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ワーナー作品の“劇場公開と同時にHBO Max配信”が意味すること 業界を騒がせた問題を解説

リアルサウンド

21/1/1(金) 12:00

 ワーナー・ブラザースが、2021年に公開予定の新作を劇場公開と同時にHBO Maxに配信することを決定し、業界が揺れ動いている。そもそも日本ではまだ開始されていない、このストリーミングサービス。多くの名作ドラマを輩出するアメリカの有料チャンネルHBOのコンテンツに、ワーナーが保有している作品ライブラリーを加えたもので、2020年5月末からアメリカで開始されたばかりだ。そんなサービスが、映画館の命運を握っている。日本は蚊帳の外、というのも実は違う。本件がなぜ今ハリウッドで最もコントロバーシャルな話題で、世界中の映画ファンに関わってくることなのか。

HBO Maxの背景 映画業界を数字だけで捉えるAT&Tの所業か

 まず、そもそも今回の騒動の発端は2018年まで遡る。当時アメリカの大手電話会社AT&Tにワーナー・メディアが買収された。ワーナー・メディアはHBOの親会社ということもあり、AT&T側の要求でコンテンツを量産することに重きを置き始める。当時、AT&Tの買収目的は主に動画のターゲット広告のようなアドだった。そして2020年4月にHuluのCEOのジェイソン・キラールがワーナー・メディアのCEOに就任。これが、同社にとってストリーミングサービス、つまりHBO Maxを主軸とした事業にのぞんでいく大きなきっかけになる。それを大いに活用するつもりだったCEOのジョン・スタンキーは2021年に登場するHBO MaxのAVOD(広告つき)バージョンを、“サブスクリプションと広告の両方に支えられたソフトウェアベースのエンターテイメントプラットホーム”と発表していた。

 ところが、この頃から不穏さはあった。この広告付きHBO Maxについて、ワーナー・メディア側が詳細を知らかったのだ。協議で話題にあげられたが、かなり大まかな内容だったとエージェンシー幹部が語っている。この“共有不足”が今回の騒動にも繋がりを見せている。というのも、この来年劇場公開作全てを公開日に配信するという決定は、興行収入面で大きく関わってくる劇場側にも、制作会社側にも事前によく相談されていなかったからだ。

決断と発表の仕方がまずかった? 業界の信用を一気に失う

 何故、クリストファー・ノーランがHBO Maxに激怒したのか、それは横の繋がりの強いハリウッドで大きな信頼を失うような決断を勝手にされてしまい、寝耳に水状態だったからだ。当初HBO Maxは『ワンダーウーマン 1984』を劇場公開と同時に配信する作品として告知したが、劇場独占公開で得られただろう収益を映画製作に関わったステークホルダーに補償することが前提だった。これも、少なくない額だが映画関係者からすれば当然されるべきことなのだ。しかし、それ以降に発表された2021年公開映画に関しては、この補償を適用しないと言っている。これにステークホルダーが怒り心頭。

 長年に渡りワーナーで多くのビッグバジェット映画を製作しているレジェンダリー・エンターテインメントは、2021年に『GODZILLA VS. KONG(原題)』や『DUNE/デューン 砂の惑星』に多額の出資をしていた。それにも関わらず、彼らに何の相談もなく、補填もないまま“スクリーンで流す前提で作った映画”を配信されるのだ。無論、ストリーミングサービスの料金体系を考えれば、映画館で独占公開するより興行収入が落ちることは容易く想像できる。補填もなければ、本来の興収も見込めない。作品はひたすらお金を失うことになる。

もはや虫の呼吸でしかない、大手映画館側との事情

 そしてダメージを最も直接的に受けるのは、映画館だ。アメリカ大手劇場チェーンのAMCも、世間にこのことが発表される1時間前に知らされたとのこと。ただでさえパンデミックのせいで全米の劇場は8月頃まで閉鎖状態であり、ノーランが起死回生の策として用意していた新作『TENET テネット』もこれに影響を受けて興収が振るわなかった。

 それ以前に、映画館側はスタジオ側とすでにこの配信を巡って大きな喧嘩をしていた。ユニバーサル・ピクチャーズ。彼らが4月上旬に『トロールズ ミュージック★パワー』を劇場公開せず、VODスルーに踏み切った。スタジオはスタジオで、映画をできるだけ収益性の高い形で公開して興収を得たいのが本音。しかし、これがAMCの怒りを借り、ユニバーサル作品を同系列の劇場で今後一切上映しないというボイコット声明にまで繋がった。

 この時、親会社のNBCユニバーサルのジェフ・シェルCEOはプレミアムVOD(PVOD)として出された『ミュージック★パワー』が前作の劇場公開時に引けを取らない収益を生み出せたことで、配信の可能性を確信。劇場再開後に、映画館とPVODの2つのフォーマットで作品を公開していくことになる、とまで言ってしまった。もともと、配給会社と映画館側では「シアトリカル・ウィンドウ」というルールが存在する。これは、劇場公開作品の二次使用(配信など)を公開から3カ月空けるもので、映画館の収益を守る趣旨のものだ。だからこそ、このユニバーサル側の発言は、今後多くのスタジオが同じ措置をとってしまうことを誘発する可能性があり、劇場側にとっては極めて危険なものだった。

 しかし、そんな彼らもその後和解。ユニバーサル側がPVOD配信の収益の一部を劇場側に還元することに取り決めたのだ。AMC側はロックダウン解除後も劇場再開の目処が立たず、少しでも収益が欲しいのでこれに同意した。つまり、ユニバーサルもワーナーのように勝手なことをしたわけだが、その後しっかりと収益還元の仕組みを作った。ワーナーはその保証を、映画館どころか製作会社にもするつもりがないというので、そりゃあ誰もが怒り狂うわけだ。AMCはこのHBO Maxに関する決定によって「(経営)状況が悪化した」と発言。2021年の1月中旬までに7億5000千万ドルが用意できないと、キャッシュが完全になくなる旨を投資家に警告したばかりだ。

ハリウッドの映画人たちの見解は?

 さて、ノーランがワーナーの決断を気に食わないことも、HBO Maxのことを「最悪のストリーミングサービス」と貶していたことも、ネット上で話題になっている。それに対し、ワーナー側が「でもお前が劇場公開にこだわった『TENET テネット』、全然だめだったじゃん」と言い返し完全に泥試合化。

 確かに、『TENET テネット』の全米の成績はイマイチだった。過去作の成績を考えると、本来なら初週に回収できていたはずの4500万ドルに到達したのは、公開5週目。日本や中国などの世界興収の成績が良い(3億ドル超え)が、製作費だけで2億ドルがかかっている本作、完全に赤字なのだ。

 その数字を、逆に配信するべき理由の一つに捉えられてしまったノーラン。彼が一番に怒っていることは、映画館で上映することを前提として作っている映画を、映画館で流さないことにある。これまで、映画史に残る映像生み出してきた彼は映画館での映像環境に対し誰よりも熱心に取り組んできた。そんな彼が発表した声明文には「最高の映画スタジオのために仕事をしていたが、翌朝目が覚めたら最悪のストリーミングサービスに仕事していたことになっていた」と、ある。大画面で観るからこそ価値のあるもの。それは、映画ファン側にとってもわかる感覚ではないだろうか。いくら配信の方が家にいながら簡単に最新作を観ることができたとしても、それは期待していた通りの映画体験ではない。一度、楽な方向に流れてしまうと、果たして以前の慣習、つまり劇場に映画を観に行く日常は残り続けられるのだろうか。

 ノーラン以外にも、本件について見解を述べた人物がいる。ワーナーの製作するDC作品で最も人気のあるキャラクター、ハーレイ・クインを3作品に渡って演じたマーゴット・ロビーだ。ただ、彼女はワーナーに対して比較的“たてる”ような意見を述べた上で「この問題が解決し、ワーナー・ブラザーズがストーリーテラーたちのために正しい行いをしてくれることを期待している」と、コメント。なお、これまで『死霊館』シリーズなどのヒット作でワーナーに大いに貢献してきたジェームズ・ワンの見解が今、最もハリウッドで注目を浴びているが彼はおそらく中立の立場を貫こうとしているようで、その口を硬く閉ざしている。

 しかし、果たしてマーゴット・ロビーのように“期待する”でいいのだろうか。ワーナーは現在、劇場公開と同時に配信する作品を2021年のものに今のところ限っている。しかし、多くの米映画ファンはそれまでにワクチンが普及することを想定したうえで、一刻も早く映画館に再び通うことを重要視している。なぜなら、先述の通り映画館の限界はもうすぐそこまできているから。すると、配信前提の予算感で作られた映画ばかりが溢れることになるし、例えどれだけ最新映像技術を駆使した大作を発表されても、小さなスマホスクリーン、日常的なリビングのテレビで流れたらそれは生きない。映画とは、やはり便利であるべき以前に“非日常”であるべきなのではないだろうか。日本ではまだサービス開始の目処も立ってすらいない、HBO Max。しかしそのインパクトは、必ず我々も受けるはずだ。

参照

・DC’s Margot Robbie Comments on Warner Bros.’ Plans To Release New Movies On HBO Max|CINEMABLEND
・AMC warns it’ll run out of cash in January, calls out Warner Bros.’ shift to HBO Max|THE VERGE
・The shift of traditional media from old Hollywood to streaming services|CNBC

■アナイス(ANAIS)
映画ライター。幼少期はQueenを聞きながら化石掘りをして過ごした、恐竜とポップカルチャーをこよなく愛するナードなミックス。レビューやコラム、インタビュー記事を執筆する。やっぱり映画は映画館で観たい派。InstagramTwitter

■公開情報
『ワンダーウーマン 1984』
全国公開中
監督:パティ・ジェンキンス
出演:ガル・ガドット、クリス・パイン、クリスティン・ウィグ、ペドロ・パスカル、ロビン・ライト
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (c) DC Comics

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