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『呪術廻戦』五条悟と夏油傑の対比が意味するものは? 痛みを伴う“組織改革の物語”を読む

リアルサウンド

20/6/8(月) 19:19

 芥見下々の『呪術廻戦』(集英社)は、『週刊少年ジャンプ』で連載されているオカルトバトル漫画。負の感情から生まれる呪霊が跋扈する世界で、呪霊を祓う呪術師たちの活躍を描いた本作は“呪いの王”と呼ばれる特級呪霊・両面宿儺(りょうめんすくな)の器となってしまった高校生・虎杖悠仁を中心に物語が展開される。

関連:【画像】『呪術廻戦0 東京都立呪術高等専門学校』書影

 呪術師を育成する東京都立呪術高等専門学校に転入した虎杖は、特級呪術師・五條悟の指導の元で、自分の中に宿る宿儺の力を制御しながら、伏黒恵たち呪術高専の同級生たちと共に呪術師として成長していく。

 現在は単行本10巻から始まった「渋谷事変」編が進行中。渋谷駅内部で展開される呪術師、呪霊、呪術を悪用する呪詛師の思惑が交差する戦いは盛り上がりを見せており、6月4日に発売された第11巻では、ある登場人物の意外な正体が明らかになった。

以下、ネタバレあり。

 2018年、ハロウィンが盛り上がる10月31日。渋谷駅の東急百貨店東横店を中心に半径400メートルの帳(とばり、本作における結界)が降ろされて、人々が閉じ込められる。

 虎杖たち呪術師は渋谷へと集結するが、この帳は特級呪霊の真人たちが五條悟を封印するために仕掛けた罠だった。罠だと知った上で渋谷駅の副都心線ホームへと降り立った五条は圧倒的な呪力で、呪霊を蹴散らすが、無数の改造人間(真人に怪物に改造された人間)が電車から放たれたことで戦況は一変する。

 混乱に乗じて真人たちが襲いかかる中、五条悟は領域展開「無料空処」を発動。0.2秒間、改造人間も含めた非術士(呪力を持たない人間)の脳に半年分の情報を流し込むことで動きを止め、その場にいた改造人間およそ1000体を、領域解除後に299秒で鏖殺する。しかし、その隙に設置された生きた結界・獄門疆によって五条は封印されてしまう。

 その罠を仕掛けた黒幕が夏油傑。呪詛師に堕ちて、呪霊たちと共に呪術師たちに反旗をひるがえした、かつての親友だ。

 去年のクリスマスに新宿と京都で決行された呪術テロ「百鬼夜行」(呪術廻戦の前日譚となる『呪術廻戦0 東京都立呪術高等専門学校』収録)の時に、自ら殺したはずの夏油が目の前にいることに驚く五条。しかしすぐに偽物だと気づく。夏油は頭部にある縫い目の糸をスーと引くと、頭部をパカッと開ける。

 脳を入れ替えて、肉体を転々とする術式で夏油の体を操っていると語る偽物の夏油。その正体は明らかにされないまま、五条は封印されてしまう。

 呪術師・メカ丸(小さな円盤状の姿で登場、10巻で真人と夏油に殺されており、五条が封印された際に発動する“保険”のような存在らしい)から、五条が封印されたことを聞かされた虎杖は、仲間たちに連絡。

 一方、封印は完了したものの、情報処理が完了しないために、その場から動かすことのできない獄門疆を見張る中、呪霊たちの意見が分裂する。かつて夏油が呪霊たちに話した、呪霊と呪術師の戦いにおける勝利条件は2つだった。1つは五條悟を戦闘不能にすること。もう1つが、虎杖悠二の中に封印されている両面宿儺を仲間に引き込むこと。

 第一の条件はクリアした夏油たち。しかし、虎杖に兄弟を殺された脹相と、欲求の赴くままに行動するという真人が虎杖を殺すといい、宿儺を復活させたい濡瑚との間で意見が別れてしまう。そして、どちらが先に虎杖を見つけるかという競争を始めてしまう。

 そんな中、五条を救出するため、虎杖は伏黒恵と2級術士の猪野琢磨とともに、まずは呪術師の侵入を阻む渋谷全土を覆う帳を破壊するため、渋谷Cタワーの屋上に向かう。そこには帳の結界を守る三人の呪詛師が待ち受けていた。

 ますます物語が複雑化する『呪術廻戦』だが、根幹にあるのは、五条悟と夏油傑の対比を通して描かれる組織改革の物語だ。

 呪術界に絶望し、呪霊と組んで、呪術師と敵対するテロの道を選んだ夏油に対し、五条もまた呪術界の上層部に絶望しているが、彼らを皆殺しにするのではなく、若い呪術師を育成し、世代交代によって組織改革を進める「教育の道」を選んだ。

 夏油が偽物だとすると、この対立軸も怪しくなるのだが、少なくとも五条の考えは新人漫画家を育てることで世代交代を進めてきた『少年ジャンプ』らしい価値観だと言えるだろう。 

 だが、同時に本作が面白いのは世代交代によって駆逐される側の痛みも描いていることだ。

 虎杖たちと戦うオガミ婆(87歳)と粟坂二良(61歳)は、かつてはラクに稼いでいたベテラン呪詛師だったが、五条悟という天才が生まれたことで呪霊と呪術師たちの力が底上げされ「世界の均衡が変わった」ことで、(晩年になって)自由が奪われたと憤っている。「俺は生涯現役」「死ぬまで弱者を蹂躙する」と考える粟坂の小物感は、老害の極みで、あまり共感できないが、下の世代の成長によって自分たちの居場所がなくなってしまうのではないかという不安はわからないでもない。こういった多様な視点は『呪術廻戦』の持つ豊かさである。

(文=成馬零一)

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