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豊臣秀吉が主役の大河ドラマは少ない? 竹中直人『秀吉』で晩年を描かなかった理由

リアルサウンド

20/7/12(日) 6:00

 放送休止となったNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の穴埋めとして放送されている『「麒麟がくる」までお待ちください、戦国大河ドラマ名場面特集』だが、7月12日に放送されるのは1996年に放送された『秀吉』だ。

 堺屋太一の歴史小説『秀吉 夢を超えた男』、『豊臣秀長』、『鬼と人と 信長と光秀』の3作を原作とする本作は、農民の出から戦国武将になり、最後には天下統一を果たした豊臣秀吉の半生を描いた物語だ。

 秀吉を演じたのは竹中直人。シリアスからコメディまで何でもこなし主演も脇役も演じる良い意味で仕事を選ばない俳優だ。映画監督としても知られる竹中は、腹の底を見せない複雑な内面を抱えた俳優だが、秀吉というキャラクターを1年かけて演じきった本作には、俳優としての竹中の魅力がもっとも現れているのではないかと思う。

【写真】『麒麟がくる』の秀吉役を演じる佐々木蔵之介

 本作を観て、最初にインパクトが残るのは、ふんどし一丁で走り回る日焼けした秀吉の姿だろう。汚い身なりの秀吉は「サル」と呼ばれ、下品で野蛮な振る舞いゆえに周囲から小馬鹿にされるのだが、秀吉の滑稽な姿に周囲が油断していると、周囲を大胆に出し抜いて、みるみる出世していく物語の主軸となるのは、武士として自分を引き上げてくれた「神にも等しい存在」である織田信長(渡哲也)の評価をめぐる、明智光秀(村上弘明)との出世争いだ。

 『麒麟がくる』では、まだ登場したばかりの秀吉だが、本作では第1話で秀吉と光秀は出会っており、出世争いをする一方で、信長と衝突して追い込まれる光秀を庇って時に助けようとする。光秀はライバルであると同時に親友とも言える存在で、信長を頂点とした秀吉と光秀の三角関係が『秀吉』という物語の主軸にある。

 もう一つの軸となるのは秀吉を取り囲む女たちとの物語だ。中でも鮮烈な印象を残すのは市原悦子が演じる秀吉の母・なか。沢口靖子が演じる正室のおねや、松たか子が演じる側室の淀が、高貴で華やかな存在感とは真逆の、市原が演じるなかの泥臭さは“もうひとりの秀吉”と言っても過言ではない存在感を見せている。秀吉を「日輪の子」だと信じ「かあちゃんがおみゃーの代わりに地獄に行ってやるで」と言う母の愛は、実に強烈。

 信長や光秀も妻や母との関係が秀吉と対比される形で描かれており、女たちの物語としても『秀吉』は必見である。

 物語は二部構成となっており、秀吉が出世街道を勝ち上がっていく前半と、本能寺の変を経て信長と光秀が退場して以降、秀吉が信長の意思を継ぎ天下統一へと向かう後半に分かれている。そして栄華の頂点で物語は幕を閉じるのだが、起承転結でいうと転で終わったような印象があるのは、晩年の秀吉をあえて描かなかったからだろう。

 実は、秀吉を主役にした大河ドラマは、緒形拳が秀吉を演じた1965年の『太閤記』と『秀吉』の2作のみである秀吉は、織田信長、徳川家康とならぶ天下統一を果たした戦国の覇者で、貧しい農民の生まれでありながら天下統一という彼の出自は、戦国の世をもっとも象徴する人物である。

 波乱万丈の生涯は物語性が高いため、もっとも大河ドラマ化しやすい戦国大名だと思っていたので、これは意外だと思ったのだが、後で考えると、それも当然だなぁと思う。秀吉を主役にしにくいのは、晩年の描き方が難しいからだろう。天下統一までの上り坂の時代と、天下統一以降の権力の頂点に立った晩年との落差が激しすぎるため、連続して描くと、秀吉の人物像が分裂してしまうのだ。

 『秀吉』では、晩年の秀吉と豊臣家の滅亡。そして淀君と石田三成(真田広之)のたどる末路は、観る側の想像に委ねられている。秀吉が「心配御無用」と言って華やかに振る舞えば振る舞うほど、明るさの中にある空虚さが際立つ終わり方は、その後を知っていれば知っているほど、よく出来た構成である。

 この終わり方も含めて本作には「秀吉が体現した立身出世の物語」を、多くの日本人が信じられなくなりつつあったバブル崩壊以降の空気が反映されているように感じる。

 原作小説の作者・堺屋太一は1947~49年前後に生まれた日本人を「団塊の世代」と命名したことで知られている。おそらく秀吉の姿は、戦後の復興期に生まれ、高度経済成長期を昭和の企業戦士として駆け抜けた団塊の世代の理想像だったのだろう。だから秀吉の出世物語を見ていると、団塊世代が体験した昭和の自慢話を聞かされているようで、羨ましさと疎ましさを同時に感じる。

 逆に晩年の秀吉の姿は老害そのもので、バブル崩壊以降、昭和の社会構造が急速に崩れゆく中、後続世代から鬱陶しく思われている団塊の世代を、別の意味で象徴しているようにも見える。

 竹中はその後、2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』で晩年の秀吉を演じている。こちらでは老いた秀吉の醜悪な姿が描かれていた。別の作品が間接的な続編のように見えるのは大河ドラマならではの面白さだろう。『秀吉』と『軍師官兵衛』の竹中直人。セットで観ることをオススメする。

(成馬零一)

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