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樋口尚文 銀幕の個性派たち

朝比奈順子、代表作よりかけがえなきもの

毎月連載

第72回

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地味なアイドルから快活なロマンポルノのスタアへ

また実に惜しい女優が逝ってしまった。かつての快活でセクシーなイメージが鮮やかな朝比奈順子が、まだ67歳で鬼籍の人となろうとは思いも寄らなかった。しかし、長く病と戦っていた朝比奈は、確かにゼロ年代に入るとめっきり出演が減っていた。そんな姿を見かけなくなっていた、そして誰もが知る大役や当たり役に恵まれたわけでもない朝比奈順子の訃報を、意外なほど多くのメディアがとりあげた。

1953年生まれの朝比奈は宝塚音楽学校を出て1971年に宝塚歌劇団に入団、翌72年に娘役で舞台を踏んでいるが同年秋には退団して女優として芸能活動を始めた。宝塚での芸名「小早川有希」を「小早川純」に変えて、円谷プロの『ミラーマン』『ウルトラマンA』などの特撮番組に端役で出たのが女優業の皮切りだった。後年見直すとこの頃の朝比奈はとても美人の少女でけなげな演技をしているのだが、印象は地味だった。『プレイガール』や『赤い靴』といった人気ドラマにも出ていたという。

私がはっきり朝比奈順子を認識したのは、1974年2月に東宝レコードから「恋愛学校」という曲でデビューした時で、歌謡番組に「朝比奈順子」の芸名で八重歯とミニスカートのキュートなアイドルとして登場した時だった。この頃は典型的な清純派アイドルの売り方で、確かにかわいくはあるのだが、当時は歌謡曲もポップスも元気があって美少女アイドルはごまんといた時代なのでまるで目立たなかった。当時のアイドルは、そのへんにいそうな素人っぽさがうけていたので、朝比奈のような美形は逆に個性的に見えないうらみがあった。翌75年までに3枚のシングルを出したがぱっとせず、歌手活動もすぐに終わった。その後はテレビ映画の『特別機動捜査隊』などに端役で出ていたようだが、まるで記憶がない。

こうして72年にデビューして9年にわたって鳴かず飛ばずであった朝比奈が、81年5月に日活ロマンポルノの『女教師のめざめ』でデビューすると聞いた時は本当に驚いた。多くの観客はとびきりグラマーな美人女優が登場したということで騒いでいたわけだが、たまたま前身を知っていた私はしたたかに驚いた。しかもそのグラビアでグラマラスな肢体を披露する朝比奈の「威容」は、あの楚々とした「恋愛学校」の地味なカワイ子ちゃんアイドルとは別人のようで、なんたることか「ポルノ発電所」というキャッチフレーズまで付いていた。ブルーノ・サンマルチノと朝比奈以外で「発電所」にたとえられた人間を私は知らないが、要はそのくらい朝比奈のこの時の印象はかつての彼女からは考えられないほど堂々と、悪びれない感じがあった。

まだまだ偏見が多かったロマンポルノであり、また売れないアイドルや旬を過ぎたスタアが裸で返り咲かんとする場のようにも見られていたので、出る側も何か臆する感じが出てしまって観ていてつらいことも多かったが、朝比奈の場合はなにぶん前身を知る人もほとんどいなかったのがよかったかもしれない。そして「宝塚出身」で元「アイドル歌手」からの転身といえば、朝比奈に先立つ『天使のはらわた 赤い教室』の水原ゆう紀が神格化されるほどの熱演で好評を集めたし、ロシアの血をひくところもロマンポルノの先輩スタア・田中真理に通ずるところがあって、朝比奈は不思議とロマンポルノにしっくりなじむ感じがあった。そしてこの再デビュー時、すでに28歳目前だった朝比奈としてはこれが最後のチャンスというきっぱりとした覚悟、そして持ち前の明るさが味方して、瞬く間にロマンポルノのアイドル女優となった。当時すでに大人気であった同い年の風祭ゆきとともに喝采を浴びて、ふたりの友情は終生続いた。

現代劇から時代劇まで、テレビ映画の華に

朝比奈順子を囲んで。風祭ゆき・長谷部徹夫妻と筆者(2013年)

もっともシリアスな役がよく似合った細身でシャープな風祭ゆきが小沼勝の仏文的傑作などで活躍したのと違って、くっきりした美貌と派手な肢体の朝比奈は艶笑コメディ的な娯楽作に起用されることが多かった。それゆえ朝比奈のフィルモグラフィには大傑作の代表作というのは見出し難く、『バックが大好き!』『女新入社員 5時から9時まで』などひたすらコミカルで愉しかった小品に占められているのだが、なかでは82年の西村昭五郎監督『鏡の中の悦楽』が、表情も肢体もグラマラスな朝比奈を抑制的に演出してSM的な色香を引っ張り出し、心に残る官能ロマンとなった。しかしロマンポルノでの活躍期間は実は意外に短く84年をもって卒業、以後はその美貌と気立てのよさを買われて数々のテレビ映画で引っ張りだことなる。

この後、朝比奈が出演したテレビ映画が『西部警察』『特捜最前線』から『水戸黄門』『江戸を斬る』『遠山の金さん』まで実に幅広く、基本的に花を添える脇役が多いのだが、これだけ明るく美しくきっぷのいい女優さんを現場に呼びたくなる気持ちは大いに理解できる。私は8年前、盟友の風祭ゆきさんとともにようやく朝比奈さんご本人にお会いする機会を得たが、すでにご病気で辛い時期ながら明るくふるまわれて、たいへん気遣いに満ちた素敵な方であった。たとえ畢生の代表作はなくても、無数の娯楽作でふりまかれた朝比奈順子の陽性の魅力は確実に多くの観客、視聴者の心に届いていた。一線を離れてずいぶん時を経たにもかかわらず、逝去を惜しむ訃報の多かったことが何よりの証しだと思う。

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、近日刊行予定)。

『大島渚 全作品秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・近日刊行予定

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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