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植草信和 映画は本も面白い 

『芦川いづみ 愁いを含んで、ほのかに甘く』編者高崎俊夫、朝倉史明さんにきく

毎月連載

第31回

19/12/25(水)

『いのちの朝』の芦川いづみさん (C)日活株式会社

芦川いづみが結婚を機に引退して、今年で51年が経過した。しかし、名画座“神保町シアター”での四度にわたる特集上映はつねに満席、出演作品が次々にDVD化されるなど、今も“忘れられていない女優”であり続けている。

その静かなブームに輪をかけるように、今度は写真集『芦川いづみ 愁いを含んで、ほのかに甘く』が出版された。

女優としての活動期間はわずか15年、引退後はほとんどメディアに姿を現したことがない(娯楽映画研究家佐藤利明さんによるインタビューや、評論家の川本三郎さん、映画録音技師の橋本文雄さんとご一緒された鼎談があるくらい)。それにもかかわらず、このような静かなるブームが続いているのはなぜなのだろうか。

『芦川いづみ 愁いを含んで、ほのかに甘く』(文藝春秋・2,700円+税)

そこで今回は本書の編者である高崎俊夫(編集者・映画批評家)、朝倉史明(編集者)の両氏にお話を聞いた。まずふたりの役割分担と、企画の成立から。

朝倉 「私は2018年に、『いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ。』(DU BOOKS刊)という、音楽家の小西康陽さんが監修された大映映画スチール写真集を編集したのですが、それをご覧になった日活の方から、芦川さんの本が作れないだろうかと相談されたのが始まりです。日活の全面的な協力が得られるのであればスチール写真やポスター類などをふんだんに使わせてもらえるでしょうし、もしかしたら芦川さんへのインタビューも可能なのではないか……と思い、興奮しながら、本の内容を考えていきました。その後、幸いなことにインタビューに応じていただけるという正式なお返事をいただき、それならば、と高崎さんに協力をお願いしたわけです」。

帯文の「日活時代の全出演作品のスチール、代表作のポスターなど満載の永久保存版! 」が本当ならば、ファンならずとも手に取りたくなる。

それを受けて高崎さんは語る。

「芦川さんご本人にお話を聞けるなんてファンには夢のような企画ですから、否応なしで引き受けしました。芦川さんに対して僕は遅れてきた世代ですが、彼女が辣腕プロデューサーを演じたリメイク版『嵐を呼ぶ男』を中学時代に封切りで観ていますし、それ以前には小学生時代にTBSテレビの『陽の当たる坂道』を観ていて、芦川さんのあまりの美しさに衝撃をうけたことを鮮明に覚えています。この村木良彦が演出した幻のテレビドラマと芦川さんの感動的なエピソードについては、本書にエッセイを書いたので、是非、読んでいただきたいです」。

高崎俊夫さん(左)と朝倉史明さん

本書には『愁いを含んで、ほのかに甘く』というサブタイトルがつけられている。甘美でロマネスクな響きをもつネーミングだ。

高崎 「アーウィン・ショーの短編集『夏服を着た女たち』の掉尾を飾る一篇のタイトルからの引用です。芦川いづみという、生きながらにして伝説となっている女優が醸し出す独特の得も言われぬイメージをこれほど端的に表現している言葉は他にないように思えました。僕にとって芦川いづみという女優は、戦後の日本が高度経済成長のとば口に立った昭和三十年代の初頭から四十年代にかけて、まさにアーウィン・ショーが描いたような都会的で洗練された魅惑的なヒロインをスクリーン上で鮮やかに演じていたという印象があったという思いからの命名です」。

そこで気になるのは、人前には姿を現わしたことがない芦川いづみ本人と対面したときの情景だ。

朝倉 「お姿も、お話しされるご様子も、映画で演じられていた快活な役柄そのままの、可愛いらしい、そして温かさのある方だなあ、と思いました。現役当時、俳優やスタッフの方々、皆さんから慕われていたというエピソードを読んだことがありますが、そうだろうなと大いに納得しました。私が話しかけましたら、じっ、と目を見てくださって、思わず言葉に詰まってしまいました」。

高崎 「とにかく〝可愛らしい〟というのが第一印象でしたね。あの独特のイントネーションも昔のままで、石原裕次郎や北原三枝、川島雄三、中平康のことを、記憶が真空パックされたままといった感じで、まるで昨日のことのような口調で語られるので、驚きました」。

“女優伝説”のヴェールが剥がされていくようで、聞いているこちらも興奮してくる。これは、芦川いづみの類まれな人生を垣間見させてくれる貴重なインタビュー記事だ。

芦川いづみとはどんな人だったのか。なぜ引退しても根強い人気があるのか。その一端を解き明かしてくれる証言がある。日活で先輩・後輩の間柄だった吉永小百合の、以下の言葉だ。

「日活での日々、いづみちゃんは、私にとってマリア様のような存在でした。NGを重ねて泣きそうになった時、『泣いちゃだめよ』と、いづみちゃんは私を抱きしめ、優しく励ましてくださいました」。

銀幕初登場の『東京マダムと大阪夫人』(監督川島雄三/1953年)から数えて65年、芦川いづみはまだ輝き続けている。その輝きを真空パックした本書は、いつまでも座右に置きたい本である。

プロフィール

高崎俊夫(たかさき・としお)

1954年福島県生まれ。編集者・映画批評家。『スターログ日本版』『月刊イメージフォーラム』編集部を経て、フリーランスの編集者に。編著に『日活アクション無頼帖』(ワイズ出版)『わが封殺せしリリシズム』(大島渚、清流出版)『スクリプターはストリッパーではありません』(白鳥あかね、国書刊行会)ほか多数。著書『祝祭の日々 私の映画アトランダム』(国書刊行会)はキネマ旬報「映画本大賞」を受賞。

朝倉史明(あさくら・ふみあき)

1974年、神奈川県生まれ。編集者。大映映画スチール写真集『いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ。』(責任編集・監修:小西康陽、DU BOOKS)や、2016年版から毎年発行している『名画座手帳』(企画・監修:のむみち、往来座編集室)などの編集の他、日活映画『事件記者』シリーズのオリジナル・サウンドトラックCD(CINEMA-KAN Label)のプロデュースを手掛ける。近刊書に、高崎俊夫との共同編集による『日本映画音楽史を形作る人々』(仮)(秋山邦晴、DU BOOKS)がある。

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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