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小川紗良の『バッド・ジーニアス』評:映画全体が“カンニング”のように緻密に計算されている

リアルサウンド

18/10/19(金) 12:00

 ”making it happen”=「実現する」。少女の背中に書かれたその言葉は、希望か、それとも絶望の始まりか。映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』は、「カンニング」という犯罪行為をスリル満点に描いたエンターテインメント作品である。ある教室で咲いた小さな犯罪の芽が次第に根を広げていくその様は、もはや爽快にすら感じられる。「カンニング」という少年少女の悪行を、ここまでスリリングに描いた作品が今までにあっただろうか。教室は戦場と成り果て、試験開始のチャイムが鳴ると同時に生徒たちの視線が火花を散らす。指先で暗号を送り合い、シャープペンシルの剣を走らせる。進路も、夢も、友情も、すべてはこの「カンニング」にかかっている。失敗は許されない、実現するのみだ。

参考:すべての地獄を生きる者たちよ、シコを踏めーー小川紗良の『菊とギロチン 』評

 本作はタイ映画である。私はこれまでタイの作品にあまり馴染みがなかったのだが、その質の高さには本当に圧倒された。タイでは史上最大のヒットを記録したそうだが、「試験」や「カンニング」といった身近な題材を描いた本作は、日本でも多くの人の心を揺るがし続けている。また、本作は「カンニング」という分かりやすい犯罪を軸としながら、家族、友情、貧富の差といった社会的な側面も持ち合わせている。そのことでより作品の強度が増し、単なるエンターテインメントに収まらない深みを持った作品となっている。タイ映画という言葉にハードルの高さを感じて見逃すには、あまりにももったいない。

 印象的だったのは鏡の演出だ。特にファーストカットの合わせ鏡の構図は、一気に観客を引き込む魔力を持っていた。「鏡」とは、ありのままの姿形を映すもの。それでいてそこに映るものは必ず左右反対である。ありのままであって、ありのままではない。そんな矛盾を孕んだ「鏡」は今まで多くの映画やその他の芸術で使われてきたが、本作においても主人公の心の機微や多面性を映しているようだった。ただの「優等生」だった少女が犯罪に手を染め、見た目も中身も徐々に変わっていく様をじっと捉えている。天才も一歩間違えれば犯罪者だと言わんばかりに、その鏡はたたずむ。

 主人公・リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)は天才少女で、様々な手段を駆使してカンニングを成功させていく。リンが頭脳明晰であるのと同様に、この映画の持つ構図自体にも「頭脳」を感じた。まるで映画全体が、高度な「カンニング」のかように緻密に計算されている。ナタウット・プーンピリヤ監督はCMやMVを多く手がけてきたそうだが、その経歴を逆手に取った映画づくりだと感じた。どのカットも構図がばっちり決まっているし、人物のサイズやカメラワークがいつも的確である。「これ」を伝えるには「どう」表現するのが最も適切か、ということを分かっている人なのだろう。監督は脚本2ページに対して約200カットもの絵コンテを作ったというが、それも納得だ。シャンパンやコーラを開けるカットなんかは笑ってしまうほどCM的だが、不思議と嫌味がなく、作品に溶け込んでいる。

 本作では編集の巧みさにも感動してしまった。130分のうちに、主人公・リンは中学校3年生から高校3年生にまで成長するのだが、その成長速度に全く違和感を感じないほどテンポが良い。もう、本当に、とにかくテンポが良い。テロップや写真、チャイム音などを駆使して作品のリズムが作られており、一瞬たりとも飽きる瞬間がない。特に「エアピアノ」を用いてカンニングをするシーンの編集は圧巻である。音楽、芝居、撮影、全てが完璧に組み合わさっており、見ていてスカッとする。「クラッシックが脳トレに効果があるって知ってる?」という台詞があるが、確かにクラッシックの流れるこのシーンを観ていると、脳が活性化されるような気さえする。

 役者陣の魅力も見逃せない。本作では「問いかけ」に対する「返事」を、台詞ではなく役者の表情や仕草のみで表現しているところが多数ある。眉を少し動かして意思を伝えたり、飲み物を飲む仕草で焦りを表現したり。試験中カンニングをするシーンなんてもちろん会話はないのだが、彼らの視線や動作を観ていると会話が聞こえてくるようである。台詞を吐かずとも会話を成立させる役者陣の表現力も、素晴らしいものであった。主人公・リンがクラスメイトに対して「演技をするのは勉強より難しいと思うわ」と伝えるシーンがある。作り手の頭脳に加え、役者陣の表現力も備わった本作は、恐ろしいほどに欠けたところがない。作り手も、役者も、まさに「危険な天才たち」である。

 「私たちは生まれついての負け犬、人より努力しないとダメなの」「こっちが騙さなきゃ世間に騙されるわ」、主人公・リンは言う。その叫びは学校という小さな社会の中でも深く深く根を張って、いつか少女を狂わせる。映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』は、そんな少女の欲望を「カンニング」というスリルに昇華させたエンターテインメント作品だ。その熱量を、そして少女の出した答えを、ぜひ盗み見ていただきたい。(小川紗良)

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