブ『LIVEWIRE「中村佳穂」』が行われた。今年、本来であれば、ヒューリックホール東京、ロームシアター京都といった、キャパシティの大きな会場でのライブが数多く控えていた中村だったが、開催はやむなく見合わせ。2018年11月にアルバム『AINOU』リリース、2019年の躍進から、より活動の規模を広げていこうという段階だった2020年の中村にとって、思いもよらぬライブの中止は悔しいできごとだろう。彼女の即興性を生かした演奏は実にライブ向きで、見るたびに違う面が自由自在に飛び出してくるが、配信ではどういったプレイが聴けるのだろうかと期待が高まる。また今回の撮影には、星野源や米津玄師、Mr.Childrenなどのミュージックビデオを手がけた映像作家の林響太朗が起用されており、二人のコラボレーションがどのような結果をもたらすかも気になるところだ。

 今回の配信ライブを見た方は、いきいきとした演奏もさることながら、映像面でのアイデアの豊富さ、意外性に驚いたことと思う。バンド形態ではなく、中村ひとりでのピアノ弾き語りというスタイルだったが、配信は彼女の魅力を伝えつつ、映像作品としてのクオリティの高さや新鮮さが際立つものだった。新しい配信ライブのかたちを提示した、と胸を張って言える内容ではないだろうか。最後まで手持ちカメラひとつで中村を追いつづける、思い切ったアイデアが彼女のよさを引き出し、歌い手に正面から向き合う緊張感を高めている。照明の美しさや、演奏する場所(京都のライブハウス、UrBANGUILDで撮影)の雰囲気のよさも印象的だ。そして何より最終曲、座っていたピアノの前の椅子から中村が立ち上がって歩き出すと同時に、彼女の周囲でCGによって描かれた物体が動き出すというアイデアには脱帽してしまった。中村は今回の配信のために時間をかけて準備していたとのことだが、このようにユニークなアイデアがあったとは思わなかった。今回、林との共作によってとても斬新な映像作品ができあがったのではないか。

 ライブは、恒例であるアドリブソロ(即興のピアノ演奏と歌)から始まり、2曲目「口うつしロマンス」につながる。「あー、ひさしぶり」と小声でつぶやく中村。たしかに演者も観客もライブから遠ざかって久しく、会場での公演ができなくなって半年以上の時間が経ってしまったのだとあらためて思う。しかし、ひとたび演奏が始まれば、そこにはいつもの中村佳穂がいて、ピアノの前に座った途端、メロディと言葉はひとりでにあふれてくる。歌う彼女にアップで近づき、表情をとらえるカメラも力強い。また会場の照明がとても美しく、演奏する中村の姿をぐっと引き立たせている。激しく鍵盤を叩きながらパワフルに演奏される「口うつしロマンス」から一転、リズミカルな曲調の3曲目「きっとね!」へ。弾けるようなポップさと明るさに胸が躍る、中村の代表曲のひとつだ。ピアノだけの演奏ではあるが、グルーヴ感のあるフレーズの向こう側から、いまにもリズミカルなドラムが聴こえてきそうな気がする。

 4曲目は「Rukakan Town」。軽やかなテンポとメロディが印象的な楽曲だ。今回のライブ、1曲ずつ順番に演奏していくというよりは、それぞれの曲が途切れることなくピアノや歌でつながっていて、シームレスに演奏されていくという特徴がある。曲のあいだの、中村のちょっとした笑い声すらも音楽の一部になっていて、気がつけばごく自然に次の曲のイントロが入り込んでくるのだ。もちろん決まったセットリストや一定の段取りはあるのだろうけれど、そうした制約から自由な即興演奏が繰り広げられているように感じられる。過去のライブを見ていても、ステージ上で起こることが全て音楽の一部になってしまう、という稀有な能力が中村にはあるように思った。続いて5曲目「SHE’S GONE」から、6曲目「シャロン」、7曲目「忘れっぽい天使」とスローテンポでメロウな曲が3曲続いた。こうした楽曲はどれも、彼女のボーカルのよさを伝えてくれる良曲ばかりだ。どの曲もボーカルの表現力が豊かで、つい聴き入ってしまう。中村の姿を写す手持ちカメラも彼女に寄り添い、歌う表情、ピアノを弾く手をとらえる。

 8曲目「You may they」から一気にテンポを上げ、エンディングへ向けて勢いがつく。ライブでもおなじみの同曲だが、弾き語りで演奏してもそのよさは失われない。8曲目までピアノ以外の楽器は登場してこなかったが、9曲目「アイミル」でドラムやベース、ストリングスといった別の楽器音が初めて重なる。この展開も意外だった。このままピアノの弾き語りのみで終わるのではと予想していたが、終盤にサウンド面でのサプライズを残していたのが嬉しい。10曲目は新曲で、ここで中村はいままで座っていたピアノの前の椅子から離れ、マイクを片手に会場内を歩き出す。ここからの場面はそのままミュージックビデオとして成立するレベルに達していて、彼女が歩き回ると、CGで作られたいくつかのモノが登場して、画面内を動き回る。これには本当に驚いた。「配信ライブ」というパッケージではなかなか思いつかない、個性的なアイデアではないだろうか。林とのコラボレーションにより、映像作品としてのクオリティが非常に高まったが、こうした試みが何より演奏や歌のよさを引き出す相乗効果となっているのもすばらしい。

 配信ライブにさまざまなアイデアと実験を盛り込む中村の向上心、工夫の精神に嬉しくなった公演であった。実際に会場でのライブが見られるのはもう少し先になりそうだが、中村の演奏を直接体験できる日を楽しみに待ちたい。なお、今回の配信ライブのチケットは2020年9月22日まで購入が可能であるため、興味を持った方は、いまからでもぜひこのライブを楽しんでみてほしい。

中村佳穂「LIVEWIRE」

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

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