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内沼映二

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第4回 筒美京平作品、角松敏生、石川さゆりらを手がける内沼映二の仕事術(後編)

19/9/26(木) 17:00

誰よりもアーティストの近くでサウンドと向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているエンジニアにスポットを当て、彼らの視点でアーティストの楽曲について語ってもらうこの連載。今回は内沼映二の後編をお届けする。半世紀以上にわたって第一線で活躍する内沼から見た今の日本の音楽業界に対する率直な思いなどを語ってもらった。

リバーブによる音作りこそエンジニアの妙技

──空間の作り方ですが、最初はスタジオやホールの生の響きを生かしたサウンドで、それからエコーチェンバーが出てきて生のリバーブを後付けるようになり、その後リバーブマシンが登場して1970年代後半にデジタル機器に移り変わるなど、時代を経てだいぶ様変わりしていったと思うんですが、そのあたりのお話も聞かせてもらえますか?

僕がやり始めた頃はリバーブというとEMTのプレートリバーブ(※鉄板を用いたアナログ式のリバーブ)しかなかったんです。その後デジタルリバーブが出てきて僕自身のサウンドもだいぶ変わりましたね。その中でも特にLEXICONが出したM200っていうデジタルリバーブが好きで、1979年に導入してから今でも使っています。その時代だから8bitで、キレイなリバーブじゃなくて骨格が太い音なんです。これがなんとも言えずよくて。これがなくなったら仕事ができないっていうくらい、いまだによく使ってます。スタジオに置いておいても、僕以外は誰も使わないけどね(笑)。

──僕も昔のリバーブの音が欲しくて、先日LEXICONの224を買ってしまいました(笑)。

ほんと? LEXICONは224までですね、僕が好きなのは。480Lからはだいぶキレイになっちゃって。ただ480Lでも960Lでもああいうキレイなリバーブをほかのいろんな種類のリバーブとうまく混ぜて使うと、音像が全然変わりますよ。元がかなりドライな音源でも、前後左右の奥行き感が出て広い空間になる。これこそエンジニアの妙技だって思いますね。僕はボーカル以外は数種類のリバーブを混ぜて使っていますね。

──どうやって混ぜているんですか?

例えばブラスセクションなどは、M200のプリセットのルームを選んでホールトーン的な感じで広がりと奥行き感を出し、それに480Lのプレートエコーをプラスします。そうすることで、特に高域の艶が加味されて豪華さが出ます。あとはYAMAHA REV5、これのプリセットの17番にルームリバーブがあるんですけど、ドラムにバッチリなんですよ。これはエンジニアのヒュー・パジャムに教えてもらったんだけど、フィル・コリンズもスティングもこれを使っていて、彼はもうこれ以上のリバーブはないって断言していましたよ。ほかにはROLAND SRV2000も使ってますね。数種類のリバーブの割合が決まったら、生音とリバーブのバランスは最後まで変えません。

──複数の種類のリバーブを混ぜて使うようになったのはいつ頃なんでしょうか?

昔はそんなに種類がなかったから無理でしたけど、ミキサーズラボを作ってからは機材も充実してましたからその形でやってます。480Lはまだ出てなかったので224で。その後すぐ480Lが出て、「なんだかどんどんキレイになっていくね」なんて話しながら使ってました。224は太いと言うか、厚みがあるザラついた音で、僕は好きでしたね。

ヒュー・パジャムとの交流

──ヒュー・パジャムの話が出ましたが、80年代になると海外のエンジニアとも情報交換をするなどの交流が生まれていたのでしょうか?

彼はロンドンのアビーロードスタジオをはじめとする音響設計を手がけた豊島(政実)さんがつないでくれたんですよ。当時豊島さんはADG(Acoustic Design Group)という会社をロンドンで作って、僕は豊島さんと親しいからロンドンによく遊びに行っていて、そこで紹介してもらいました。

──ゲートリバーブが最初に出てきたときには、斬新すぎて解析するのに手間取ったんじゃないかと想像していたんですが、そのあたりも交流でわかっていたんでしょうか?

ゲートリバーブを最初にやったのはヒュー・パジャムですからね。AMSのノンリニア(※自然界の残響法則を無視した、デジタルならではの逆回転リバーブ)は彼が作ったプログラムだし。フィル・コリンズの昔の作品とか聴くと懐かしくて仕方がないですよね。The Power Stationの1stアルバム(1985年発表の「The Power Station」)は、あれをもっとオーバーにしていてカッコよかったですよね。

シンプルイズベスト

──うしろゆびさされ組や少年隊の「SILENT DANCER」(1988年発表)は、The Power Station並みにゲートリバーブで攻めまくっていて、当時のアイドルはここまでやってよかったのかと驚いたのですが。

あの時代はアイドル全盛期で、制作者は目立たせたいから「派手に、派手に」と言ってきて、次第に僕も派手好きになってしまったのかもね。あの頃のアイドルのサウンドはなんでもアリで、みんな新たなサウンド作りを考えていて僕は好きなんですよ。今は打ち込みが多いせいかどれも同じに聞こえてしまい、驚かされることが少なくて。作り手ももっと考えたほうがいいんじゃないかな、なんて偉そうなことを考えてますけどね。例えば昔、ブラスロックって流行ってたでしょ? そういうのをバンドでやってアイドルに歌わせれば、ほかとは違う特色がでるので絶対アリだなと思うんだけどなあ。それが僕の希望です。

──女の子だけじゃなくて、バックバンドも人数を増やしてくれるといいんですけどね(笑)。その頃はC-C-Bも担当されていましたよね?

C-C-Bはデビュー曲は違うんですけど、その後のアルバムとシングルは全部やってます。その中で特に好きなのが「Lucky Chanceをもう一度」(1985年発表)ですね。リミックスで培ったエディットの手法を使って作ったLucky Mixっていうのがあるんですけど、それがアイドル的でオモチャっぽくっていいんですよ。

──この曲も筒美京平さんですが、いわゆる筒美京平サウンドと呼ばれているものとは、ずいぶん変わってきていますよね。テクノロジーの進化に合わせてどんどんサウンドを変化させていますが、この辺りの頭の切り替えはどうしていたんでしょうか? 例えば、僕の世代だと「古いロックは古い時代の機材がいい」みたいな考えに陥りがちで、リアルタイムに時代の変化を見てきた方は、どういう心持ちで対応してきたのか気になるんですが。

僕もどちらかと言うと昔のサウンドのほうが好きで、それをもとに作ればもっといいものができるのになって思うところはあるんですけどね。さっきも言いましたけど、生音代わりの打ち込みの音楽がどうも好きになれなくて。もちろん、打ち込みにしか作れないサウンドでやってる音楽はカッコいいと思います。海外だと、古くはマイケル・ジャクソンや最近ではK-POPなどシンプルでいい作品がたくさんあるけど、生音もどきなのはどうかと思うんですよね。どんなにクオリティが高いサンプル音源でもやっぱり生と比べると、高周波がない分リアル感がない。それを誤魔化すために音を積みすぎるんですよ。今の日本の音楽は音数が多すぎる。

──音数が多すぎると、空間系エフェクトにしても歪みにしても、加える余白がないのでサウンドに差をつけにくいのではと思います。

それは絶対そうです。K-POPを聴くと、無駄がないサウンドですよね。だからミックスだけ頼まれた曲だと、あんまり音数が多すぎるんで、必要と思わない楽器を整理してスッキリさせることもあります。シンプルイズベストですよ。

──歌だけじゃ耐えられないから、オケで盛っていこうって考える人が多いんでしょうね。

そう。だけどそれは逆なんですよね。少ないオケで歌わせて、ちゃんと聴かせられるように歌いなさいっていうのが僕はあるべき姿だと思う。もっとシンプルなオケでも、僕は十分リスナーに訴えることができると思うんだよね。それが僕の本音ですね。 

再生環境ではなく、ジャンルに合わせてミックスを変える

──1980年代後半から音楽をラジカセで聴く文化が出てきましたが、その頃から高域が立った、硬めな音色のミックスが増えたように思います。当時、ラジカセで聴くリスナーに合わせて意図的にそれまでと音を変えるようなことはあったんでしょうか?

それはないですね。もちろんチェックする際にはラジカセやイヤフォンでも聴きます。ただ基本的なミックスの考えとして、僕はジャンルに合わせてサウンドもバランスも変えているんですよ。アイドル系のジャンルだったら、リスナーが何を一番聴きたいかと言うと、やはり好きなアーティストの歌でしょう? サウンドを聴いてるわけじゃないと思うのです。だから歌が気持ちよく聴けるようにしてあげる。一方、サウンドを聴かせたいジャンルもありますよね。そういうのは逆に、ちゃんとサウンドを聴かせてあげる。そんなように、リスナーが聴きたい音を推測して、ジャンルごとにバランスを作ってるんですよね。だから再生環境に合わせるようなことはしていないですね。

──高音や低音が十分に再生できないチープな環境だと、入っているはずの音が聞こえなくて、まるっきり違う聞こえ方をしてしまう危険もありそうですが、そのあたりは特に考慮しないということでしょうか?

そうですね。僕のミックスは低音がデカいとか、高域がちょっとシャリシャリしてるとか言われることもよくありますね(笑)。でも信頼できるスピーカーで納得するミックスであれば、ほかのスピーカーに変わっても作ったミックスのニュアンスは再生されると思ってます。

──その頃にラージスピーカーだけではなくて、ニアフィールドモニターを制作に使うのが主流化していったと思うのですが、それで変化することはありませんでしたか?

今はGENELECを使ってますけど、昔はYAMAHAのNS-10Mで、その前はAURATONEでした。10Mの時代がすごく長かったですけど、だんだん作れる音の限界が見えてきちゃって。中域は全然問題ないのですが、低域の表現に限度があると感じたんですね。そのあとにGENELECの1031Aが出てきて、こっちのほうが低音の音作りがしやすいということで乗り換えました。80シリーズが出たときに8050にして。それからはずっと8050を使っています。先ほども言いましたが僕の持論として、信頼するスピーカーでミックスすれば、信頼する音になると信じているんですよ。このスタジオで自分がベストだと思う音を作るっていうのが基本ですよ。そのマスターを作るところまでが僕の仕事で、そのマスターを配信用だとか、CD用だとか再生環境に合わせて音を調整していくのは別な仕事。あまりいろんなことを考えていると、バランスが崩れてしまうのですよ。「あれで聴いたらこうなるからこうしよう」みたいなことを考え始めちゃうともう駄目。自分がここでいいと思ったサウンドなら、どこへ持って行っても大丈夫でしょうって自信を持って作らないと。

──マスタリングでどんどん音を大きくする、いわゆる音圧戦争がありましたが、それについてはどうお考えですか?

自分の作品はデカくしたいって気持ちはあるんでしょうけど、あそこまでコンプで圧縮したら、もう音楽じゃないよって思う。ただ外国の作品を聴くと、レベルが大きくとも音が崩れていないものもあるんだよね。あれはいったいどうやってるんだろうって不思議に思うこともありますが、先ほども言ったようにオケをシンプルにしているから、グチャグチャにならないのかもしれませんね。テレビや有線放送ではラウドネス規制が始まっているので、ラウドネスメーターを参考にミックスすることもあるのですが、コツがまだわからないんですよね。どういう音を作ったらテレビで流れたときにいい音になるか、それなりに大きな音で聞こえるのかは、まだ研究中です。ただ1つ言えるのは、バコバコに潰したマスタリングをしたのは、レベルが低く再生されますね。

ビッグバンドジャズをやりたかった

──近年手がけられた作品についても聞かせてください。まず鷺巣詩郎さんの「The world!EVAngelion JAZZ night=The Tokyo III Jazz club=」(2014年発表)ですが、どのようなことを考えながらミックスしましたか? ポップスとはまた違うバランスを意識した思うのですが。

エヴァジャズは基本的にはビッグバンドとフルオケを軸に考えて、鷺巣詩郎さんのジャズに対するこだわりを加味する形でやってます。ポップス寄りジャズであることは間違いないですけど、かと言ってドラムをポップスのバランスにするとスウィングしない。バスドラムとスネアでビートを作るのではなくて、ビッグバンドの場合はシンバルワークがリードしていくのが基本になるわけですね。そういうふうにリズムを組み立てて、それに対するウッドベースのバランス。ウッドベースって音量感を出すのがなかなか難しいので、低域が痩せない音作りをするのがキモになると考えました。このシンバルワークとウッドベースをリズムの軸に据えたら、そこにブラス、サックスを足して、その後ろにオーケストラがいる音場をイメージしてミックスしていきました。

──石川さゆりさんが民謡をカバーする「民~Tami~」(2019年発表)もカッコいいですよね。

これは僕が全部やってるわけじゃないけど、やっぱりさゆりさんは歌がうまいですね。民謡と言ってもアレンジは今風にしてあるけど、早々に自分のものにしちゃって。表現力がどうにもならないぐらいすごい。かれこれ30年近い付き合いになるけど、オケと同時に録って何も直さない曲もあるんですよ。

──最後に、2016年から始まった「MIXER'S LAB SOUND SERIES」についても伺えればと思います。ビッグバンドジャズのスタンダード曲を中心にセレクトしたコンピ盤で、現在Vol.3まで出ていますね。

本当にオーディオ好きな人が聴くようなアルバムが作りたくてね。Vol.1のアナログ盤はおかげさまで1stプレス分が完売して、再カッティング、再プレスしてもらっていますね。

──この盤を聴いて、生楽器を扱っていても内沼さんオリジナルのバランス感があると感じました。ジャズと言うとルディ・ヴァン・ゲルダーのようなザラつきがあって、少ないマイクで空気を録っているサウンドを思い浮かべてしまうのですが、こちらの作品は楽器の音がハッキリと分離していて、バスドラムの音もボンっと前に出ているように感じました。これはやはり新しい音像を作ろうという冒険心でやってるんでしょうか?

はい、どうせ作るなら現在できうる限りの機材で超ハイファイなサウンドを目指しました。僕はビッグバンドジャズが好きで、20代前半のときに厚生年金会館でカウント・ベイシーのコンサートを観たんですよ。それがPAが何にもなくて、本当の生だけだったんですけど、これぞビッグバンドの音なんだなって感動して。いつか絶対ビッグバンドの作品をやりたいと思っていましたが、やっとそれができました。生音とほんの少し現在に寄ったサウンド作りをイメージして、現代のビッグバンドサウンドはこうなると思いつつ仕上げました。ぜひアナログで聴いてみてほしいですね。

内沼映二

1944年生まれ。1965年にテイチク株式会社に入社し、日本ビクターを経て1979年に株式会社ミキサーズラボを設立。これまで石川さゆり、近藤真彦、鷺巣詩郎、C-C-B、杏里、角松敏生、冨田勲、西城秀樹、郷ひろみ、南沙織、ピンク・レディー、和田アキ子、SPEED、福山雅治、ゆず、MISIAら数々のアーティストのレコーディングに携わるほか、「ジャングル大帝」「踊る大捜査線」などの劇伴のエンジニアリングも担当。1994~98年、2007~15年の通算12年にわたり、一般社団法人日本音楽スタジオ協会の会長を務め、現在は名誉会長。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAM TAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 吉場正和

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