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『邦人奪還』著者・伊藤祐靖が語る、自衛隊特殊部隊員のリアル 「理念がはっきりしていれば、現場の人間は悩まない」

リアルサウンド

20/8/12(水) 11:00

 特殊部隊である海上自衛隊特別警備隊の創設者・伊藤祐靖氏が著した小説『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』が好評だ。これまで『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』や『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』などの著作で、自衛隊という組織の内情を綴ってきた伊藤氏だが、本作ではフィクションという形式で「もしも特殊部隊が人質奪還作戦を行ったら」をリアルにシミュレーションしている。物語に託した想いや特殊部隊の実態、平時における軍人の心得やトップが抱くべき理念についてまで、伊藤氏自身に語ってもらった。(編集部)

現場の人間の考え方を知ってほしい

――伊藤さんはこれまで、『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』(文春新書)、『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』(新潮社)など、自らの体験をもとにした手記を書かれてきましたが、今回「ドキュメント・ノベル」という形で小説『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』を書かれた理由から、まずは教えていただけますか?

伊藤:今、おっしゃっていただいたように、自伝のようなものは、もう2つ書いているので、さすがにもうネタがないというのが、まずひとつありまして(笑)。あと、私がみなさんに伝えたいこと、知ってもらいたいことを架空の話の中で描くことによって、これまで以上に、みなさんに感情移入して読んでいただけるのではないかと思ったんです。「特殊部隊」というのは、普通の方には馴染みのない世界かもしれないけれど、小説という形だったら、みなさん入り込んで読んでもらえるのではないかと。

――「フィクション」という形をとることによって、いわゆる「守秘義務」の問題が回避できるところもあったのでは?

伊藤:そうですね(笑)。ただ、先ほどの「私がいちばん伝えたいこと」というのは、「守秘義務」とは関係ないところにもあって。それは、実際に現場に入っていく人間が、どんな人生観をもって、どんなことを考えながら、どんな覚悟をもって現場に入っていくか、その考え方のようなものを、みなさんにいちばん知っていただきたいと思いました。現場の彼らを活かすためにトップはどうあるべきなのか。そういうことも考える、ひとつのきっかけになったらいいなと思っています。

――本書の具体的な物語については、どのように考えていったのでしょう?

伊藤:私も参加している「予備役ブルーリボンの会」という会があります。その会で北朝鮮に拉致された日本人を実力によって取り戻すとしたら、どういう作戦が考えられるのか、モデルケースを考えたことがあるんです。で、それを議員会館で、国会議員の方々にお話しさせていただいたこともあり、今回の物語はそれがベースになっています。だから、議員会館で話したときと、目的は一緒ですね。もし、そういうことをやるとなったら、実際の現場はこういう形になるだろうと。それを理解していただくための、わかりやすいモデルケースになっているんです。

――具体的なオペレーションはもちろん、そういった作戦を実行する場合、トップのどういう判断があって、どういう意識のもとに現場が動いていくのか。それが、伊藤さんならではの経験や知識のもと、実に詳細に描かれているわけですが、伊藤さん自身は、どのような点に留意しながら書いていったのでしょう?

伊藤:いちばん苦労したというか、不安だったのは、首相官邸内の話です。まるで見てきたかのように書いてますが、私、官邸には行ったことないですから(笑)。ただ、人間同士がやっていることだから、そういうトップがいる場所というのは、会社だろうと学校だろうと自衛隊だろうと、そんなに変わらないだろうと、想像しながら書きました。その後、防衛大臣経験もおありの政治家・石破茂さんに読んでいただき、対談する機会がありまして。そのときに聞いたんです。「違和感はありませんでしたか?」と。そしたら「ありませんでした」とおっしゃってくださったので、すごく嬉しかったですね。

――まあ、当たっているのもどうかという生々しい描写でしたが(笑)。

伊藤:そうですか(笑)。そんなに外れてはいなかったようなので、そこはひとつ安心しました。もうひとつ苦労したのは、この物語に出てくる登場人物たちには全員モデルがいるのですが……。

――そもそも、本作の主人公である「藤井義貴3佐」のモデルが、どう考えても伊藤さんだという。

伊藤:はい(笑)。で、陸上自衛隊のほうの「特殊部隊」……「陸上自衛隊特殊作戦群」のトップである「天道剣一1佐」にも、ちょっとしたモデルがいまして。その方がまた、ほとんどここに書いてある通りなんですよ(笑)。それ以外にも、実在する人たちのエピソードが、いろんなところに散りばめてあって。だけど、それを読んだ編集者が、「リアリズムを大事にした一冊なのに、これはあり得ないですよね」という箇所がありました。でも、全部本当にあった話なんですよ(笑)。それぐらい、現場の人間の常識と一般の人の常識は違うので、それを一般の人にも理解しやすいように書くというのは、なかなか苦労したところだし、留意したところですね。

――なるほど。

伊藤:ただ、そうやって書いていくうちに、私自身、「あ、なるほどな」と思ったところが多々あって。私の記憶にあるものをそのままの形で書くと、いきなり理由もなくバーンと行動に出る感じになってしまうんです。その当時は、その行動に至るまでプロセスを、ほとんど考えずに、むしろすぐに動けるよう日々訓練していたので。だから、それを改めて自分で振り返りながら、「あのとき我々は、こういう感情からああいう行動に出たんだな」と思ったり。そういう箇所がたくさんありました。

特殊部隊は「器用貧乏」

――そもそも、本作の主役であり、伊藤さんがその立ち上げにも大きく関わった「海上自衛隊特別警備隊」とは、何を目的として設立され、どのようなことをしている部隊なのでしょう?

伊藤:「海上自衛隊特別警備隊」が設立されたきっかけは明確で、1999年の能登半島沖不審船事件(※北朝鮮の不審船が日本の領海を侵犯し、海上自衛隊および海上保安庁の艦船と接触した事件)です。あのような事件が発生した場合、速やかに解決できないとダメなわけですが、当時の海上自衛隊にはその能力がなかった。その反省をもとに2001年に設立されたのが、いわゆる「海上自衛隊特別警備隊」です。

――そのためには、通常の訓練とは違う、特別な訓練を積んだ部隊が必要であると。

伊藤:そうです。いわゆる海軍、海上自衛隊がそれまで何をしてきたかというと、船同士の沈ませ合いをやってきたわけです。そのため、相手の船に乗り込んで、直接人間同士が対峙するという発想がなかった。それが能登半島沖不審船事件のひとつの教訓だったわけです。もうひとつは、相手の船を沈めることは得意だったけど、相手の船をちょっとだけ攻撃して、沈めはしないけど動けないようにする能力もなかった。あのときだって、沈めることは能力的に可能でも、沈めないで無力化することははできなかったわけです。

――いきなり撃沈させては、やはりまずいわけで……。

伊藤:そう。相手の船に乗り移って、船も乗組員も傷つけず、それを無力化させなくてはならない。だから、特別警備隊は同じような事件が起こった際に、それを速やかに解決できる能力を最優先で身に着けた部隊だと言えます。とはいえ、特殊部隊というと、みなさんすごく優秀で強いイメージを持たれていると思うんですけど、特殊部隊の特性は何かというと、まず「器用貧乏」であるということなんですよね。

――「器用貧乏」?

伊藤:いろんなことができるので。わかりやすく言うと、陸上競技で十種競技ってあるじゃないですか。100メートル走や走り幅跳び、高跳びや砲丸投げなど十種目をひとりの選手がやる。特殊部隊というのは、それと同じようなものなんです。特殊部隊の隊員は、パラシュート降下して、海に降着して、水中スクーターで移動して、上陸をして破壊工作をして、長距離通信をして戻ってくるといったように、ひとりで全部やるので。普通は、そのうちの一個か二個しかできないわけです。ウサイン・ボルトだって、1500メートル走はやりませんよね。

――そうですよね。砲丸も投げないです(笑)。

伊藤:だから、あらゆることのトップではありません。メダルは獲れないけど、全種目には出られるという種類の人たちなんです。そのため、特殊部隊の先生は誰かというと、シビリアンなんですよ。

――軍人ではなく一般の人たちということですか?

伊藤:特殊部隊の先生は、特殊部隊ではないんです。私も最初そう考えたのですが、違うんです。十種競技の選手は、走り幅跳びの練習をするときに、十種競技の先生には教わりにいきません。走り幅飛びの専門家に教えてもらいますよね。特殊部隊の場合は、軍人ではなくシビリアンになるわけです。

――それぞれの分野の専門家というか。

伊藤:パラシュートだってスキューバだって、全部先生はシビリアンです。で、なるべく偏らないように、少しずつ全体のレベルを上げていく。そこが、みなさんが持たれるイメージと、だいぶ違うところではないかと思います。

訓練し続けることが平時の軍人のあるべき姿

――話せる範囲で構いませんが、そういった訓練を積んだ特殊部隊員が、これまで実戦に投入されたことは。

伊藤:「実戦」という言葉の範囲は、なかなか広いんです。いわゆるスクランブル対応も入れるならば、私が現場に立ち会った能登半島沖不審船事件も「実戦」ですし、航空自衛隊のスクランブルもありますよね。ただ、狭い意味での「実戦」……他国の軍隊と交戦状態になって、負傷または、死亡したという意味での「実戦」は、特殊部隊に限らず自衛隊員は、ただのひとりもないです。

――そのあたりにジレンマのようなものがあるのでは?

伊藤:それは逆に言うと、日本のみならず、平時の軍人にとって永遠の悩みなんですよね。実戦経験のある軍人というのは、日本に限らず、今は非常に少ないわけですから。ただ、実戦経験がないからダメなのかと言ったら、そんなことはない。宇宙飛行士を例に挙げるなら、宇宙にまだ一回も行ったことがない宇宙飛行士は、全員ダメだという話ではないですよね。そもそも宇宙なんて、最初は誰も行ったことがなかったわけです。かつてNASAはアポロ計画のとき、宇宙で何が起きるのかを徹底的に洗い出して、そのために必要な技術をリストアップして、それを何とかして習得しようとしました。そして、いろいろ失敗もしつつ、最終的には月に行きました。つまり、経験がないからダメではなく、本番のときに「大丈夫だ」と思えるような訓練がちゃんとできているかどうかが大事なんです。ある日、それが突然現実になったとき、自分たちの準備は間違っていなかったと思えるための訓練を日々し続けること。それが平時の軍人のあるべき姿であって、それはどんな時代でも、どの国においても変わらないと思います。

――伊藤さんは訓練の重要性について、これまでの本の中でも繰り返し言及しています。訓練のための訓練になっては意味がないと。

伊藤:そうです。何度か「逮捕術を教えて欲しい」と言われたことがあります。私は逮捕術は知らないのですが、私の技術が参考になればということで、伺うと必ず道場に通されるんですよ。参加者全員、道着を着ていて。で、「この中で、逮捕の経験がある方はいらっしゃいますか?」と聞くと何人も手を挙げるんですけど、「逮捕したのは道場でしたか?」「そのとき道着を着ていましたか?」と聞くと、みんなだまってしまうんです。つまり、その訓練では、実戦において最も大切なことが抜け落ちてしまっている。

――まさに、訓練のための訓練になってしまっていると。

伊藤:似たことは、自衛隊や警察のみならず、どこの世界にもあることだと思うんです。練習することで安心してしまって、そのやり方を変えることを嫌がったり。それは学校や会社だって同じですよね。

――たしかに。本書は非常に特殊な人々の物語であるにもかかわらず、その考え方や哲学が、ごく普通の読者にとって、非常に共感できるものになっているんですよね。

伊藤:そうであったのなら、嬉しいです(笑)。舞台になっているのは、尖閣の魚釣島だったり北朝鮮のムスンダリだったりしますけど、そこに自分が行っているつもりになって疑似体験することで共有できることは多いと思います。、実生活にも使える方法を得ていただいたり、何か議論するきっかけになったら、書いた甲斐があったと思います。

トップの理念のあり方

――本書の中で非常に印象的な台詞があって。先ほど話にも出てきた「天道1佐」が、官房長官に部下を出撃させる理由を問われて答えた「我が国の国家理念を貫くため」という言葉です。

伊藤:そう、理念がはっきりしていれば、現場の人間は悩まないんです。だから、本作の主人公である藤井3佐は、自分の行動にまったく迷ってないですよね。それを大変な任務とすら思っていない。それは、藤井が優秀なのではなく、現場の人間は誰でもそうなんですよ。それを混乱させるのは、現場を知らないトップの人々でして……トップの理念さえはっきりしていれば、現場はパニックにならないはずです。

――自衛隊のみならず、どの組織においても言える話ですね。

伊藤:高校野球でたとえるならば、甲子園に行くという目的がはっきりしていれば、自ずとやることは定まって、議論すべきところも明確になっていきますよね。この選手を将来的に大リーグに送り出すため、だとしたらまた違う話になってくるかもしれないですけど、甲子園に行くためだったら、わかりやすい。それが「理念」だと思うんです。自分たちは何のために行動しているのかという。特殊部隊の場合は特に、人の生死がかかってくるわけですから、それがなかったら困りますよね。だから天道1佐は、官房長官に向かって、その理念の部分を問うているわけです。

――そうなると、翻って今の政権には、果たしてどんな国家理念があるのだろうと考えてしまいますけど……。

伊藤:もしかしたら、それは政権が決めることではないかもしれないですよね。内閣総理大臣が変わったら国家理念も変わるとか、そういうものではないと思います。むしろ、それはみんなで決めていくものだと思うんです。我々は何に美徳を感じで何を嫌だと感じるのか、そしてどこを目指しているのか。大雑把でもいいから、国民ひとりひとりが、それについてもっと考えたり議論したりするべきなのかもしれないです。国家理念というのは、本来そうやって生まれるものですから。

――ここまで話してきて改めて思いましたが、本書は一見すると「イデオロギー」色の強い物語のようでいて、実は汎用性の高い「現場のリアリズム」を描いた作品なんですよね。

伊藤:私、イデオロギーなんてないですから(笑)。そんなものは、どうでもいいと言ったら語弊がありますけど、イデオロギーというのはあくまでも方法論であって、この国を良くするためには、どういう考え方がいいのかという話だと思うんです。先ほどの高校野球のたとえで言えば、彼らの目的は甲子園に行くことですよね。で、そのためには守備主体のチームがいいのか、攻撃主体のチームがいいのか……もちろん、そこで議論はあってしかるべきだと思いますが、どの考え方でいっても目的は一緒なんですよ。甲子園に行くことが目的であると。私はイデオロギーというのも、それと同じようなものではないかと思っているんです。

――なるほど。

伊藤:私がこの本で書きたかったのは、どの考え方がいちばんいいとかではなく、トップに理念がないことによって困ったことになる、現場の人たちの話です。特殊部隊のみならず、トップに理念がないことによって、みんなちょっとずつ困っているから。

――奇しくもそれは、依然としてコロナ禍の只中にある、私たちの現状にもリンクする話ですよね。何のための自粛なのか、まずはその理念をはっきりさせてほしいという。

伊藤:そうですね。「何々のため」がブレなければ、現場でどのような変更があろうと問題ないんです。軍事作戦はその最たるものであって。いつどこで誰が何をするのか、その時々の状況によって、どんどん変わっていきます。このやり方ではうまくいかなかったから、現場判断でこういうやり方に変えましたとか、まったく問題ないんです。それはブレるとは言わない。だけど、それが何のための作戦なのか、何を達成するための作戦なのかっていうのは、絶対変えてはいけないところです。

■書籍情報
『邦人奪還:自衛隊特殊部隊が動くとき』
伊藤祐靖 著
発売中
出版社:新潮社
価格:1,760円(税込)
新潮社公式サイト:https://www.shinchosha.co.jp/book/351992/

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