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『グランメゾン東京』“歌舞伎界の御曹司”がなぜライバル役? 役に深みをもたらす尾上菊之助の説得力

リアルサウンド

19/12/22(日) 6:00

 主人公と対峙する“ライバル”にはふたつのパターンがある。ひとつは「どんな手を使っても相手を蹴落とそうとする悪役」、もうひとつは「自分の正義を貫く好敵手」。

 ドラマ『グランメゾン東京』(TBS系)で尾上菊之助が演じるシェフ・丹後学は後者の“ライバル”だ。

 パリの二つ星レストラン「エスコフィユ」で天才シェフとしてその名を轟かせていた尾花夏樹(木村拓哉)。が、日仏首脳会談の席で出した料理で要人がアレルギーショックを起こし、尾花はフランスの料理界から追放される。料理への熱を捨てきれない尾花は帰国間際にパリで出会った早見倫子(鈴木京香)、「エスコフィユ」時代の仲間・京野陸太郎(沢村一樹)、相沢瓶人(及川光博)らと紆余曲折ののちにフレンチレストラン「グランメゾン東京」をオープンさせるのだが、そこにはさまざまな壁が立ちはだかっていたーー。

 本作で主人公・尾花のライバルとなる丹後学。尾花とはパリの三つ星店「ランブロワジー」で共に修業をした仲だが、先に自身のレストランをフランスで開店したにもかかわらず、「エスコフィユ」に星の数で負けを喫して帰国。以来、尾花に対してある種の劣等感を抱き続けている。

 現在は気鋭のフレンチ「gaku」でトップシェフとして腕を振るい、日本の料理界で高い評価を得ている丹後だが、かつてのライバル・尾花が東京に店を出したことに動揺を隠せない。

 丹後の立ち位置で面白いと思うのは、彼が“勝つための手段を選んでいる”こと。「gaku」のオーナー・江藤(手塚とおる)は不可思議な関西弁を武器に、コンクールの審査員に手を回したり、部下の柿谷(大貫勇輔)を「グランメゾン東京」に送り込んでオープンイベントを失敗させようとしたり、「グランメゾン東京」の新人・芹田(寛一郎)からレシピを金で買ったりと、三つ星を獲るために汚い手を使うのだが、丹後はその行為を嫌い、気付いた時には江藤の策略を阻止しようとする。

 丹後は正々堂々と“勝ちたい”のだ。

 パリでの修業時代から、金遣いも荒く女性関係もめちゃくちゃ。だが料理になると圧倒的な才能を魅せる尾花と、真面目に料理と向き合ってもそんな尾花に勝てない自分。その葛藤に苦しんできた丹後の努力の結晶が、立地もよく資金力も豊富な「gaku」でのトップシェフとしての立場である。

 最先端の機材と最高の食材、自由に使える多数のスタッフ。恵まれた環境で腕を振るい、高い評価を受けても丹後の心にはつねに尾花の存在がある。周囲の賛辞は関係ない。問題は自分自身が尾花に勝てたと心の底から思えるかどうかだ。

 そんな丹後の葛藤を見ていると、次第にその姿が尾上菊之助自身と重なって映る。

 菊之助が身を置く歌舞伎の世界は、生まれた“家”で多くのことが左右される伝統芸能。彼は歌舞伎界でもトップクラスの名家に生まれたバリバリの“御曹司”だ。父は歌舞伎名跡「尾上菊五郎」の当代で人間国宝。母は女優の富司純子、姉も同じく女優の寺島しのぶ。非の打ちどころのない家柄である。

 この上ない名家で育った菊之助だが、近い世代には松本幸四郎や中村勘九郎・七之助兄弟に加え、スーパー歌舞伎の継承者・市川猿之助、中村獅童らドラマや映画、現代劇でも活躍する俳優たちの姿が多く見える。御曹司であるがゆえに、歌舞伎の世界でトップに立ち続けなければならない重圧と責任。それは常人には計り知れない重みだろう。

 その重圧と責任とを引き受けた上で、菊之助はこの冬、大きな勝負に打って出た。宮崎駿原作の『風の谷のナウシカ』を構想5年の末に歌舞伎として上演し、女形としてナウシカを演じたのだ。

 歌舞伎ならではの表現や本水を使った演出、宙乗り。開幕3日目に劇中でトリウマから落下し左肘が亀裂骨折するという事態も起きたが、翌日には舞台に復帰。また怪我から10日後には一時休止していたメーヴェへの宙乗りも再開された。

 丹後がフレンチの伝統に最先端の技術をプラスし華やかな料理を生み出したように、菊之助は歌舞伎という伝統芸能の枠組みの中で新しい形の『風の谷のナウシカ』を魅せた。伝統を壊さず未知のものと融合させて化学反応を生む挑戦。恵まれた環境にいる者の責任と使命、輝く才能を持つライバルたちの存在と葛藤……やはり私には丹後と菊之助自身が深く重なっているように思える。

 第7話で発表された「トップレストラン50」の順位。「グランメゾン東京」は10位で「gaku」は8位。これからドラマの大詰めに向けて、彼らがパリ時代からずっと追い続けてきたミシュラン星獲りのエピソードが展開していくのだろう。

 このドラマの主人公である尾花、そして彼を信じ一緒に店を作り上げてきた倫子や京野、相沢たちに星がもたらされることを祈りつつ、天才・尾花を間近で見ながら何度も挫折を味わい、しかし正々堂々と彼と戦ってきた丹後学という“努力の人”のことを忘れないでいようと思う。

 私たちもまた、自分の力の限界を知りながら、それでももがく彼と同じなのだから。(文=上村由紀子)

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