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池田英彦の初監督作にして遺作、障害を持った者のリアルな愛映す映画公開

ナタリー

21/4/21(水) 8:00

「愛について語るときにイケダの語ること」ポスタービジュアル

2015年に死去した池田英彦が初主演、初監督を務めた遺作「愛について語るときにイケダの語ること」が、6月25日より東京・アップリンク吉祥寺で公開される。

エンディングは初めから池田の死と決まっていた本作では、障害を持った者のリアルな愛が映し出される。四肢軟骨無形成症で身長100cmの池田。スキルス性胃がんステージ4の宣告を受け、生きているうちにたくさんセックスをしたいと考えた彼は、その過程でカメラを回し始める。そこに楽しみを見出した池田は「僕の本当の姿を映画にして見せつけてやる」とたくらみ、虚実入り乱れた作品の撮影を始めることに。そして「僕が死んだら必ず映画館で上映してほしい」と言い残し、2年間の闘病後に死去。池田が不特定多数の女性とセックスする様子を記録した映像など、60時間を超す素材が残された。

池田の意思を受け継ぎ映画を完成させたのは、彼の20年来の親友でありドラマ「相棒」シリーズ、「デスノート Light up the NEW world」などで知られる脚本家の真野勝成。彼がプロデューサー、撮影を兼任し、脚本も手がけた。また「ナイトクルージング」「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」などの監督である佐々木誠が共同プロデュース、構成、編集を担当している。

真野は「なぜ自分の性愛を映画にしたのか? 池田は自分に対する人の優しさに対して、どこか苛立っていたようです。善意と偽善の境界線は曖昧で、池田はそれを問い詰めたりしたことはありませんが、自分を『善なるもの』に押し込めようとする何かに対して、自分の闇を叩きつけたいという衝動が人生の最後に爆発したのだと思います」と述べ、「奇しくも東京パラリンピックとほぼ同時期に公開になった本作は『こんな奴も生きていた』という本当の意味の多様性を見せてくれる作品だと思います」と語った。

また映画監督の原一男は「自らのセックスを我が身を晒して撮ると決める。一見スキャンダラスに見えるが、実は優れて知的冒険心に満ち、精神の働きの充実さを示す、生きた証なのである」と、エッセイストでマンガ家の能町みね子は「いかんともしがたい醜さやかわいさが体というものから濃密に匂ってくる」と本作にコメントを寄せている。

真野勝成(プロデューサー / 脚本家)コメント

本作の監督・主演の池田英彦は2015年10月25日に他界しています。
生来、四肢軟骨無形成症(通称コビト症)という障害を持っていた池田は最後に何を遺したかったのか?
映画の内容はセックスと愛をめぐるものです。
なぜ自分の性愛を映画にしたのか? 池田は自分に対する人の優しさに対して、どこか苛立っていたようです。善意と偽善の境界線は曖昧で、池田はそれを問い詰めたりしたことはありませんが、自分を「善なるもの」に押し込めようとする何かに対して、自分の闇を叩きつけたいという衝動が人生の最後に爆発したのだと思います。奇しくも東京パラリンピックとほぼ同時期に公開になった本作は「こんな奴も生きていた」という本当の意味の多様性を見せてくれる作品だと思います。

原一男(映画監督)コメント

主人公は四肢軟骨不形成症、いわゆるコビト。
その彼が自らのセックスを我が身を晒して撮ると決める。
一見スキャンダラスに見えるが、実は優れて知的冒険心に満ち、精神の働きの充実さを示す、生きた証なのである。

能町みね子(エッセイスト / マンガ家)コメント

いかんともしがたい醜さやかわいさが体というものから濃密に匂ってくる。
心と体を分けて、体はただの入れものだとするという考え方、私は最近あまり好きじゃない。
厄介な奴だけど、体は切り離せない自分の一部である。

(c)2021 愛について語る時にイケダが語ること

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