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樋口尚文 銀幕の個性派たち

松尾諭、落とし物を見つけるように運気をつかむ

毎月連載

第18回

写真提供:エフ・エム・ジー

 なんとなく田口浩正のようでいて、よく見ると全く違うあの俳優は誰?と思い出したのは、いつ頃からだろうか。たぶん2005年のフジテレビのドラマ『電車男』でマンガが立体化したような大振りな演技を披露していたあたりからだろう。というのは、今や顔を見れば多くの観客、視聴者が「ああ、あの人」とほほ笑むであろう松尾諭のことである。

 若々しく見える松尾は、1975年、尼崎生まれの43歳。『電車男』でハンドルネーム「ザスパ」なるサッカーオタクに扮したのはちょうど30歳の頃だった。それまでの20代の松尾が何をしていたかというと、前半は関西の新聞社の整理部でバイトをして気に入られ、途中で大学は中退したものの、正社員になることも勧められるほど有能だったという。しかし、20代半ばに上京してもともと関心のあった俳優になることを志し、以後は芸能プロダクションに雇われて付き人をしていたのだった。なんと初期には女優・井川遥の付き人を任せられ、あの体躯で行く先々をガードしていたという。

 そんな松尾は、30歳あたりでこの『電車男』など目立つ役にありつけるようになったが、大きな転機は2007年のフジテレビ土曜ドラマ『SP 警視庁警備部警護課第四係』での大抜擢だった。特殊な能力を持つ岡田准一の巡査部長を主役に、遊軍SPチームがテロリストと対決する人気シリーズだが、なんと松尾の番手は岡田、堤真一、真木よう子の主演トリオに次ぐ助演筆頭の山本巡査部長という美味しすぎる役どころだった。

 こういう刑事物にあっては、それこそ『太陽にほえろ!』の昔から三枚目でとぼけた下川辰平みたいなポジションはひじょうにお得で、主演の二枚目メンバーの引き立て役をつとめているようで、逆に二枚目たちによって引き立てられているとも言える。また、シリアスなパートを引き受ける二枚目たちには回ってこないコメディリリーフの息抜き役というのも、案外目立って人気を得るものだ。

 そのひそみにならって、『SP』での松尾は、大食いの格闘家という役柄で笑わせつつも、先輩としての恐れとジェラシーから主役の岡田准一にきつく当たったりする、という視聴者が気になる役どころであった。フジテレビといえば木村拓哉主演の『HERO』のように、売れっ子メンバーの端にまだ無名の頃の小日向文世を抜擢するなど、キャスティングが硬直化しないよう未知なる因子を加える工夫があって、それがかなり奏功していたけれども、『SP』の松尾諭の起用もそんな趣旨でかなりうまく行っていた。

 これが評判となり、『SP』の劇場用映画版や『テルマエ・ロマエ』『るろうに剣心』『希望の国』『進撃の巨人』といった話題の映画作品、大河ドラマ『天地人』、連続テレビ小説『てっぱん』『ひよっこ』などメジャー作品に引っ張りだことなったが、連続テレビ小説『わろてんか』などは一流演奏家を目指すも挫折してサイレント映画の楽士を始めたが、これまたトーキーに駆逐されてしまって流行歌漫才の相方となる、という数奇な奏者に扮して印象的であった。

 そしてこんなユーモアもペーソスもお得意の松尾の情理兼ね備えた雰囲気が大いにものを言ったのが、2016年の『シン・ゴジラ』の与党政調副会長・泉修一という役だった。日本のバイプレーヤーが全部出ているのではないかと言われたこの作品で、松尾は主演の官房副長官に扮した長谷川博己と当選同期の相棒にして女房役を軽快に演じて、けっこうハードで難しい物語なのに若い観客から「泉ちゃん」とキャラクター視されて人気を得た。画面からあふれそうなバイプレーヤー陣のなかで、松尾はダントツで目立っていた。

 こうして着々と人気者の地位を獲得していった松尾諭だが、芸能界入りのきっかけはかなりすっとぼけている。役者になろうと上京した時分に、自宅のそばで航空券の入った封筒が落ちているのを交番に届けたら、その落とし主が、本連載第16回でとりあげた冷泉公裕氏の奥方にして所属事務所の社長であった女性で、この縁でなんとその事務所に入ってしまったのであった!飄々とした松尾の風貌に似つかわしい、なんともおかしなサクセス・ストーリーではないか。

作品紹介

『ラストコップ THE MOVIE』

2017年5月3日公開 配給:松竹
監督:猪股隆一
脚本:佐藤友治
出演:唐沢寿明/窪田正孝/佐々木希/藤木直人/松尾諭

『羊の木』

2018年2月3日公開 配給:アスミック・エース
監督:吉田大八
脚本:香川まさひと
出演:錦戸亮/木村文乃/北村一輝/優香/松尾諭

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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