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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

柔らかに輝く"あわい”の世界に魅せられて 『伊庭靖子展 まなざしのあわい』

【REVIEW】ぴあ水先案内人が語る、伊庭靖子作品の魅力② 白坂由里

全4回

第4回

19/8/9(金)

酷暑の季節。

水彩のように青い模様が描かれた白い器が並んでいる。それはアーティストの伊庭靖子が描いた油彩画だけれど、眺めていると涼やかな感覚を覚える。それは記憶をもとに質感を感じることができるからで、実際に触らなくても“目で触る”ことが人間にはできる。考えてみれば不思議なことだ。

質感と空間。

伊庭靖子の10年ぶりとなる今回の個展は、大きく言ってこの2つのテーマで構成されている。

「質感」の方は、会場の前半に当たるギャラリーCで、クッションや枕、陶器をモティーフとした2004〜2016年の絵画が展示されている。それらものの素材感もさることながら、クッションのような柔らかいもの、陶器のような硬くて艶のあるもの、それぞれの材質によって光が当たったときの反射光が違う。

左:《Untitled 2009-02》東京都現代美術館、右:《Untitled 2009-01》神奈川県立近代美術館

展覧会図録に掲載されたインタビューでは「クッションですと、毛羽立ちによって奥まで光が通りにくく、空気が交ざりながら光が拡散する感覚があって、『地』の少し上に光が当たって反射するイメージがあります。陶器ですと、釉薬のガラス質に光が入り込んで、下の素焼きの層で反射するイメージです」と語っている。普段、こんなふうにじっくりものを見ることがあるだろうか。絵を描く人の細やかな観察眼には脱帽する。

この「光」とともに流動する「空気」によって、そのものがどのように在るかが変わる。それが質感を感じさせる所以であり、ものの質感を描くためには、目に見えない光や空気を描き出さねばならない。こうしてものの周囲へと関心が広がっていく。

後半のギャラリーAでは、こうして生まれた、陶器をアクリルボックスに入れて、その四方八方の景色が映り込む「まわりの空間」を描いた2016〜2019年の油彩画が展示されている。凛とした空気感をつくれるのではないかという発想は、弓道の経験からだそう。そういえば内覧会のときお辞儀がきれいな人だなと思った。

《Untitled 2016-03》J.SUZUKI氏蔵

この展覧会のために、東京都美術館で陶器をアクリルボックスに入れて設置し、それを撮影した写真をもとに描いた連作もある。このシリーズの興味深いところは、アクリルボックスの中だけでなく、その外側の空間の映り込みも溶け込み、重なるように描いているところだ。壺の膨らんだ空間にもひとつの世界があり、その後ろのガラス面に映り込んだ鏡像としての壺が異次元を感じさせる。絵のなかを目が距離を変えてさまよっていくうち、虚構と現実が錯綜するようでミステリアスだ。

手前から《Untitled 2018-02》協力:MA2 Gallery、《Untitled 2019-09》協力:MISA SHIN GALLERY、《Untitled 2019-06》協力:MISA SHIN GALLERY、《Untitled 2019-02》協力:MA2 Gallery

ここでふと、展覧会チラシにあったマネの最晩年の作品《フォリー=ベルジェールのバー》を思い出した。鏡の空間に囲まれ、正面を見据える女性を描いたこの作品となんだか符号する。9月10日から開催される「コートールド美術館展 魅惑の印象派」に出品されるので、こちらも併せて観てもいいのではないだろうか。伊庭靖子展をキュレーションしたのは、フランス近代絵画の研究者でもある大橋菜都子キュレーターである。図録の中では、例えばモネの《積みわら》を例に挙げ、積みわらの周りを漂う光と大気を描いたモネとの関連性を説いている。伊庭自身は必ずしも印象派から影響を受けているわけではないそうだが、印象派との共通点や差異を見出すという見方も興味深い。

エドゥアール・マネ《フォリー=ベルジェールのバー》1882年 油彩、カンヴァス 96×130cm コートールド美術館 © Courtauld Gallery (The Samuel Courtauld Trust) ※『コートールド美術館展 魅惑の印象派』2019年9月10日(火)~12月15日(日)、東京都美術館にて開催

さて、これまで述べた「質感」と「空間」の展示。この二つのテーマをつなぐのが、ステレオグラム(立体視)を用いた初の映像作品ではないだろうか。意外な展示だったが、実現できると思っていなかっただけで、10年前から考えていたことではあったという。

《depth #2019》ランダム・ドット・ステレオグラム(交差視)協力:ギャラリーノマル

一見するとテレビの砂嵐のようなドット映像だが、右目と左目の視差によって奥行きを見るもので、適切な距離で見れば映像が飛び出すように見えてくる。この作品は見える人と見えない人がいて、人が歩いているような気はするのだが、筆者にもまだはっきりと見えていない。右目で左を、左目で右を同時に見る寄り目のような状態で見るのがコツで、かつて赤瀬川原平氏の講座でステレオグラムを見せていただいたこともあるのに。このレポートで詳細に書けなくて残念だ。むしろドットで描かれたシルクスクリーンの風景画、こちらが立体的に見える。

《depth #2019》デプスマップ 協力:ギャラリーノマル

向かいのデプスマップの映像と同じ場面も出てくるので、それを頼りにするといい。おそらく画面と見る者の間に、透明な膜のようでいて奥行きのある解像度の高いイメージが浮かんでいるはず。すぐそこに異次元の世界があって、手を伸ばせば触れられそうな。それは、最初の展示にあるクッションの刺繍や陶器の絵柄が浮かんで見えるのにも似ており、アクリルボックスが映し出す鏡像空間にも似ている。つまり、目で触る体験なのである。仮説になってしまってもどかしいが、再チャレンジしてみたい。

テレビやパソコン、スマートフォンなどのメディアで質感まで感じるのは難しい。会場を出て、光や風をまとう樹木などを見ながら上野公園を歩いた。

【関連リンク】

『伊庭靖子展 まなざしのあわい』


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