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樋口尚文 銀幕の個性派たち

織本順吉、弱きを映して人後に落ちず

隔週連載

第21回

19/4/11(木)

織本順吉さん 写真提供:アルファエージェンシー

 2019年3月18日、織本順吉逝く。92歳になって間もなかった。いったいどれだけの数の映画やテレビでこの人の顔を拝むことができたのか、ちょっと想像もつかないくらいの、生粋のバイプレーヤーだった。織本順吉と聞いてぴんと来ない向きも、この顔を見れば大きく頷くことだろう。

『相棒14』(c)テレビ朝日

 1927年生まれの織本は横浜出身で、太平洋戦争末期の17歳の頃に勤労動員で東芝通信機の工場で働いた。その時分に生徒が演出する演劇に出演したところ評判もよく、演技に興味を持つきっかけとなった。戦後の高校卒業後は引き続き東芝の工場に勤めたが、やがて当時活発だった組合活動に誘われ、労組の文化部で演劇活動にふれるようになった。

 やがて東芝の人員整理にあって工員を辞めた織本だが、しかし演劇への関心と意欲は高まる一方で、1949年には新協劇団に入り、『破戒』の丑松に扮して初舞台を踏む。ちなみに芸名の織本順吉だが、「織本」は出身地の横浜市都筑区折本町から、「順吉」は志賀直哉の小説「大津順吉」からとった。

 ところがこの新協劇団は劇団の運営方針をめぐって紛糾し、織本はここで『女の一生』『死んだ海』『デッドエンド』などの舞台に出演したが、劇団分裂のあおりをくらって除名処分となる。しかし織本と岡田英次の脱退メンバー、元文学座の金子信雄、元俳優座の木村功ら外部メンバーが集まって、1952年に青年俳優クラブを立ち上げた。織本は、青俳の第一回公演、ロジェ・ヴァイヤン作『フォスター大佐は告白する』(俳優座劇場)で加藤嘉、西村晃、木村功らと共演してマッカレン中尉を演じたのを皮切りに、幹部俳優として活躍を続けた。

 そ青年俳優クラブは1954年あたりから独立プロ中心に映画製作にも関わるようになり、その流れで織本も家城巳代治監督『雲ながるる果てに』、山本薩夫監督『日の果て』、市川崑監督『億万長者』、今井正監督『真昼の暗黒』『純愛物語』『米』、小林正樹監督『あなた買います』『人間の條件』第一部・第二部などの映画作品に顔を出すようになった。

 やがて青年俳優クラブは劇団青俳となり、西村晃、蜷川幸雄、高津住男、高原駿雄、小松方正、梅津栄、佐藤信、青木義朗、蟹江敬三、石橋蓮司、宮本信子らが続々と参加、1966年には第一回の紀伊國屋演劇賞を団体として受賞するなど注目を浴びたが、1968年には分裂し、立ち上げメンバーの岡田英次も退団して清水邦夫、蜷川幸雄らが興した現代人劇場へ移った。青俳の看板俳優は木村功と織本だけになり、以後も再建公演を果たして果敢に活動は継続されたが、1979年に倒産を発表、同年末の公演を最後に解散した。

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 織本と青俳のヒストリーはそんなことであったが、しかし織本個人に注目すると、もう晩年まで映画やテレビドラマでその顔を見ない時はないくらい重宝された存在だった。やはり織本といえば踏ん張って日常を生きる庶民の顔がお似合いで、たとえば多数の出演作があるTBSドラマ版『水戸黄門』ではシーズンをまたいで権力に虐げられている善良な庶民をたくさん演じている。あるいはこれも多数出演しているTBSドラマ『Gメン‘75』では(こんなに同シリーズ中に違う役で出ていていいのかと笑ったが)織本がたびたび扮したのは足で捜査する泥臭い刑事や巡査、もしくは市井の弱者のいずれかであった。どちらにしても、織本が似合うのは地べたを這うように生きる市民のほうであった(1984年の『ゴジラ』で防衛庁長官に扮したのは生涯で唯一無二の出世ではなかったか)。このパターンでもって、『はぐれ刑事純情派』や『大岡越前』『銭形平次』『吉宗評判記 暴れん坊将軍』『必殺』などのテレビの人気シリーズにとても重宝された。

 よくやくざ者に扮する俳優は額面通りおっかない顔よりも、ちょっと弱さと屈折をはらんでいるほうがよけいにコワいという例があるが、そういう「ひねり」をもって織本が引用されたのが東映の実録やくざ映画だった。織本は、『新仁義なき戦い 組長の首』『新仁義なき戦い 組長最後の日』『沖縄やくざ戦争』『やくざの墓場 くちなしの花』『やくざ戦争 日本の首領』『北陸代理戦争』『日本の仁義』『日本の黒幕』などに次々と出演したが、なかでも『仁義なき戦い 完結篇』の早川英男、『実録外伝 大阪電撃作戦』の南原正幸というふたつの組長ぶりは印象的だった。変わり種は、深作欣二監督が撮ったスペースオペラ『宇宙からのメッセージ』で善良なる宇宙の部族の酋長という役だが、子ども向け特撮映画だと見くびらず、堂々たる大芝居が圧巻だった。

最晩年は倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの郷』で大往生のシーンを演じて話題となったが、まさに芝居一徹、演技職人の生涯だった。合掌。



作品紹介

『警視庁物語 夜の野獣』
1957年公開 配給:東映
監督:小沢茂弘 脚本:長谷川公之




『仁義なき戦い 完結篇』
1974年6月29日公開 配給:東映
監督:深作欣二 脚本:高田宏治

『新仁義なき戦い 組長の首』
1975年11月1日公開 配給:東映
監督:深作欣二
脚本:佐治乾/田中陽造/高田宏治

『実録外伝 大阪電撃作戦』
1976年1月31日公開 配給:東映
監督:中島貞夫 脚本:高田宏治

『新仁義なき戦い 組長最後の日』
1976年4月24日公開 配給:東映
監督:深作欣二 脚本:高田宏治

『沖縄やくざ戦争』
1976年9月4日公開 配給:東映
監督:中島貞夫
脚本:高田宏治/神波史男

『やくざの墓場 くちなしの花』
1976年10月30日公開 配給:東映
監督:深作欣二 脚本:笠原和夫

『やくざ戦争 日本の首領』
1977年1月22日公開 配給:東映
監督:中島貞夫 脚本:高田宏冶

『北陸代理戦争』
1977年2月26日公開 配給:東映
監督:深作欣二 脚本:高田宏冶

『日本の仁義』
1977年5月28日公開 配給:東映
監督:中島貞夫
脚本:神波史男/松田寛夫/中島貞夫

『日本の黒幕』
1979年10月27日公開 配給:東映
監督:降旗康男 脚本:高田宏治




『0.5ミリ』
2014年11月8日公開 配給:彩プロ
監督・脚本:安藤桃子
出演:安藤サクラ/柄本明/坂田利夫/草笛光子/津川雅彦

『嫌な女』
2016年6月25日公開 配給:松竹
監督:黒木瞳 脚本:西田征史
出演:吉田羊/木村佳乃/中村蒼/古川雄大/佐々木希

『blank13』
2018年2月3日公開 配給:クロックワークス
監督:齊藤工 脚本:西条みつとし
出演:高橋一生/松岡茉優/斎藤工/神野三鈴/リリー・フランキー

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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