Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

横浜・みなとみらい特集

パブリックアートに注目!「ぴあアリーナMM」参加アーティストらが語る座談会第2弾

特別連載

第3回

20/8/11(火)

まちなかにおけるアートの実験場として、横浜・みなとみらいの新施設「ぴあアリーナMM」のエントランス前に誕生したパブリックスペース「モーションコリドー」。全長50メートルの開放的な通路の8本の柱に、縦長ディスプレイのデジタルサイネージが設置されたこの空間では、国内外で活躍するクリエイターの作品を体験することができる。

横浜みなとみらいにオープンしたぴあアリーナMM。写真右は1Fエントランス前の空間「モーションコリドー」

今回は、そのオープニングを飾った3組のクリエイターのうち、捻れながら旋回するカメラワークが印象的な「Kinetic Frames」を手掛けた、CEKAIの井口皓太に話を聞いた。実写とCGを実験的に融合する作品で知られる井口は、今回の特殊な空間での作品制作で何を目指したのか? 制作に併走したBasculeの上田昌輝とぴあの平野淳とともに尋ねた。

「Kinetic Frames」 Ⓒ 2020 井口皓太/Kota Iguchi

「環境の中にある映像をどう考えるのか」
井口皓太 × 上田昌輝 × 平野淳 座談会

左から平野淳(ぴあ)、井口皓太(CEKAI)、上田昌輝(Bascule)

── 井口さんが今回制作された「Kinetic Frames」は、3Dスキャンされた人物やモノで構成されたCG空間のなかを、8秒おきにカメラが移動していく作品です。8本の柱の映像はそれぞれ別世界のように見えますが、カメラの移動によってじつはつながっていることがわかる不思議な感覚の作品ですね。制作にあたって、どのようなことから考えましたか?

井口 そもそも、最近、サイネージについて考える機会が多かったんです。商業施設には何となくサイネージを入れているところがけっこう多い。使い方がわからず、何かしてくださいという依頼がよくあって。そこで、時計として使ったり、いろいろなアイデアを出すのですが、サイネージって、本当はもっと多様な可能性があると思うんです。

というのも、普通の映像を見るとき、人はフレームの中の世界に没入しますが、サイネージはそれと少し違って、環境の中の物質、環境の中の映像としても見られますよね。その意味では、今後、映像が平面を越えて立体になったり、曲がったりと、従来の規格ではないあり方に広がっていく未来を考えるうえで、良い素材なんじゃないかな、と。

映像作家の井口皓太

── 一般にサイネージには時計や広告や天気予報など、何らかの用途が与えられるものが多いですが、今回は純粋に作品として出せる点もそうした「実験」には好都合ですね。

井口 そうそう。依頼を受けたとき、これは「環境の中にある映像をどう考えるのか」というお題だと思いましたね。

平野 みなとみらいでは、もともとまちなかの広告が厳しく制限されているんですね。当社としても、広告だけ流すサイネージでは街にフィットしないという思いがあって、せっかくの環境を生かしながら、新しいアート体験ができる空間にしたいと考えていました。

上田 井口さんに制作をお願いした理由は2点あって、ひとつは9:32というありえないような縦長のサイネージが並ぶ空間で、奥行きの表現を面白くしていただけそう、ということでした。

もうひとつは、今後若手がこの場所を目指したくなるような、斬新な表現をしてくれる表現者であることです。とくに井口さんがナイキと組んだ 、"「先」FUTURE OF AIR"という、実写をモーショングラフィック技術で動かした映像は斬新で、こうした奥行きを使った実写表現が通路で展開されたら面白いと思いました。

井口さんは以前、「LUMINE meets ART AWARD」でもサイネージを手掛けていますよね。どう考えて作っていたのか、今回との共通点などあればお聞きしたかったんです。

Bascule の上田昌輝

井口 そこで作ったのは「Motion Textile_1sec」という作品でした。さっきの話とも重なるのですが、サイネージってどうしてもフレームが気になるんです。映像の中に没入するというより、風景の一部として映像があるから。Motion Textileはそうしたフレームの問題を意識して作った作品で、テキスタイル(布地)ってどこで切ってもいいわけですよね。それと同じように、どこで切りとっても成立する映像を作れないかと思ったんです。

「Kinetic Frames」でも、タイトル通り、まさにフレームの問題を意識しています。そもそもサイネージは、しっかり見るぞという姿勢で見るものではなく、眺めるという感覚に近いもの。しかも、見る人自体も動くから、視点もどんどん変わる。そのなかでどのような見る人と映像の関係を作れるのか、考えながら制作しました。

上田 完成した作品の前に立つと、実際には映像のなかのカメラが動いているのに、まるで自分自身の視点が動いているような、強い身体性を感じました。

井口 じつは途中でカメラワークに手ブレを入れたんです。ブレのない作り込んだ滑らかなカメラワークよりも、人を感じるカメラワークのほうが、見る人と映像にシンクロする瞬間が生まれるのではないかと。あと、今回は意図的に画を止めている箇所もあります。あまりに映像が動いていると、逆に動きを感じなくなってしまう。あえて止めることで、見る人の意識に揺さぶりをかけるような効果を狙いました。

── 見る人と映像の接点となるような仕掛けがいくつも盛り込まれているんですね。

上田 8秒という間も絶妙だと思いました。画がすごい不思議な世界観じゃないですか。意味を考えるんだけど、理解する前に進んじゃう。なので、飽きずに見られますよね。

井口 当初は1時間止めることも考えました(笑)。僕は横浜出身なんですが、そごうのからくり時計は1時間に1回動くんです。動くものに溢れた世の中で、たまにしか動かないものを楽しみに待つ時間って豊かだなと。最終的にはバランスをとって8秒にしましたが(笑)。

「刹那的な体験」を生み出すために意識したこと

── ところで井口さんが制作前に作られた資料に、「絵画と映像、実写とCGの曖昧な間を越えた刹那的な体験を生み出したい」とありました。この言葉に込めた想いとは?

井口 僕はもともとグラフィックデザインを学び、それを動かすことから、映像の世界に移った人間です。グラフィックデザインは、従来は瞬間的に情報を伝える役割を担うものとされてきましたが、これだけモニターや映像が溢れるなかで、いま逆に瞬間的に伝えられなくなっているというか、瞬間の捉え方が変わってきたと感じるんですね。

そこに書いた「刹那的な体験」もそれとつながっていて、実際はその映像を誰がどの高さで見るか、どの瞬間を見るかもわからない。みんな、体験の仕方が違うなかで、動かせるようになったグラフィックと見る人の関係をどう再構築するかを考えているんです。

── たしかに、従来のグラフィックデザインが言う「一瞬で伝わる」の「一瞬」って、誰にとっての瞬間なのかという問題がありますね。見る人は、本来は一様ではないのに。

井口 そう。違和感が生まれているんですよね。僕が勉強した時代、グラフィックデザインは時間と空間を内包していると教えられました。それには納得する一方、僕は東京オリンピック・パラリンピックのピクトグラムを動かす仕事もしているのですが、不動のサインを動かすとはどういうことか、考えざるを得なかった。新しい時間の捉え方や媒体が生まれるなかで、モーション映像とグラフィックと絵画の曖昧さを探りたかったんです。

── 実写とCGの境界に対するこだわりについてはいかがですか?

井口 今回も使ったフォトスキャンという技術は、モデルを多角的に撮影し、写真でCGを生成する技術ですが、実写と言えば実写なんです。いまはもはや、何が実写でCGなのかもわからない。僕がその技術を使うのは、カメラワークの自由度が高くなるという理由もありますが、そこに今の時代の匂いみたいなものが刻まれるからです。というのも、写真でできるCGの精度って、まだあまり高くない。それも含めて、時代を象徴する質感だと思っていて、現在のサイネージにその質感を与えることが重要だと思っているんです。

── ポスター的に平面構成された画面同士が、8秒おきの回転・移動によって立体的につながるわけですが、そのCGの世界はどのあたりから組み立てていくのですか?

井口 最初に平面をディレクションしました。その画を決めて、どのようにカメラが動くと面白いかを考えるという順番ですね。平面的になる部分は、まさにポスターのつもりで構成しています。構成的に作られた平面が突然動き出して空間を見せたときに生まれる、ズレのような感覚が面白いと思っています。

上田 美術セットもユニークでしたが、どんなテーマを設けていたんですか?

井口 テーマは、海外から見た、誤解も含んだ”日本”のようなイメージです。じつは映像内に現れるアイテムには、3〜4組くらいの友人のクリエイターたちの作品を使っています。たとえば石を持つユニークなフィギュアが出てきますが、あれは昔から付き合いのあるmagmaというユニットの『ROCKY』という作品です。そうした実際にあるものを3Dスキャンして使用しています。

空間を作るうえで苦労したのは、やはりこの縦長の画面ですね。僕は変わった比率の映像を手がけることが多くて、今回の話を受けたとき、チームスタッフからは「また変な画格だ」って言われました(笑)。一般的な「16:9」の映像ってほとんどやっていないですね。

上田 9:16はサイネージとしてよく見ますが、9:32は存在しないかもしれないですね。初見で見たらビックリしますよね。

井口 非常に映像作家殺しの画格でしたよ(笑)。どう配置しても上が余るんです。冒頭に上田さんが「奥行き」と言われたけど、それを生み出すために何度もシミュレーションしました。最終的には、このフォーマットの場合、空間を前後に大きく回転したほうがより奥行を感じることがわかり、ずっとカメラが回転し続ける映像になりましたね。

フレームやカメラワークに強い関心を持ったきっかけ

── お話を聞いていると、井口さんはフレームやカメラワークというものに強い関心をお持ちだと感じるのですが、それを意識するようにきっかけは何だったのですか?

井口 感情的な話としては、誰かが作ったか知らない16:9の中で踊るのが嫌なんです。たとえて言うなら、誰かが作ったYou Tubeという環境のなかで再生回数を稼ぐことに興味がないというのと同じで。その環境自体に、つねにメタな視点を持っていたいんです。その意味で言うと、僕は映像デザイナーを名乗っていますが、もっと物質的なものを自由に動かせる時代になったら、そちらのデザイナーになるかもしれないと思います。

あと、カメラワークに関しては、僕はグラフィックを作るときも、一点透視図法による絵のように「先」が見えそうなものが好きなんです。逆にグラッフィックをやるときの悩みはバシッと画を決めるのが苦手なことで、時間の前後関係が見えちゃう。その画面は動きの中で一部でしかないと知っているから、決められないんです。そこから、カメラが動くとか視点が動くということへの興味が強くなっているのかもしれないです。

── 井口さんの場合、表現は悪いかもしれませんが、視点を面白く移動させるための一種のモチベーションとしてモノを配置している部分があるのかなと、勝手に感じました。

井口 それはそうだと思いますね。僕は京都がすごく好きで、住んでもいたんですが、日本の伝統的な建築や庭園では、移動のなかでものを見せていく文化がありますよね。庭を歩いていくと、最初は隠れていた風景が徐々に見えてきて、何気ない岩に特別な意味が生まれたりする。西洋の庭園は、樹木や噴水の豪華な形自体に価値を見ますが、日本庭園は移動によって価値を生む。物自体をいじることなく、視点だけで伝えていくのは日本人の得意な見せ方なのかなと思います。今回も、物自体はほとんど動かしていないですが、それでもアニメーションとして成立するんだ、というのを見せたい思いはありますね。

以前作った「ME to ME」という映像作品があるんですけど、それも、美しい庭を造るような感じで平面的にカメラワークを先に決めてしまい、そこに実写に落とし込むという作り方をしています。よく「意味の分からないことをしているね」って言われますが(笑)

上田 そこまでモーションで全部を捉えている人ってすごいですね(笑)

井口 唐突だけど、僕、高校までキャッチャーだったんです(笑)。キャッチャーって、レフトの方を見ながら同時に一塁ランナーを警戒したりするわけで。そんな風に、同時多発的に物事が起きていることの気持ちよさの感覚が、根っこにあるかもしれませんね。

コンディションによって変化する映像になってほしい

── 平野さんは、作品をご覧になっていかがでしたか?

平野 奥行きをすごく感じました。サイネージの前に立つと高さがあるので、画がぐるっと回ったとき、その中に引っ張られていくような感じがあって没入感を感じました。要所要所になぜかいるカブトムシも気になりましたね(笑)。

井口 ははは(笑)。あれは最後に入れたんです。

平野 それを考えている間に次の画に行っちゃうので、ずっと見続けてしまいます。

井口 子どもが「カブトムシ見に行きたい」と言ってくれる場所になったらいいな、と。僕も何回も見るうちに急にここに視点が行くなとか、間が持っていないなとか、気になる部分が出てきて、そうすると何か入れたくなる。それは時間帯やコンディションによっても違う。映画もコンディションによって面白さが違うじゃないですか。自分の映像もコンディションで変わってほしいなと思うんです。今回、じつは時間や周囲の環境によって映像がどんどん変わっても面白いな、と思っていたんですよね。

── 状況によって変化する映像という話は、別のオープニング映像を手掛けた勅使河原一雅さんもお話しされていました。

井口 おそらく最近、多くの映像作家にその共通した違和感がある気がします。一度提出した映像が、変わらないまま流れ続ける違和感というか。たとえば、僕の映像なら、ずっと回っているんだから、人体がチーズみたいに溶けちゃってもいい(笑)。紙は風化や経年変化で黄ばんだり破れたりするじゃないですか。その方が自然に感じるんです。

── さきほどのグラフィックデザインにおける「一瞬」の話じゃないですが、見る人や映像を見る環境が一様ではないことがもはや自明になっている。さらに、映像を変化させる技術も出てきたなかで、映像における「完成」というものが揺らいでいるんでしょうね。

井口 そうですね。それこそ資料に書いた「刹那的な体験」を、どう豊かに映像に内包させるのか。見る人それぞれの、映像に入り込むスイッチをできるだけ多くしたかった。

上田 完成した作品を見ていて良かったのは、これだけの具象物が使われた映像なのに「開かれた作品」であるというところでした。それこそ、カブトムシに反応しちゃう子どももいるでしょうし、いろんなきっかけがあって。通り過ぎる瞬間によっても、印象はだいぶ違うはず。答えもないし、遊び心が満載なので、自由な捉え方で見て良いと思います。

「時代の温度感」で意識した「ゲーム」という概念

井口 ありがとうございます。やりながら感じたのは、いま、映像という領域はものすごく多岐に渡っていて、そのなかで自分の映像が試されているという感覚だったんです。というのも、「アートとデザイン」や「アートと広告」という区分は従来からありましたが、僕が今回、「時代の温度感」という点でとても意識したのはゲームだったんですね。

今回、人物やモノをフォトスキャンしたわけですが、予算もあり全部はスキャンしなかったんです。CGを一から作ったものも多くあった。すると、「ゲーム」という概念が邪魔をしてきて……。ちょうどこのコロナ禍で多くの人がゲームに親しみましたが、たとえば、『フォートナイト』(米エピック社のバトルロイヤルゲーム)のCGはすごいし、『龍が如く』(セガのアクションアドベンチャーゲーム)の人物描写には高いフォトスキャン技術が使われている。「ゲームが一番進化しているじゃん!」という発見があって。

── これまで別分野だと思っていたゲームがすごく近いものとして見えてきた、と。

井口 その凄みを感じましたね。いわゆる映像の世界では新しい表現でも、ゲームに親しんでいる人にとっては普通の印象になるのかもな、とか。だから、映像の質感は最後まで詰めました。グラフィック方向に持っていかない限り、いわゆるただのゲーム画面を見せられている風になっちゃう。そこは難しいラインだったし、面白かったです。

若い作家にも大事にして欲しい“世代で感じる温度感”

── ゲームも含む幅広いジャンルのなかで、映像の担い手たちが自分を位置付ける立ち位置はますます曖昧になってきている。そのなかで、このモーションコリドーでは今後も若い作家が映像作品を発表する予定です。井口さんから、そうした難しい時代に挑む若い作家に何かをアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?

井口 アドバイスは……ありません!(笑)。いや、「一生懸命作る」ってことだけだと思いますけどね。ちょうど2020年は区切りの年だと思っていて、さきほどオリンピック関連でピクトグラムを動かす仕事の話もしましたけど、僕がグラフィックを動かす作品を作り始めたのは10年ほど前なんですね。その自分に、いまようやくグラフィックを動かしてくれという大きなオーダーが入る。そこには正直、ディレイ(遅れ)があるわけです。オリンピックは大きな区切りとして重要だけど、やっぱりズレがあると思うんです。

それで言えば、若い人には、「いまさらピクトグラムが動いたの?」とか、「それならAR(拡張現実)技術を使ったほうがいいんじゃない?」とか思ってほしい。僕は自分の世代が感じる時代の温度感を伝えてきたけれど、若い人が感じるそれ は違くて当たり前だと思うんです。もしかしたら、「サイネージ」というもの自体を新鮮に思わない人たちや、「動くグラフィック」より、それが「動かない」ことに価値を見出す世代がいるかもしれない。何にしたってその世代で感じる温度感をアウトプットするしかなくて、そのときどきの個人の感覚を真剣に刻んでいってほしいですね。

最後に3Fラウンジ「CLUB 38」にある雑誌表紙風フォトスポットで!


(取材・文:杉原環樹 インタビュー写真:藤田 亜弓)

プロフィール

井口皓太/Kota Iguchi
https://kotaiguchi.com/
1984年生まれ、2008年武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。動的なデザインを軸に、実写やCG、写真、モーショングラフィックスなど領域を横断した表現を探る。主な受賞歴にNY ADC賞、D&AD賞、TDC賞など。ARTISTS’ FAIR KYOTO 2020アドバイザリーボードメンバー

上田昌輝 / Masaki Ueda
映像ディレクター
1993年生まれ、Bascule inc.所属。MVや広告映像のディレクションから、インタラクティブコンテンツ制作まで、映像領域をデザイン。映像作家100人2019選出。2019年、野外フェス「岩壁音楽祭」立ち上げ、音楽領域でも活動中。

平野 淳 / Jun Hirano
ぴあ株式会社 共創マーケティング室 分析ユニット 兼 アリーナ事業創造部 企画ユニット 兼 戦略企画室
2014年ぴあ株式会社入社。チケット販売サイト「チケットぴあ」の新規サービス企画・開発や、音楽イベントのチケット仕入営業を担当。現在は、横浜・みなとみらいに新設された音楽アリーナ「ぴあアリーナMM」の体験型コンテンツの企画を担いながら、顧客分析や新規事業企画などに携わる。

関連情報

「ぴあアリーナMM」モーションコリドー
デジタルサイネージ放映時間
11:00~20:00  ※7/1(水)~当面の間
アートインスタレーション放映時間
毎時00分、30分~
※ぴあアリーナMMでの公演の有無に関わらず放映されます。
※放映スケジュールは急遽変更となる場合がございます。



新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む