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ぴあ

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写真提供:舞プロモーション

樋口尚文 銀幕の個性派たち

山谷初男、官憲と狂鬼のはざまに……

隔週連載

第38回

19/12/5(木)

「はっぽん」のあだ名で親しまれた山谷初男が85歳で逝った。1933年に秋田県は角館で生まれた山谷は地元の高校を卒業後、中野無線学校に行って無線電信士になると言って上京するも、すぐに中退して画家を志すも挫折。たまたま劇団東芸の演劇に出会って53年に入団し、同年に戯曲『ホタルの歌』で初めて舞台を踏んだ。東芸は新大都映画『アナタハン島の眞相はこれだ!!』や日米映画『悪魔と拳銃』(一期生の森山周一郎らが出演)などの映画作品にも協力していたが、この時期に山谷が映画に出たという記録はない。

1965年には俳優小劇場の研究生となる。俳優小劇場は、俳優座2期生の早野寿郎が1960年に小山田宗徳、宮崎恭子、楠侑子らと結成し、小劇場活動の先駆をなした(71年に解散し、後の俳小につながる)。この時分に松竹映画『ケチまるだし』やNHKの『テレビ指定席』などに出演を始め、以後はコンスタントにさまざまな映画、テレビドラマ、舞台に顔を出した。66年には円谷プロ=TBSの人気番組『ウルトラQ』の「ゴーガの像」の回で密輸団のメムバーを演じていたというがさっぱり記憶にない。

ところがこの年の山谷は、いきなり代表作に挙げられる若松孝二監督の映画『胎児が密漁する時』で主人公の丸木戸定男(!)に抜擢されている。本作はピンク映画の枠のなかで創られたが、密室に男女ひと組しか出てこない極限的な設定のなかで、サディスティックに女を支配せんと試みるもままならない男を熱演した。この作品の前衛性はやがて国際的な評価を集めることになるが、山谷の一見田舎の朴訥とした雰囲気の容貌が、逆にかかる狂気を帯びると真逆の怖ろしい感じに転ずる。

この持ち味を活かして、山谷は若松プロ作品の怪優として続々と出演を果たし、66年の大和屋竺監督『裏切りの季節』、67年の足立正生監督『避妊革命』、若松孝二監督『日本暴行暗黒史 異常者の血』、大和屋竺監督『荒野のダッチワイフ』、68年の足立正生監督『性地帯〈セックスゾーン〉』、若松孝二監督『金瓶梅』、69年の若松孝二監督『狂徒情死考』など作家的な試みに満ちたピンク映画で活躍を続けた。この間、自由劇場、天井桟敷と注目の演劇の「震源地」を転々とし、67年には寺山修司演出の『毛皮のマリー』に出演している。この縁で、山谷は74年には寺山の作詞・構成で『山谷初男の放浪詩集/新宿』というレコードを出し、以後もコンサートで唄っていた。

『ニッポニアニッポン フクシマ狂詩曲(ラプソディ)』(C)ラピュタ阿佐ヶ谷

山谷のアングラ的な横顔は、こうした60年代後半のピンク映画と小劇場での活躍によって形づくられた。72年放映の、大島渚組出身の監督と脚本家が組んだ特撮ヒーロー物『シルバー仮面』の「見知らぬ町に追われて」ではなんと山谷がクレジットなしで僧侶を無言で演じていたが、子ども番組にあってさえその怪しさはやたら気になった。そしてこのアングラ方向も極まれりという感じだったのが、73年の神代辰巳監督による日活ロマンポルノ作品『女地獄 森は濡れた』の怪演だろう。サドの『ジュスティーヌ』を底にひいたこの作品は、大正の米騒動の時代に混乱から逃げてきた女が森のホテルで性と暴力の饗宴に巻き込まれる話だが、ここで愉しげに悪徳の限りを尽す主人役の山谷はちょっと怖いくらいの狂気を発散していた。本作は警視庁から映倫再審査を要請され、なんと上映打ち切りとなって長く陽の目をみなかったが、日活ロマンポルノが煽情性ではなくアナーキーさによって目をつけられたという特異な例であり、その点に大きく影響したのは山谷の悪魔的演技だろう。

ところが翌74年の映画『砂の器』では冒頭で朴訥とした真面目そうな東北の警察署員に扮していて、新聞の訃報では代表作は『女地獄 森は濡れた』と書くのが躊躇われるのか「『砂の器』などに出演」と見出しになっていてビックリした。しかしそのフィルモグラフィをふり返ると、警視庁もおかんむりの挑発的な演技をする怪優であるにもかかわらず、山谷は映画やテレビでやたら善良な警察官や刑事の役を頼まれてきた。

このカムフラージュぶりが山谷の凄いところで、まさにヴィスコンティやベルトルッチの映画に出てくるファシストのように嬉々と実直な顔で残虐な行いを重ねる役こそが山谷の真骨頂であるのに、逝去を悼む記事はどれも「素朴な台詞まわしの名脇役」といった書かれ方であった。天下の擬態ぶりに驚きつつ、合掌。



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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