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レディー・ガガ史上最も素直で、ポップで、痛みと愛に満ちたアルバムーー『Chromatica』の構成とともに全容を紐解く

リアルサウンド

20/6/12(金) 18:00

 2020年5月29日に発売された、レディー・ガガの第6作目となるオリジナルアルバム『Chromatica』。本作でレディー・ガガは、多くの人々を驚かせることになる。

 前作の『Joanne』(2016年)や映画『アリー/スター誕生』(2018年)により、それまでのトリックスター的立ち位置を捨て、オーセンティックなシンガーとしての立ち位置を確立したかのように思えたレディー・ガガが、再び『The Fame』(2008年)から『ARTPOP』(2013年)の時期を彷彿とさせる大胆なビジュアルイメージとダンスミュージックを武器にポップシーンの最前線へと舞い戻ってきたのである。

 しかし、一見すると過去の作品に回帰したかのように思える『Chromatica』は、むしろ前作の『Joanne』以上に剥き出しで、パーソナルで、一方でキャリア史上最もポップな作品となっている。その背景について、本作の構成を辿りながら、解説していく。

Chromatica I : “闘いの末にたどり着いた、ここは私のダンスフロア” / 痛みや苦しみの受容

「私の名前はアリスじゃないけれど/ずっと探す 不思議の国を探し続ける (My name isn’t Alice. But I’ll keep looking, I’ll keep looking for Wonderland.)」

 冒頭を飾る「Alice」でレディー・ガガは本作全体を貫く90年代を彷彿とさせるハウスビートに乗せ、自身が何かに囚われていることを嘆きながら、DJに対して自分自身を解放するように救いを求める。それに呼応するように、第一幕では先行シングルとなった「Stupid Love」を筆頭に、痛みを感じながらも、ポジティブなダンスミュージックをバックに前向きに現状と戦おうとする楽曲が続く。

Lady Gaga – Stupid Love (Official Music Video)

 事実、本作の制作に入る際、レディー・ガガの状態は決して良いものではなかった。本作に伴うインタビューにおいて、彼女は線維筋痛や後述する精神面の苦痛が悪化しており、それでも自らの中にポジティブな何かを感じたこと、「痛みを感じながらも踊り続け、その痛みを受容する」ことでアルバムを創り上げたと語っている。バラードを一切含まず、全曲ダンスミュージックで構成された本作のサウンドはその痛みに負けないための武器と言えるだろう。

 「Rain On Me」はアリアナ・グランデを招き、「降り注いでくるのは/苦しみの雨/降り注いでくる/覚悟はできている どうぞ降って(It’s coming down on me./Water like misery. It’s coming down on me. I’m ready, rain on me.)」と、痛みや苦しみを不条理に降り注ぐ雨に例え、それでも徹底的に受容する楽曲である。「衝突するのではなく、受容する」というのは両者がキャリアを通して訴えてきたメッセージであり、本楽曲はその集大成とも言えるだろう。衝突して生まれた分断が様々なカオスを生む現代において、このメッセージはより重要なものとなっている。

Lady Gaga, Ariana Grande – Rain On Me (Official Music Video)

 続く「Free Woman」でレディー・ガガは開放的でポジティブなダンスビートに乗せて「闘いの末にたどり着いた、ここは私のダンスフロア(This is my dancefloor I fought for.)」と勝利を宣言する。男性主義の音楽シーンの中で苦しみながら、痛みを受容しながら、ついに彼女は自由を手にしたのである。

 しかし、第一幕を締めくくる「Fun Tonight」はそのタイトルやハッピーなサウンドとは裏腹に非常に不穏な内容となっている。「説明出来ない何かを感じている/きっと今も抱えたままの傷(Feelin’ something that I can’t explain. / Think it’s a wound I still entertain.)」と歌うこの曲で、レディー・ガガは「今夜は楽しんでなんかいない(I’m not havin’ fun tonight.)」と繰り返す。

 さて、「Alice」の題材となった「不思議の国のアリス」において、主人公のアリスはそれまで旅していた謎の世界が全て夢だったことを知り、現実へと帰っていく。そう、夢はいつか覚める。そして第一幕が終わる。

Chromatica II : “私の最大の敵は自分自身” / 闇を抱える自己との対峙

 頑張ってポジティブを装ったとしても、現実から逃避したとしても、内面に抱える闇は決して簡単に消えることはない。受け止めた傷の痕は確かに残っている。第二幕ではそれまで匂わせていた自らの闇がレディー・ガガ自身を蝕み、それに抵抗する様子が描かれていく。Madeonによる重く鋭いビートの中で〈気分の変化が激しすぎる/笑い飛ばして良き友情を保てたら良いのに (My mood’s shifting to manic places. / Wish I laughed and kept the good friendships.)〉とパニックに陥りながら抗うつ薬に手を伸ばす「911」、Skrillexによるポップなシンセ使いやボイスサンプルで彩りながら女性ポップスターであることの宿命をプラスチック製の人形に例えて嘆く「Plastic Doll」と、これまで抑えていた闇がトラックメイカーによるブーストを起こしながらとめどなく溢れてくる。

 韓国の4人グループ・BLACKPINKを招いた「Sour Candy」は、一聴すると「見た目は刺激が強いかもしれないけれど、中身は甘い」というタイトルのお菓子になぞらえて相手を誘うキャッチーな楽曲に聴こえるが、この流れで聴くと、素直な本来の弱い自分と、それを強さで覆い隠そうとする別の自分が交錯して混乱しているようにも感じられる。その別の自分は、次曲の「Enigma」でその存在をより巨大化させ、レディー・ガガ自身を飲み込んでいく。

Lady Gaga, BLACKPINK – Sour Candy (Audio)

 「当初はアルバムに入れること自体を拒否した」と本人が語る「Replay」は、本作で最も苦しく、痛ましい楽曲である。「この心に刻まれた傷がリピート再生されている(The scars on my mind are on replay, r-replay, eh-eh)」と繰り返す本楽曲の題材は、2016年に公表した自身が抱えるPTSD(心的外傷後ストレス障害)である。過去の経験によって引き起こされたこの症状は未だに本人を毎日苦しめており、楽曲では自らを責め続け、パニックに陥る様子が執拗に描かれる。アップリフティングなハウスビートの中で、レディー・ガガの歌声はやがて悲鳴へと変わり、第二幕は幕を閉じる。

Lady Gaga – Replay (Audio)

Chromatica III : “天のお告げが聞こえた” / 音楽による救済、そして帰還

 絶望のカオスに飲み込まれながら、『Chromatica』はついにクライマックスである第三幕へと突入する。闇の中で辿り着いた「Sine from Above」。自身のメンターでもあるエルトン・ジョンと、現行ダンスミュージックシーンにおける頂点とも言えるAxwell Λ Ingrossoを招集するという盤石の布陣で制作された本楽曲で描くのは、「音楽による救済」である。

「そう、目を凝らして空を見上げても/何も見えなかった(Yeah, I looked with my face up to the sky. / But I saw nothing there, no, no, nothing there.)」

「あるお告げが聞こえた/それが私の心を癒やしてくれた(I heard one sine. And it healed my heart, heard a sine.)」

 そう、「聞こえた」のである。闇の中でいくら空を見上げても、そこに光は無かった。しかし、レディー・ガガは神からの啓示として音楽を受け取ったのだ。圧倒的な高揚感と解放感に満ちたプログレッシブハウスの中で、レディー・ガガは音楽そのものを祝福する。タイトルにある「Sine」とはサイン波(正弦波)、つまり音波のことであり、”Sign”=啓示との言葉遊びでもある。そして、実は『Chromatica』のジャケットにもサイン波がモチーフとして使われているのだ。「音楽による救済」は『Chromatica』全体のテーマでもある。

Lady Gaga, Elton John – Sine From Above (Audio)

 音楽こそが自らが抱える闇から自分自身を救う手段であると気付いた彼女は、続く「1000 Doves」では分裂して怪物と化した自分自身との和解を果たす。そして、クライマックスへ辿り着いたレディー・ガガは「真の姿」のポップスターとして我々の前に帰還を果たす。

 『Chromatica』を締めくくる「Babylon」で、レディー・ガガは自らに纏わり付くゴシップと向き合いながら、ポップアーティストとしての覚悟を決めながら、「バベルの塔」を築くことを宣言する。聖書において、バベルの塔は一つの言語を持つ人々によって高く築き上げられ、その様子を見た神によって人々は言語を分けられ、一つにまとまることが出来なくなり、散り散りになっていった。

 しかし、レディー・ガガは”「バベルの塔の天辺で今夜/天国まで昇っていく私たち/何ヶ国語もの言葉を交わし/ブラッドポップの月光を浴びて(On the top of Tower of Babel tonight. / We are climbing up to Heaven. / Speaking languages in a BloodPop® moonlight.)」と祝福する。つまり、レディー・ガガは多様な人々を一つにまとめ、再びバベルの塔を築き上げようとしているのだ。あらゆる価値観や違いを持つ人々だろうと、散り散りになることなく、一つの塔の中で共存し、より高みを目指す事ができるはず。そして、築いたその塔こそが”Chromatica=あらゆる色彩と音を内包したユートピア”である。

 この原稿を書いている現在も、世界の各地で「Black Lives Matter」を掲げたデモ運動が行われている。また、同性愛者への差別的な行動や同性婚の否定というニュースも悲しいことに珍しいものではない。そして、性別間の格差もあらゆる場面で続いており、性被害に遭った被害者が第三者から責められるという異常な構図もまさに現在進行系で存在している。一般人どころか国のトップや権力者がそのような差別行動に加担することさえある。さらに、比較的意識の高い若い世代においても、メンタルヘルスの不調が蔓延しており、鬱症状に苦しむ人々も増え続けている。

「あなたが黒くても、白くても、ベージュ色でも、ラテン系でも、/レバノン人でも、東洋人でも/人生に障害があっても/いじめられていても/今日は祝福して自分を愛して/みんなこの道に生まれてきたのだから/たとえゲイでもストレートでも、バイセクシャルでも/レズビアンでも、トランスジェンダーでも関係ない/私は正しい道にいる/生きるために生まれてきた(You’re black, white, beige, cholo descent. / You’re Lebanese, you’re orient.  / Whether life’s disabilities. / Left you outcast, bullied, or teased. / Rejoice and love yourself today. / ‘Cause baby, you were born this way.  / No matter gay, straight, or bi. / Lesbian, transgender life.  / I’m on the right track, baby.  / I was born to survive. )」

 あらゆるマイノリティにとってのアンセムとなった「Born This Way」が生まれてから、もうすぐ10年が経とうとしている。アイデンティティ政治の時代とも言える2010年代を超え、確かに以前より状況はマシになったかもしれないが、決して差別が無くなったわけではなく、新たなカオスも生まれている。レディー・ガガは痛みを抱えながらも、再びポップシーンの最前線に舞い戻ってきた。まだ彼女には戦わなければならない理由があるからである。

Chromatica Encore : “それでも私を愛してくれる?” / ファンダムとの信頼

 「Babylon」で華々しく幕を降ろした『Chromatica』だが、本作にはファンに向けられたボーナストラックが存在する。それがCD版のみに収められた、本作の本当の最終曲である「Love Me Right」だ。

 シンプルなトラックの中で歌い上げられるのは、本作で全てをさらけ出したレディー・ガガによる、ファンへのメッセージである。「胸の内を素直にさらけ出している私/そういうのは今度が初めて(I wear my heart on my sleeve. / It’ making its debut.)」と告白しながら、「それでも私を愛してくれる?(Would you still love me?)」と問いかける。この曲で魅せる歌声が本作中最もリラックスしているように聴こえるのは、その問いかけの答えがもはや自明だからであろう。ファンダム=Little Monstersとの信頼関係があるからこそ、レディー・ガガ史上最も素直で、ポップで、痛みと愛に満ちたアルバムが生まれたのである。

■リリース情報
レディー・ガガ『クロマティカ』/Lady Gaga “Chromatica”
全米アルバムチャート初登場1位
『クロマティカ』配信リンク

日本盤CD:2形態同時発売予定
<通常盤>
価格:¥2,500(税抜)歌詞・対訳・解説付/ボーナス・トラック1曲収録予定
<デラックス・エディション>
価格:¥3,200(税抜)初回生産限定スペシャル・パッケージ(ハードカバー・ブックレット)/歌詞・対訳・解説付/ボーナス・トラック4曲収録予定
<トラックリスト>
1. クロマティカ I / Chromatica I
2. アリス / Alice
3. ステューピッド・ラヴ / Stupid Love 
4. レイン・オン・ミー with アリアナ・グランデ / Rain On Me with Ariana Grande
5. フリー・ウーマン / Free Woman
6. ファン・トゥナイト / Fun Tonight
7. クロマティカⅡ / Chromatica II
8. 911 / 911
9. プラスティック・ドール / Plastic Doll
10. サワー・キャンディー with BLACKPINK / Sour Candy with BLACKPINK
11. エニグマ / Enigma
12. リプレイ / Replay
13. クロマティカⅢ / Chromatica III
14. サイン・フロム・アバヴ with エルトン・ジョン / Sine From Above with Elton John
15. 1000ダヴズ / 1000 Doves
16. バビロン / Babylon

■レディー・ガガ関連リンク
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