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アクションで描かれる善と悪のカルマ 『SPL 狼たちの処刑台』が体現する香港ノワールの真髄を読む

リアルサウンド

18/9/16(日) 10:00

 香港ノワールをご存知だろうか? 1980年前後に香港を中心に世界的に流行した、黒社会の中での友情や裏切りを描いた犯罪映画のことである。ジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』シリーズに代表されるような激しい銃撃戦とハッタリの効いたアクション演出、悲劇的な物語などが特徴で、カンフーやコメディのイメージが強かった香港映画のイメージを一変させ、クエンティン・タランティーノほか世界中のクリエイターたちにも影響を与えたジャンルだ。約40年の間に様々な監督や脚本家たちが手がけることで現在も変化しつづけており、ハリウッドや日本でリメイクされる名作も誕生している。

【画像】『SPL 狼たちの処刑台』激しい格闘シーン

 そんな香港ノワールに、さらなる革新をもたらしたのが、『SPL』シリーズである。SPL(シャー・ポー・ラン/Sha Po Lang)とは、中国の占星術で人生に極端な影響を与えると言われている凶星(七殺星・破軍星・貪狼星)の頭文字をとったもの。シリーズを通じて、この星を背負った人物たちがたどる苛烈な運命を追う作品である。ウィルソン・イップ監督によるシリーズ第一作『SPL/狼よ静かに死ね』では警察と犯罪組織の衝突の中でそれぞれに属する人々の葛藤を、ソイ・チェン監督の第二作『ドラゴン×マッハ!』では国籍の異なる二人の刑事が臓器密売組織に挑む物語を描いた。いずれの作品も、肉体そのものや刃物を使った生々しいアクションと、善悪を超越した複雑に絡み合う人間ドラマがウリ。二つの作品にストーリー的な繋がりはないものの、どちらも血沸き肉躍る興奮と、心にのしかかる重厚なドラマを両立させ、これまでの香港ノワールにないテイストを生み出したのである。

 そして、現在公開中の『SPL』シリーズの最新作『SPL 狼たちの処刑台』は、前二作のコンセプトを踏襲しつつも、香港映画独特の魅力を備えるさらなる傑作となった。第37回香港アカデミー賞でアクション設計賞を受賞した本作について、「アクションが凄い」と語るのは野暮というもの。サモ・ハン・キンポーアクション監督のもと、ムエタイ超人トニー・ジャーや、16歳で八極拳の中国王者となったユー・ウエらゴリゴリの“動ける俳優”が戦いを繰り広げるのだから、クオリティが高いのは当たり前なのである。というわけでこの記事では、本作がそのアクションで“何を描いているか”に触れていきたい。

 『SPL 狼たちの処刑台』を異質のものとしているのは、アジア特有の“カルマ(業)”という概念である。カルマとは、仏教やインド周辺の宗教における考え方で、人間が善あるいは悪の行為を行い、因果の道理によって現世または来世で苦・楽の報いを受ける、というもの。早い話が「因果応報」のことだ。本作の主人公は、香港の警察官・リー(ルイス・クー)である。15歳の娘・ウィンチーがタイのパタヤで何者かに誘拐されたことを知り、リーは現地に急行。そして、地元警察のチュイ(ウー・ユエ)、チュイの同僚タク(トニー・ジャー)とともに捜査に参加し、やがて、ウィンチーが人身売買組織に誘拐されたことがわかる。すでにお気づきかと思うが、“誘拐された娘を助けるために父親が奮戦する”という物語は、リーアム・ニーソン主演で大ヒットした『96時間』そのまま。ウィルソン・イップ監督自身も『96時間』を鑑賞し、影響を受けたことを認めている。しかし、『葉問』シリーズなど、アクションの中で重厚なドラマを描いてきたイップ監督の手にかかれば、同じ枠組みでも全く異質なものができあがる。

 主人公・リーは、『96時間』よろしく娘のために命を懸けて犯罪組織に挑み、“殺戮マシーン”として覚醒していく。鬼神のごとく戦う姿は一見爽快だが、果たしてその行為は“正義”なのだろうか。リーは、事件に関わっているかどうかも疑わしい男に暴行を加え、組織の末端構成員に刃物で致命傷を与えていく。そして、自らのうっ憤をぶつけるがごとく、裏切り者を残忍な方法で拷問。さらに、娘が誘拐された遠因が、実はリー自身にあったことがわかってくると、彼が単なる“娘を想う父親”ではなく、自分の過去を棚上げにしながら犯罪組織に憎悪を向ける、歪んだ面を持っていることがわかってくるのである。

 かといって、リーが完全な悪人かというとそうではない。他者を顧みず、歪んだ愛を押し付けた“カルマ”によって現在があることに気づいたリーだが、それでも葛藤しながら前に進むのである。一方、相棒となるチュイは、リーとは対照的にむやみに人を殺さず、警察官としての責務を全うしようと理性的に行動していく。犯罪組織に立ち向かううちに、チュイ自身も耐えがたい悲劇に見舞われるが、リーと同じ立場に陥っても、彼のスタンスは変わらない。そして、対照的な二人は、それぞれの行いに応じた、凄まじい結末を迎えるのである。カルマという独特の概念に基づきつつも、善悪の二項対立を超える展開は、近年の香港ノワールの真髄ともいえるものだ。

 香港ノワールは、この“カルマ”を様々なシチュエーションで描き、善性と悪性の間で揺れる人間の本質に迫ってきた。その最たる作品が、香港映画史上空前のヒット作となった『インファナル・アフェア』(2002年)だろう。警察に潜入する黒社会の構成員と、黒社会に潜り込む警察官の交わりをサスペンスフルに描き評価された同シリーズは、三部作で彼らの“カルマ”を丹念に描き出すことで、単なる二重スパイものを大きく逸脱した傑作となった。そのほかにも、ジョニー・トー監督『マッスル・モンク』(2003年)など、例を挙げればキリがないほど、カルマを描いた作品は多い。一方のハリウッド映画ではどうか。『インファナル・アフェア』シリーズのリメイクである『ディパーテッド』では原作の三部作をひとつにまとめる過程で、二人の主人公や周辺の人物のカルマを描く部分が大幅にカットされている。前述の『96時間』や、似た設定の『イコライザー』も同様で、主人公のカルマに触れる場面はほとんどない。これは、サスペンスの要素や、「舐めてた相手が実は殺人マシーンだった」という設定の面白さ、あるいは物語のカタルシスを優先した結果なのだろう。

 『SPL 狼たちの処刑台』の英題『Paradox』は、日本語で言えば「逆説」。その言葉どおり、ルイス・クー演じるリーは、正しいと信じてきた行動で、自らの人生に恐ろしい結果をもたらしてしまう。主人公が過去を顧み、過ちに気づきながらも、地獄のような結末に向かっていく姿は、爽快感とは程遠く、救いのないものに見えるかもしれない。しかし、「正義を振りかざして行われる暴力は、善なのか?」「悪人が行う善行は、偽善なのか?」といった問いを投げかけることで我々の価値観をゆさぶり、得難い経験をもたらしてくれるはずだ。

 振り返って観れば、第一作『SPL 狼たちを静かに死ね』、第二作『ドラゴン×マッハ!』も因果律の中で生きる人間の、執念と抗う姿をとらえた凄まじいドラマであることがわかるはず。三作それぞれが、異なる視点で善悪に揺れる人々の物語を描いているので、是非あわせてチェックして欲しい。

(藤本洋輔)

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