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aikoがようやく“伝えられたこと” 歌詞とメロディで表現し尽くした言葉にできない心情

リアルサウンド

21/3/21(日) 12:00

 日々進化していく情報社会。しかし、どんなに伝える手段が発達しようとも、心の中にある“伝えられない”ことはなくならない。むしろ便利な世の中になればなるほど、自分の中のそんな思いの存在に気付かされるようだ。aikoが発売した新作『どうしたって伝えられないから』には、そうした“伝えられない”ことが表現されているという。

「どの曲も言いたかったことが言えなかったから私は曲にしたんだなっていうことに気づいたんですよね。そこでフッとこのタイトルが出てきました」(『クイックジャパン vol.154』セルフライナーノーツより)

 恋をした時のあの辛さ、あのなんとも言えない心のざわつきーーaikoという音楽家はそういう気持ちを表現するテクニックに長けていて、たとえばそれを〈体を脱いでしまいたいほど苦しくて悲しい〉(「青空」)と特有の言い回しで表現してみたり、あるいは〈夜明け前に帰ると洗面所だけ電気が付いてた〉(「ハニーメモリー」)とたったワンフレーズの状況説明だけで見事に主人公の心情や相手とのすれ違いを表してみたりする。いずれも他人にはなかなか言い難いことだが、彼女はそれをさらりと文字に表して、みんなが歌える曲にしてしまう。簡単に見えるようだが、これは意外とスゴイことだ。

 基本的に詞先で、歌詞を伝えるためにメロディがあるという。つまり、歌詞だけでは伝わり切らないことをメロディで伝えている。だからこそ、1曲目の別れの歌「ばいばーーい」における主人公の複雑な情緒の揺らぎを〈ばいばーい〉の一発で表現できるのだろう。強めの口調で吐き捨てる自分と、それとは裏腹に泣いてしまっている自分とが、こんがらがって訳が分からなくなっているあの感じ。その絶妙なニュアンスを、わずか5文字の間に苦しそうに伸びていくメロディと今にも泣きそうなボーカルワークとで鮮明に描き出している。そして、このアルバムを締めくくる「いつもいる」が非常に印象的深い。

〈息苦しくても生きていこうね〉
〈思い出をあといくつ作れるか 愛してるって何度も言ってね〉
〈辛い時にはあたしを見てね〉

 といったように、曲にあるのは残された時間を意識しながらも生きていくことへの前向きな姿勢と、ストレートな愛情表現。冒頭で別れを告げた本作は、紆余曲折を経て最後に一緒に生きていくことを誓って終わりを迎える。ここでのaikoの歌声は、どこかか弱くも、何かが解決したかのように澄み渡っている。伝えたかったことを伝えられたことで、胸のつかえが取れたかのように肩の力が抜けた声に感じた。“どうしたって伝えられなかった”主人公は、最後にやっとのことで伝えることができて、静かに幕を閉じるのだ。

 前作『湿った夏の始まり』(2018年発売)と比較すると、編曲には長らくaiko作品のアレンジを担当していた島田昌典と、2014年のシングル『あたしの向こう』以来関わっているOSTER projectが継続して参加。そして一昨年の春に「FM802×TSUTAYA ACCESS」キャンペーンソングとしてaikoが楽曲提供した「メロンソーダ」以降、シングル曲でも関わり続けているトオミヨウを加えた3名体制でアレンジされている。

 島田の作品に耳を傾ければ、艶やかなウーリッツァーの音色に癒される「愛で僕は」や、イントロのアップライトピアノとハープの演奏が美しい「しらふの夢」、クラビネットが独特のソウル感覚を味付けしている「Last」など、多彩な楽器を駆使した豊かなサウンドのアレンジに浸ることができる。

 注目すべきはトオミヨウだ。聴き手を選ばないアレンジで近年注目されている彼は、aikoのアルバムとしては今回初参加となる。今作では既発曲含め計6作品で編曲を務めた。なかでも彼が編曲した「片想い」や「一人暮らし」に感じるのは素朴な生活感。彼の起用と、ほとんどのアルバム曲がコロナ禍で生まれた作品であることも作用して、本作はこの時代の人々の“日常を望む”ムードを捉えたアルバムにもなっているように思う。

■荻原梓
J-POPメインの音楽系フリーライター。クイックジャパン・リアルサウンド・ライブドアニュース・オトトイ・ケティックなどで記事を執筆。
Twitter(@az_ogi)

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