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いま、最高の一本に出会える

佐藤健は大切なものに気づくことができたのか 『億男』高橋一生が伝えたかった“無限の価値”

リアルサウンド

18/11/1(木) 10:00

 佐藤健と大友啓史監督という『るろうに剣心』シリーズの黄金タッグによる映画『億男』は、ひょんなことから3億円を手にした男に劇的変化が訪れるヒューマン・サクセス・アドベンチャーである。主人公・一男(佐藤健)は、昼間は司書、夜はパン工場であくせくと働いては月に37万円を稼ぎ、別居中の妻と娘を養いながら、うち15万円を借金の返済に充てている。食事は牛丼チェーンで並盛り一択。ところが宝くじで3億円を当てたことで、これに唐揚げとマカロニサラダまでもがつけられるようになる。しかし当然、こんな慎ましい変化だけにとどまらない。

【画像】大金を前にして表情が変わる高橋一生と佐藤健

 一男はこの3億もの大金の使い道を、学生時代の親友・九十九(高橋一生)に相談する。そして招かれるまま、恐るおそる酒池肉林のパーティーへと足を踏み入れるのだ。しかし、身の丈に合わぬパーティー・ピープルのマネごとなどしてみたところで、堕ちていくのがオチだろう。案の定、九十九が3億円とともに消えてしまうのである。

 ここから一男のマネーを巡る冒険が始まるのだが、この冒険の終わりには、BUMP OF CHICKENによる主題歌「話がしたいよ」とともに、楽しそうな笑みを浮かべる男ふたりの旅の写真が映し出される。学生時代の一男と九十九のモロッコ旅行のものだ。しかし私たちは、本編で観てきた2人のその旅が楽しいばかりでなかったことを知っている。彼らふたりだけしか知りえない、ふたりだけで感じた時間、共有したものをだ。

 印象的なエピソードがある。モロッコで倒れた一男は、その拍子に露店の商品を壊してしまう。そして大袈裟に騒ぎ立てる店主に弁償料として36万4千円を請求された九十九は、言われるがまま、すっかり払ってしまうのだ。目を覚ました一男は、ふっかけられたのだと疑うが、九十九は意に介さない。とにもかくにも、倒れた友人を病院に連れて行きたかったのだという。もちろん、親友の身の安全は何ものにも代え難い。しかし一つの事実として、実際にはいくらだったのか分からぬ商品の価値と、一男の生命の価値が同等に扱われたのである。

 時と場合によってモノの価値は変わる。1本100円の水は、砂漠ではそれ以上の価値を持つだろう。そしてこのとき一男の生命の値段は、36万4千円だったのである。だが恐らく九十九は、たとえ1億であっても10億であってもどうにかしようとしたに違いない。九十九にとっての一男は、無限の価値を持っていた。

 こんな友達思いの奇特な男の周辺人物たちを、一男は一人ひとり当たっていく。キテレツな億万長者である彼らからお金についての独善的なレクチャー受けながら、翻って一男は妻や娘、そして自分自身を顧みることとなる。家族や友情の存在の大きさを再認識し、少しばかりの成長を見せ、手がかりをたどって目的地である九十九の元へと向かうのだ。そのうちに九十九の知らぬ一面が見えてくるのだが、およそ10年間も疎遠になっていたのだから当然のことである。

 そうでありながら九十九を頼ろうとするあたり、この男のエゴイスティックな態度もまた否定できない。良く言えば“人のいい男”ではあるのだが、自分の浅はかさが原因で借金したにも関わらず、家庭そっちのけで借金返済に躍起になっていた。もちろん家庭を守るためには、借金完済は最優先事項かもしれない。そんな中、一男と妻・万左子(黒木華)が出会った頃の光景がフラッシュバックされるとき、彼らの間で長田弘の詩集『世界はうつくしいと』がフィーチャーされているのが印象深い。これの表題作には、“あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。”という一節がある。まさに一男はこの毎日に、鮮やかさを見出すことを忘れていたのだろう。

 一度生まれた親友との友情が、どれだけ疎遠になろうとも、生活環境が変わろうとも、現在も息づいていること。そして、取るに足らないようにも見える日常に、鮮やかさを見出すこと。そんな小さな気づきこそ、一男に与えられた、生活を豊かにする“劇的変化”だと言えるのではないだろうか。3億円の使い道を相談する頼るべき友は、それ以前に、ただ純粋に友なのだ。そして愛娘の成長や家族との心落ち着く時間、これらはもちろん、お金では買えないものである。

 さて、一男は九十九の元へとたどり着くが、いま一度手にした大金を抱える彼は、去りゆく友を追いかけることはしない。そして、娘には一方的に自転車を買い与える。そもそもこの冒険のはじまりは、娘が商店街の福引きの景品である自転車を欲しがったところにある。幸い娘は喜んでいるが、買い与えた自転車は欲しがっていたものとはどうやらタイプ違いのもののよう……。まだまだ、一男の冒険は続いていくこととなりそうである。

(折田侑駿)

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