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羊文学が再現した、『若者たちへ』に漂う“青春の残り香” 歴史を辿り、現在地も見えたオンラインツアー2日目

リアルサウンド

20/8/13(木) 18:00

 3人が手を重ね円陣を組む。その距離の近さに妙に安心感を覚える。失われてしまった風景をほんの束の間取り戻すような、そんな安堵だ。まだ生まれたばかりのライブハウス「LIVE HAUS」(リヴハウス)の店内看板には、「君がいつでも帰ってこれるように」というメッセージが記されている。音楽が鳴る場所、文化を繋ぐ場所、誰かの拠り所になる空間、それを守ろうとしているのだろう。羊文学による『online tour “優しさについて”』、その2日目「下北沢LIVE HAUS Playing:1stALBUM『若者たちへ』」を見た。

 

 まずは今回の配信ライブについて、ざっと説明しておこう。羊文学がかねてからホームとしてきた下北沢BASEMENTBAR/THREEと、そこにゆかりのあるライブハウスを回るツアーである。資料によると、ライブハウスに対し何か出来ることはないかと考え行ったのがこのオンラインツアーだったという。そのため会場となった3カ所は、THREE〜BASEMENTBARに勤めていた高木敬介が調布にオープンした系列店の「調布Cross」、THREEの店長を務めていたスガナミユウが開いた「下北沢LIVE HAUS」、そして「下北沢BASEMENTBAR」と、すべてバンドと馴染みの深い場所が選ばれた。配信のプラットフォームも、THREE、BASEMENTBAR、Crossを運営するTOOS CORPORATIONが新しく作った「Qumomee」。監督もそれぞれのハコにゆかりのある人選を意識し、バンドからライブハウスへのリスペクトを感じるライブ(≒映像作品)を作り上げている。未曾有の危機が続くライブハウスへの、羊文学なりの感謝と応援の意を伝えるライブでもあるのだろう。2日目にあたる今回は映画『MOTHER FUCKER』も手掛けた大石規湖が監督を務め、迫力ある映像となっていた。

 このライブの面白さは、これまでリリースしてきた作品を、そのままの曲順で演奏するところにある。初日の調布Cross公演は、1st EP『トンネルを抜けたら』と2nd EP『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』をプレイし、最後に「1999」で閉じるというもので(リリース順ではアルバムの『若者たちへ』を飛ばした格好だが、「1999」は2017年の冬頃に制作していたため、彼女たちの感覚としてはここに収まるという意識があったのかもしれない)、最終日の『きらめき』、『ざわめき』ライブへと繋げる2日目の公演が、今回レポートする『若者たちへ』のライブである。

 一瞬の静寂の後、ライドシンバルを一発。それからスネアにハイハット。まるで大切なものをそっと撫でるような、繊細な手触りで叩かれるその音こそ、羊文学のチャームである。残酷なくらい優しいそのタッチで、フクダヒロア(Dr)は静けさを演出していく。この頃の羊文学を聴いて改めて悲哀や寂寞を感じるのは、何も塩塚モエカ(Gt /Vo)の詞やギターだけが理由ではない。揺蕩うような淡い色の照明と、フクダが叩くダークシンバルのサステイン……これこそが10代をテーマに書かれた『若者たちへ』に漂う、青春の残り香を再現しているのだ。

 アルバムを再現している本ライブにおいて、1曲単位で語るのは野暮かもしれないが、敢えて前半のハイライトを選ぶならほろ苦い夏の記憶を辿る「夏のよう」だろう。乾いたスネアと、河西ゆりかによる感情的になりすぎないベース、過去から反響するように微かに聴こえてくる彼女のコーラス。そして、その真ん中にある祈るようにも泣いているようにも聴こえる塩塚モエカのボーカル……遠くを見つめるような表情も含めて、そのすべてが得も言われぬ美しさを備えているように思う。

 このアルバムで表現されている“10代”とは、輝かしい青春の光ではない。思春期特有の痛みと迷いの記憶である。今思い出しても「Step」のMVを岩井俊二が監修したのは象徴的で、あらかじめこのバンドには影があったのだろう。『きらめき』をリリースして以降、バンドは明確に次のタームへと進んでいったが、このライブではそうした仄暗い感覚が蘇ってくるようだ。

 「Step」を終えると、トイレのハンドソープがイソップだったといういつも通りのほのぼのとしたMCを挟んで後半へ。意図的なものかは定かではないが、再開後も最初の1音はドラムから。疾走感のあるオルタナナンバー「コーリング」で始まり、「涙の行方」を終えると表題「若者たちへ」へ。明滅を繰り返す電球のライトと目一杯弾き倒されるファズギター、一切の感情を飲み込むような轟音。そして歌の最後の一節、〈優しくなれるように〉、この濁流のような音こそ優しさだろう。誰をも拒まず、そして誰をも平等に突き放す。

 やはり“優しさについて”と題された本ライブは、決して突然現れたテーマではないのだろう。恐らく塩塚モエカが日々感じている、人生における重要なファクターなのだ。アンニュイな気分を映すように仄暗かった照明が、最後の「天気予報」では光に変わる。眩いカーテンに包まれるように迎えた幸福なクライマックス。息を飲むように見守っていた「若者たちへ」とは対称的な、解放的なメロディだ。

 時系列順に再現されていくこのツアーは、羊文学の歴史を辿ると共に、彼女達の現在地を見る意味もあるだろう。さらに言うならば、羊文学と今回のライブ制作を経て、相思相愛の関係性になったという大石監督の視点で撮られた映像からバンドの動向を占うヒントも得られるかもしれない。期間内であれば何回もアーカイブで見れるので、純粋に演奏を楽しみながらも、バンドの変遷に思いを巡らせるのも面白いかもしれない。

■黒田隆太朗
編集/ライター。1989年千葉県生まれ。MUSICA勤務を経てフリーランスに転身。
Twitter(@KURODARyutaro)

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