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「PARCO劇場オープニング・シリーズ」特集

市川猿之助主演『藪原検校』公演レポート! 2021年の渋谷に映し出される希代の悪党の生き様

全20回

第11回

21/2/25(木)

PARCO劇場オープニング・シリーズ『藪原検校』が3月7日(日)まで上演されている。

『藪原検校』といえば井上ひさしの初期代表作のひとつ。1973年、旧PARCO劇場(当時は西武劇場)誕生時に、そのオープニング記念として上演された、この劇場にゆかりの深い作品だ。稀代の悪党、杉の市の一代記。井上は実際の歴史上のできごとや人物のはざまに、この杉の市という盲目の男を作り出した。

名だたる演出家によって上演されてきたこの演目を今回手掛けるのは杉原邦生。初演時には生まれてもいない30代の俊英は、スーパー歌舞伎II『新版オグリ』演出、歌舞伎座八月納涼歌舞伎『東海道中膝栗毛』構成、『グリークス』演出など、幅広く活躍している。主演の市川猿之助とは学生時代に出会って以来20年あまり、ことあるごとに作品をともにしている仲だ。

江戸時代の話のはずなのに、舞台にはグラフィティの描かれたコンクリートの街並みに、黄色と黒のトラロープが張り巡らされた空間が立ち上がっている。「舞台上に紐をめぐらせる」のは井上自身が演出した頃から用いられている演出だが、それがトラロープになったことで現代らしさが増し、駅から歩いてきた道と舞台とが地続きのような感覚に襲われる。演出の杉原がギリシャ悲劇から歌舞伎の演目まであらゆる作品を、さまざまな時代と国を超越して「今、ここで起きていること」にする手腕を、今回も早速見せつけられる。

按摩の盲太夫(川平慈英)の語りによって、観客は藪原検校の世界へと導かれる。七兵衛(三宅健)とその女房(宮地雅子)の間に生まれ落ちた杉の市。父は出産費用をまかなうために座頭を殺しその金を盗んだ。杉の市は生まれ落ちる瞬間から業を背負っているのだ。トラロープで囲まれた空間で繰り広げられる杉の市の生い立ち。益田トッシュの音楽にのせてポップでテンポよく綴られる物語に、自然に入り込んでゆく。なかでも前半、杉の市が浄瑠璃、能、義太夫などを滔々と紡いでみせる「早物語」の場面は圧巻の一言。猿之助の技術にサービス精神をたっぷりとのせた見事な時間だった。

やがて杉の市は言い争いをきっかけに人殺しをしてしまい、あっという間に転落していく。最初の殺しも理不尽な言いがかりがきっかけ、その後の母殺しも過ち。決して生まれ持っての悪人ではない。ただ母との約束のため、検校になるためにしかたなく金ありきの悪の道へと向かわざるを得なくなる杉の市の悲哀。

全編を通じて、猿之助の演じる杉の市は豪快で、てらいなく悪事を働く姿に気持ちよささえ感じてしまう。この稀代の悪役に、猿之助は歌舞伎で積み重ねてきたものと現代劇での経験、両方を惜しみなくつぎ込んでいるかのようだ。杉の市を常に物語の外側から見続ける盲太夫役の川平は、観客に寄り添う。ときに笑いを誘い、ときにキュッと場をひきしめ、軽妙に観る者をこの世界に、杉の市の人生に引き込んでいく。杉の市の運命を握ることとなる女性、お市を演じた松雪泰子は、後ろ姿で女性の悲しみを表現して作品に大きな爪痕を残した。

江戸に出て、名前を変えてからの杉の市が出会う人々の中で、とりわけ塙保己市(三宅健)が印象的だ。最初こそ、杉の市の悪事を彩る「真面目、正義」の人に過ぎないかと思えた保己市は、やがて杉の市の唯一の理解者であり、そして彼の運命を握る存在にまでなってゆく。前半ではさまざまな役柄をそれぞれ巧みに務めていた三宅だが、やはりこの保己市役がいちばんの見どころだろう。最後まで自分のペースを乱さず、けれど自分の思いを少しずつ垣間見せる保己市が心に残る。

いまの社会にも、自分たちの中にもある差別の心が、ふいに目の前に差し出される。杉の市と保己市との会話の中で語られる「世間」は、そのままこの芝居を見ている自分につながる。最後に見せしめのように殺された杉の市はいったい何だったのか、彼を殺したのは果たして誰だったのか。1973年に生み出された杉の市の存在は、劇場から出て2021年の渋谷の街を歩いてもなお、心を揺さぶり続けた。

取材・文:釣木文恵 撮影:加藤幸広

公演情報

PARCO劇場オープニング・シリーズ『藪原検校』

日程:2月10日(水)~3月7日(日)
会場:PARCO劇場
料金:13000円(全席指定・税込)
作:井上ひさし
演出:杉原邦生
音楽・演奏:益田トッシュ
出演:市川猿之助、三宅 健、松雪泰子、髙橋 洋、佐藤 誓、宮地雅子、松永玲子、立花香織、みのすけ 川平慈英

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