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植草信和 映画は本も面白い 

編集者・森遊机さんに聞く『映画「東京オリンピック」1964』

毎月連載

第38回

20/4/10(金)

編集を担当した森遊机さん

映画『東京オリンピック』が公開されて55年が経つ。私事だが、本作を観たのは高校2年、オリンピック開催年の翌1965年3月だった。

開巻の、ビルを破壊する巨大な鉄玉のシーンに衝撃を受け、続く開会式の入場行進とブルーインパルスの機影が描く天空の五輪の輪に心揺さぶられた。そのように、「総監督・市川崑」のエンド・クレジットまでの2時間50分、胸ときめいたシーンは数えきれない。

その55年の節目に当たる今年の3月20日、『東京オリンピック』映画製作のプロセスを克明にたどった本が、書店に並んだ。書名はそのものズバリの『映画「東京オリンピック」1964』。

企画・編集は、市川崑監督との共著『完本 市川崑の映画たち』の著者である森遊机氏。映画評論家の吉田伊知郎氏と共に執筆にも携わっている氏に、本書の企画から上梓までを聞いた。

『映画「東京オリンピック」1964』 (復刊ドットコム・4,500円+税)

「少し前から『東京オリンピック』の絵コンテ、図版、製作メモなどで構成するビジュアル本を、55年の節目に当たる年に出版したいと思っていました。そこで、(株)崑プロの社長で、市川崑監督のご子息の建美さんと、同プロの若林和子さんに相談したところ、監督が膨大な資料を遺しておられることを教えられたのです。見せてもらうとスクラップブック7冊もある貴重で興味津々の資料なので、何とかこれを生かすような本にしたいと思うようになりました。最初に考えていたビジュアル8:文章2くらいのビジュアル本から、その資料を駆使した活字とビジュアルが半々くらいの本になったわけです」。

執筆は吉田伊知郎氏と森氏のふたり。どのように書きすすめられたのだろうか。

「吉田さんが市川作品に大変詳しいのは以前からよく知っていたので、ふと思いついて、手伝って下さいと声をかけました。最初の原稿、つまり、出だしの部分のテスト稿が上がったのは年明け早々。それは資料を深く読み込んだ上に構築された、堅牢にして濃厚な原稿でした。事象をドキュメント的に積み上げ、細かいものを拾っていく彼独特の手法は説得力に満ちていました。

しかし、彼ひとりで全てを書いてもらうにはあまりにも時間が足りない。映画公開月日の3月20日の発売には拘りたかったので。そこで、僕もビジュアル担当兼応援執筆者になり、四分の一くらい書きました。この本には全部で80単元くらいの項目があるのですが、20単元くらい書いたでしょうか。中心となる機材や競技という技術的なパートが吉田さん、開会式、プレスセンターと選手村食堂、新兵器登場、オリンピック・イブ、公開初日、カンヌ映画祭など、どちらかといえば柔らかいパートと全体のキャプションを僕、という感じです」。

森氏が言う〈単元〉とは各チャプターを細分する〈小見出し〉のことで、第2章の「企画」では「監督決定」から「組織作り」まで6つの〈単元=小見出し〉、第3章の「準備Ⅰ」では「脚本執筆」から「赤坂離宮」まで10個の〈単元〉という構成で、映画がどのように作られていったかをドキュメントしていく。

技術者、キャメラマンたちとの意思の疎通、事務方との折衝、キャメラ集め、超望遠レンズの収集、競技会場の光量不足問題……市川崑監督とスタッフたちがさまざまな困難を克服していく本作の製作過程は、極上のミステリーを読んでいるようなスリルと興奮に満ちている。そして読み手が映画作りに参加しているような錯覚に陥るのは、時間と空間が正確に記されているからだろう。

「本作の映画製作過程は一種のミステリーなので、各単元の最後の一行が次の単元まで引っ張るような書き方を心がけました。次のページを早く読みたくなるように謎を残す書き方、ですね。それぞれの出来事にまつわる時間と空間や、当日の天候や気温などに拘ったのは、これは映画をめぐる記録の探訪であり、時間と空間の復刻でもあるからです」。

そのようにして、「企画から準備段階までを第一の、大会開催中の撮影を第二の戦いとするならば、ここから完成までの工程は、まさに第三の闘いと呼べる難行であっただろう」と記すチャプター7の「ポスト・プロダクション」まで辿り着くのだが、最後の最後に「芸術か? 記録か? 論争」が巻き起こる。

オリンピック担当大臣だった河野国務相の「記録性を無視したひどい映画」という発言をメディアが報じたために、賛否の嵐が吹きまくったのだ。それについては詳細な経緯と様々な意見を収録しているが、「高峰秀子の仲裁」という項では、高峰の河野への直訴によって河野と市川の会談が実現。その結果事態が収束される。本書は「高峰秀子の名は映画にはクレジットされていないが、彼女は、本作にとって欠くことのできない“影の功労者”なのだった」と記している。

森氏はその論争について、「一本の映画について日本国中で世論が沸き立ったというのは、当時、映画がそれだけ大きな文化、産業だったと言えるし、世の中の人たちも、ものごとを考えて発言することに熱心な時代だったのでしょうか」と語る。

市川崑監督自筆の絵コンテ、製作メモ、当時の関係者の証言や記事類など第一級の資料と秘蔵メイキング写真・図版類を、事実を基に書かれた文章が立体的にしている本書、近年これほど情報量が多い映画の本は珍しい。

「記録的な要素が多い本になりがちですが、面白く読んでもらうための工夫もできるだけしました。デザイナーの椚田透さんの貢献もあります。」と語る森氏。

確かにヴィジュアルと文章が交錯し、そこから映画『東京オリンピック』の切れ切れな映像をつなぎ合わせることができる稀有な映画本だ。

本書はまた〈東京オリンピック映画〉という誰もがなしえなかった重圧と闘った、映画作家市川崑の孤独な魂の物語でもある。

プロフィール

森遊机(もり・ゆうき)

1960年、神奈川県鎌倉市生まれ。映画研究家。上智大学文学部英文科卒業。フランス映画社、パイオニアLDC(ジェネオン)を経て現在は(株)復刊ドットコム シニアプメデューサ―。共著に『完本 市川崑の映画たち』『光と嘘、真実と影』『大塚康生インタビュー アニメーション縦横無尽』がある。

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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