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『ポーの一族』なぜ時を超えて愛され続ける? 長寿の時代に投げかけるメッセージ

リアルサウンド

20/9/24(木) 9:00

 『ポーの一族』を初めて読んだのは、いきなりですが4巻でした。なぜか家にあったのが4巻だけだったんです。でもそれに疑問も持たなかったので、子どもってすごい。でも今読み返すと、4巻はエドガーの記憶がなくなったところから始まるので、エドガーと一緒に記憶の追体験ができるんですよね。そしてだいぶ大きくなってから全巻通しで読み、そのお話の壮大なことに改めてひどく心を揺さぶられました。

 少女マンガが黄金期を迎えて50年、未だに時系列でものが語られない作品はとても少数です。それを、40年以上前にやっているのだから、それもすごい。

 バンパネラと言えば不老不死、そのための差別と孤独みたいなことは吸血鬼ものでよく語られるテーマですね。加えて『ポーの一族』には、時を超えて生き続け各所に生きた証を残しているエドガーと、彼を追う人々とのチェイスが描かれます。それはなかなかのスリルです。もし自分が、エドガーに興味を抱いて追いかけたとしたら、そして数百年も前から生きていた人とリアルで会えるかもしれないと思ったら、どれだけ興奮するか! 作品の中で、今、私が最も考えさせられるのはこのシーンです。

 医者のクリフォードは、エドガーにこう言います。

「消えろ! おまえたちはなんのためにそこにいる なぜ生きてそこにいるのだ この悪魔!」

 それに対してエドガーは、こう思うのです。

「…なぜ生きているのかって…… それがわかれば!」
「創るものもなく 生みだすものもなく」
「うつるつぎの世代にたくす遺産もなく」
「長いときをなぜこうして生きているのか」

 私は、恐らく子どもを持たない人生を送るでしょう、そうして思うのは、どう考えても自分はポーの一族未満の存在だなということ。彼らは決して老いず、生き続ける代わりに子どもを得ない。ところが自分ときたら、毎年着実に加齢の症状が悪化するのに「創るものもなく 生みだすものもな」いわけです。

 少子化・非婚化が進む今、私と同じような環境の人は少なくないはずですが、さて私たちは「なんのために生まれてきたの」でしょうか。

 20代の頃、同じ質問を年上の女性に問いかけられたことがあります。その時は「そんなことは考えたこともない!」と思っていましたが、私は親の支配下に生きていたので、恐らく「親のために生まれさせられた」んだと思います。親が考える「幸せな人生」を私が選択しないといい顔をされないのです。「なぜ生きているのか」に関しては、「死ねないから」です。前向きに「生きたい」と思ったことはなかったから。

 夫が働き、妻が家庭を守って子どもを育てるという、いわゆる「伝統的家族」には、歪みが山ほどあると感じます。イクメンが推奨される現代はまた少し違いますが、父親は仕事して飲んで遊んで、結婚前と変わらない生活を送れます。一方で母親は子どものために気軽に飲みにも行けない。自分の人生を犠牲にして育てた子どもに、何の期待もせずにいられるのでしょうか。私の母の場合は、自分の人生を肯定するために、娘たちに自分と同じ道を歩んで欲しかったようです(ところが娘のふたりとも子どもを持ちません)。

 私は親と深く繋がれなかったことから、血縁よりも「心の繋がり」や「孤独を埋めるパートナー」を強く求めていました。自分という個性を理解しない親のもとにあって、私を理解し、受け入れてくれる「誰か」を猛烈に欲していたんです。

 そうして私は、メリーベルを失ったエドガーや、メリーベルの身代わりであると思い苦しむアランの孤独に強く惹かれたのでした。マイペースで学校生活に馴染めなかったことからも、学園で異質な存在であるエドガーとアランに深く共感しました。

 こうした疎外感や孤独感を持つ人は、たくさんいるはずです。だから私たちは時代や種を超えて、エドガーの孤独やアランの焦燥感に大きく胸を打たれるのでしょう。

 人生において「子をなす」ことに重きを置かなければ、パートナーに「生殖能力があること」という条件を求めなくてもいい。若く健康な異性と結婚をしなければいけないというしがらみから解放されます。そしてこの先、別姓や同性婚が可能になる流れは止められないはず。家族という形態の多様化が進んでいます。

 ITや医療の技術が進み、あと100年もしないうちに人間の寿命は250歳くらいまで伸びるという説があります。機能の弱った臓器をクローン技術で入れ替え、ナノマシーンが体内の病原体を駆除する。つまり老いを駆逐できるようになるのです。加えてこの少子化。……あれ? そのうち私たち人類(の一部)は、限りなくエドガーたちと近い存在になりそうです。彼らも、深い傷を負えばその生命を終える不老長寿の生命体ですから。

 「結婚とは子どもを産み育てることだ」という規範が崩れると、私たちはより、条件ではなく心の繋がりでパートナーを選べるようになるでしょう。エドガーがメリーベルやアランを強く求めたのと同じように。

 寿命が250才になるという話をすると、全員が「そんなに長く生きたくない」と言います。私たちは、不老でありたいとは思っても、不死を願ってはいないのですね。でも実際に不老の時代が来たら、果たして私たちはその時、

「…なぜ生きているのかって…… それがわかれば!」
「創るものもなく 生みだすものもなく」
「うつるつぎの世代にたくす遺産もなく」
「長いときをなぜこうして生きているのか」

 と、エドガーと同じことを思うのでしょうか。永遠に生き続けることについては、喜びより悲哀が描かれることが多いですね。死は怖いけれど不死は望まない。人間ってなんて複雑なのでしょう。

■和久井香菜子(わくい・かなこ)
少女マンガ解説、ライター、編集。大学卒論で「少女漫画の女性像」を執筆し、マンガ研究のおもしろさを知る。東京マンガレビュアーズレビュアー。視覚障害者による文字起こしサービスや監修を行う合同会社ブラインドライターズ(http://blindwriters.co.jp/)代表。

■書籍情報
『ポーの一族』
著者:萩尾望都
フラワーコミックス、小学館文庫版などが発売されている。

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