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葛西敏彦

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第6回 東郷清丸、D.A.N.、スカート、蓮沼執太フィルらを手がける葛西敏彦の仕事術(後編)

19/10/17(木) 17:00

誰よりもアーティストの近くでサウンドと向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているエンジニアにスポットを当て、彼らの視点でアーティストの楽曲について語ってもらうこの連載。今回は葛西敏彦の後編をお届けする。D.A.N.やスカートのレコーディングのエピソード、エンジニアとしての心構えについて語ってもらった。

言い訳できないところまでやり切ったD.A.N.の1st

──Spotifyに上がっている葛西さんが手がけた作品のプレイリストを聴いていて、「やっぱり葛西さんはテクノの人だな」と思いました。

そうそう、テクノなんですよ。ダブっぽいことをしていると見られることもあるけど違って。ダブでもエイドリアン・シャーウッド(イギリスの音楽プロデューサー、エンジニア)とか北のほうの寒いダブなんですよね。

──バンドサウンドにもキックの音とか影響がありますね。

めちゃめちゃあります。それこそD.A.N.とかはダンスミュージックのフィーリングを出すためにROLAND TR-909の音をレイヤーで足していますし。その音を聴くとそのジャンルを想起させることってやっぱりありますよね。909の音が鳴るだけで YMO とかそういうテクノの時代の音になるっていう。

──D.A.N.の1stアルバム(2016年4月発売の「D.A.N.」)は、いわゆる邦楽とはだいぶ異なる質感の作品ですが、どのような考えでミックスしたんですか?

彼らは抜群にセンスがいいから、若い人には受け入れられやすいかなと思ってたんですけど、僕みたいな90年代にダンスミュージックを通ってきた40歳くらいの世代にも受け入れられると思ったんですよ。ロックバンドでもあり、ダンスミュージックでもあると言うとちょっと陳腐な感じがするけど、そういうクロスオーバーさせたものが作れたらいいなと思って、そこに真っ向から向き合いました。

──具体的にはどんな手法を?

一般的にそういう音楽をミックスするときは、生ドラムを録音したあとに1音1音刻んで、編集で打ち込みのグリッドに合わせていくんですよ。最初にそれをやってみてダンスミュージックっぽいロックバンドの音はすぐにできたんですけどメンバーと話をして、「これじゃないね」となりまして。D.A.N.のレコーディングはメンバー全員で一発録りしているんですけど、そっちの音源は一切エディットせずに、あとから入れたシンセを切り刻んで人間の方に合わせたんですね。人間だからどうしてもタイミングが揺れるじゃないですか。その揺れているハイハットのタイミングに合わせて、打ち込みのシンセの16分のシーケンスを1音ずつ切って重ねるというやり方をしたんです。

──さらっと言ってますけど、めちゃくちゃ大変ですよね。

死ぬほど大変でした(笑)。例えば2番のAメロでしか入っていない10秒ほどのパートを編集をするのに2時間かかったりとか。でもそれをやったらよくなるって気付いちゃったから、気付いた人はやらないと駄目だと思っています。だから、ほかのバンドとは聞こえの感触が違うと思うんですよね。

──それはバンドと相談しながらやっていくんですか?

説明しても伝わりにくいので、聴いて判断してもらいましたね。時間はかかるんですけど自分の中ではイメージができているのでガチガチに作り上げて、「これです」って自分の回答を作った上で。でもD.A.N.に関しては、言い訳が一切できないくらいのところまでやり切ろうというのが僕の隠れテーマとしてあったんですよ。昔と比べて「予算がない」「時間がない」という仕事が続いていて、僕自身ちょっと残念だなと思っていて。これは予算がなかったから仕方ない、とか人に作品を渡すときに言いたくない。D.A.N.も当時いつリリースするか決まってなかったので、締め切りもなくて時間をかけられたんですね。それで「徹底的にやっていい?」って言って始めたので。

──それだけこだわってやってると終わりの判断も難しそうですよね。

そう、やればいいってものでもないんですよね。山登りに似ている感じがしていて、ちょうどいいところってあって。ずっと行けばいいだろうと思っていると意外と頂上を越していて、前のほうがよかったということもあるし。経験則でしかないような気がしているんですけど、行くとこまで行ったときに「あ、もう大丈夫だな」って手が離せる瞬間があるんですよね。

打ち合わせなしで始まったスカートのレコーディング

──知らない人と打ち合わせなしでレコーディングすることはないんですか?

それで言うと、スカートは最初何も話さないで始まりました。カクバリズムから「スケジュール空いてる?」とだけ聞かれて、今日は何をやるんだろうと思っていたらスタジオに澤部(渡)くんが来て、「あ、今日スカート録るんだ」って(笑)。それが「CALL」(2016年4月発売のアルバム)の表題曲でしたね。

でもそれはあとから、一緒に作品の意味合いを考え直す時間がありました。お互いにいろんなCDを出し合いながら聴いたんです。それで、ポール・マッカートニーがナイジェル・ゴドリッチ(Radiohead、ベック、R.E.M.などを手がけるエンジニア)とやった「Chaos & Creation in the Backyard」(2005年9月発売)というアルバムがあるんですけど、それを1つの指針にしてみようという話をしてミックスを始めたんです。ポールなんだけどナイジェル・ゴドリッチがやってるからRadiohead風味もあり、“ザ・シンガーソングライター”みたいな人とエンジニアの関わりでそうなってるのが面白くて、澤部くんをポールと見立てて。だから最初は何も話さないで始まったけど、結局どこかで話す時間は必要ということかもしれないですね。

──葛西さんはスカートの最新アルバム「トワイライト」(2019年6月発売)でもエンジニアを担当してますね。

澤部くんとは3枚一緒に作っています。彼の場合はやりたいことが完全にある人なので、それをいかに形にしていくかがメインの仕事ですね。

──この作品には空気公団の山崎ゆかりさんがコーラスで参加していたり、さまざまなアーティストが演奏で参加していますよね。

澤部くんは毎回違うコーラスの女性を呼ぶんですよね。「今回は誰がいいかな」という話はレコーディング中ずっとしていたんですけど、録音したときの印象で山崎ゆかりさんがいいんじゃないかという話になりました。ちょっと手が届かないところに手を伸ばすぐらいの感じがあったらよさそうだねって。澤部くんの先輩のミュージシャンで、彼が好きだった人っていう距離感がちょうどいいんじゃないかなということで。「トワイライト」はそういうアルバムで、矢部(浩志 / カーネーション)さんにラップスチールを弾いてもらったりしているんですよね。それも澤部くんが90年代に好きだったという話からお願いすることになったんですが、程よい距離感がいろいろあって面白かったですね。

エンジニアは人ありきの仕事

──お話を聞いていて、アーティストとのコミュニケーションがとても上手ですね。

エンジニアって機械だけ触っていればいいように見えそうな仕事なんですけど、まず人ありきなんですよね。機械を操作するのがメインではなくて、ミュージシャンがしたいことを聞いて、捉えてあげて、それを形にするために機械を使ってるだけ。一番大事なのは話を聞いて彼らが何がしたいかを掘り下げて、そのための方法をいろいろ提示してあげること。機械を使うのはそのための手段で、人ありきの仕事だなと強く感じますね。最近は若いミュージシャンと仕事をさせてもらう機会が多くて、まだスタジオワークにも慣れてない人と仕事をするとそういう時間の大切さはいつも感じます。

──逆に上の人とやるのはそれはそれで大変じゃないですか。上の人はその時代でやってきたマナーみたいなものがあったりするし。

そうなんですよ。だからそういう人たちと仕事するときは気持ちはスタジオ時代に戻ります。90年代のスタジオレコーディングのマナーだと、エンジニアはエンジニアリングだけやってればいいみたいな、職業的なエンジニアリングを求められていたので。

──人の分野に足を踏み入れちゃいけない、みたいな雰囲気がありましたよね。

ありましたね。職人文化で、よくも悪くも日本人的だと思うんですけど。今はそういう時代じゃなくなってきたけど、その両方を体験できたのは幸せだと思いますね。

──下の世代のエンジニアになると、スタジオでのアシスタント経験を経ないケースも増えていますよね。それに関してはどう思いますか?

けっこう問題だとは思うかな。僕、スタジオでアシスタントをやっていてしびれたのが、まだ業界に入って3カ月の頃にムーンライダースに付いたんですよ。一番ペーペーの僕が、業界歴30年とかの大御所を相手に現場を回していかなきゃいけない。でもそれで逆に鍛えられた部分もあったんですよね。上の人もそれを見ていて、「今度歌も録ってみるか」「ありがとうございます」みたいな。今の時代にそれと同じことを若い人に求めるのは違うと思うけど、自分もできる範囲で伝えていかなきゃいけないなと思っていて。だから今のスタジオ(studio ATLIO)も、最初はいなかったんですけど社長と話してアシスタントを入れてもらったし、外のスタジオを使うときもワンオペはなるべくやらないようにしています。わがままを言ってアシスタントを付けてもらうようにしていて。僕がしてもらってきたことを、やらなきゃなって思ってますね。

──受け継いでいくというか。

そうですね。スタジオ時代に先輩に言われた「川の水みたいなものだ」という言葉が忘れられないんですよ。「上流にも下流にも水がある。自分はその間の1滴でしかない。前にもあとにも水があって、未来にも流れていくんだよ」って言われたことがあって。先人の音楽があって、これから生まれる音楽がある。未来のために後輩を育てなきゃいけない。だからエンジニアになりたいと思う人が増えてくれたらうれしいですね。やる気ある人は大歓迎なので。

葛西敏彦

studio ATLIO所属のエンジニア。スカート、大友良英、岡田拓郎、青葉市子、高木正勝、東郷清丸、TENDRE、PAELLAS、バレーボウイズ、YaseiCollective、寺尾紗穂、トクマルシューゴらの作品を手がけている。ライブPAも行っており、蓮沼執太フィルにはメンバーとしてクレジットされている。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 斎藤大嗣

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