Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

植草信和 映画は本も面白い 

編集者・樽本周馬さんに聞く『映画監督 神代辰巳』

毎月連載

第29回

19/11/25(月)

B5版700ページ、重さは1.6キロ! の「凄い本」を手にする樽本氏

「いま、神代辰巳監督に関する凄い本が作られていますよ」、と映画評論家の高崎俊夫さんに教えてもらったのは8月下旬ごろだったか。はるか昔、『世界の映画作家/斎藤耕一・神代辰巳』という監督研究本の編集に関わったことを思い出しながら、「神代監督の凄い本とはどんなものだろうか」と期待しつつ待つこと2ヶ月余。

10月下旬、その本『映画監督 神代辰巳』を手に取った。重い。ヘルスメーターで計ったら1.6キロあった。B5版700ページ、定価13,200円 (本体価格12,000円)。すべての面で超弩級の本に驚愕。こんなに重くて厚くて高額の映画本、誰がどのようにして作ったのだろうかと興奮する。

一週間で読破した。映画監督神代辰巳の人と生成、彼が作った作品のすべてが網羅されている。移動時の携帯には難儀したが、巻措くに能わずの面白さだった。

奥付の著者名は神代辰巳、「編集後記」は国書刊行会編集部の樽本周馬が書いていた。樽本氏といえば昨年筆者を狂喜させた、『笠原和夫傑作選』全三巻を手掛けた編集者ではないか。

また、昨年のキネマ旬報「映画本大賞」を受賞した高崎俊夫著『祝祭の日々 私の映画アトランダム』、2014年度受賞の白鳥あかね著『スクリプターはストリッパーではありません』も彼が編集している。

という次第で、名著を連打するその樽本氏に本著の企画から完成までのお話を伺うことにした。

『映画監督 神代辰巳』神代辰巳著 (国書刊行会・12,000円+税)

まずは神代作品との関わりと企画の始まりから語っていただこう。

「学生時代、京都みなみ会館という名画座のオールナイトで『悶絶!! どんでん返し』を観て映画というものの面白さ、美しさに目覚めまして、いつかは神代監督の本を作りたいと思っていました。国書刊行会という会社は編集会議というのはなくて、編集長とマンツーマンで企画を進めていくのですが、神代監督がいかに素晴らしい監督なのかを言い続けて説得したのが始まりですね」。

しかしこれだけの大部の書籍、進行にはさまざまな難関があったのではないだろうか。

「最初はこんなに膨大なものではなく、500ページ、定価も8,000円くらいで始まりました。ところが資料を集めていくうちにどんどん膨らんでしまい、定価を18,000円くらいにしないと収まらなくなってしまったんです。いくら何でもそれはないだろうということで、ずいぶん削って今の定価に落ち着きました。資料的価値、読み物としての面白さなど優に書籍5、6冊分のボリュームがあるのでそう考えれば高くはないのではないか、と自己弁護しているのですが」。

定価の設定は編集者にとって常に悩ましい問題だが、それ以上に重要なことはいかに定価に見合う、いやそれ以上の貴重な資料を集めるかだ。

「この本のベースになっているのは『映画芸術』1995年夏号〈追悼 神代辰巳〉ですが、それ以外の『キネマ旬報』、『シナリオ』、新聞、その他雑誌の芸能記事などのベーシックな資料は国会図書館で探しました。ただそれだけでは漏れてしまう。例えば『快楽学園 禁じられた遊び』の原作者ひさうちみちおさんの単行本の解説を神代さんがお書きになっているのですが、これなどは検索しても出てこないですね。また『もどり川』では連城三紀彦さんが原作の文庫版に映画のことを書いているので再録したりというふうに、一作一作、人に聞いたりしながらしつこく探しましたので時間がかかりました」

しかし、本書はそうした過去の資料だけに目配せしているわけではない。宮下順子、桃井かおり、酒井和歌子、荒井晴彦、長谷川和彦、根岸吉太郎、各氏の新たなインタビューや黒沢清、高橋洋、篠崎誠、青山真治、港岳彦、城定秀夫など現代日本映画界を代表する監督・脚本家による神代讃歌も掲載されている。

宮下、桃井の同志的な愛情、酒井の清新な傾倒ぶり(初めて知った!)、荒井、長谷川、根岸のそれぞれの立場からの神代観はリスペクトに溢れていて胸を打つ。

彼ら彼女らの発言から、神代作品は過去のものではなく現在も生き、未来も生き続けるであろうことが確信できる。

その意味で本書は神代遺産を世界に認知させ、未来に引き渡すための伝道書、吉田伊知郎氏の言葉を借りれば「神代と出会うことも可能にする巨大な航海図」なのである。

偉業を成し遂げた樽本氏は最後を以下のように締めくくった。

「映画を観始めた中学生のころから同時に映画本も愛読してきました。かたい評論集よりも、映画の魅力がダイレクトに味わえる映画監督本が好きなんです。『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』『森一生 映画旅』『マキノ雅弘自伝 映画渡世』『岡本喜八全作品集 kihachi フォービートのアルチザン』『鈴木清順全映画』……いつか私もこうした映画監督本を作りたいと思い、今回、自分が理想と考える内容を徹底的に追求したものが出来上がりました」。

「映画とセックスした男の全貌」(帯文のコピー)を知ることができるのだから13,200円は決して高くない、というのが読後感のひとつだ。

神代監督が映画化を希求しながら果たせなかったシナリオ『みいら採り猟奇譚』(原作・河野多恵子)は本書でしか読めない、ということも付記しておきたい。

プロフィール

樽本周馬(たるもと・しゅうま)

編集者。1974年奈良県生まれ。2000年より国書刊行会勤務。映画本では鈴木則文『トラック野郎風雲録』、伊藤彰彦『映画の奈落 北陸代理戦争事件』、A・シルヴァー/宮本高晴訳『ロバート・アルドリッチ大全』、山根貞男『日本映画時評集成』(全3巻)などの編集も手掛ける。

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む