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『コタキ兄弟と四苦八苦』はなぜ“懐かしい”のか 野木亜紀子の脚本と山下敦弘の演出の相性の良さ

リアルサウンド

20/2/14(金) 17:00

 『コタキ兄弟と四苦八苦』はテレビ東京系のドラマ24(金曜深夜0時12分~)で放送されている深夜ドラマだ。主人公は無職のコタキ兄弟。長男の一路(古舘寛治)は元予備校教師で今は喫茶店で暇をつぶす日々。ある日、妻から離婚してほしいと言われた次男の二路(滝藤賢一)が実家に戻ってくる。二人は、二路が怪我をさせてしまったムラタ(宮藤官九郎)の代わりに、1時間1000円で「レンタルおやじ」をはじめることになり、そこで様々な人たちと関わることに。

 脚本は『逃げるは恥だが役に立つ』(以下『逃げ恥』)や『アンナチュラル』(ともにTBS系)といった作品で知られる野木亜紀子。全話を監督するのは『リンダ リンダ リンダ』や『もらとりあむタマ子』といった映画で知られる山下敦弘だ。

 喫茶店のような心地よい狭さが本作にはある。古舘と滝藤の楽しい掛け合いと山下の淡々とした演出、そして、大胆な省略で見せる野木の脚本は、小規模ながら細部まで作り込まれており、贅沢な味わいとなっている。

【写真】ヒロインの芳根京子

 同時に感じるのは、野木の脚本と山下の演出の相性の良さだ。これは世代的なものが大きい。野木は1974年生まれ、山下は1976年生まれ。どちらも団塊ジュニア、ロスジェネ(ロストジェネレーション)などと言われたバブル崩壊以降の平成不況の時代に社会に出た世代だ。そのこともあってか、二人の作品には、定職につかない引きこもりやニート、あるいはフリーターや非正規雇用の派遣社員といった、劣悪な労働環境で働く若者が頻繁に登場する。

 そういった社会的背景は山下の映画においては、ダメ人間が傷をなめ合う生ぬるいユートピアに変換されて描かれていた。これは本作でムラタを演じる宮藤官九郎が2000年代に『木更津キャッツアイ』(TBS系)などの作品で描いてきた、地方でブラブラしている若者たちの世界にも通じる男子校の部室的な世界観で異性がいないからこそ成立する居心地の良さが存在した。その意味でも『コタキ兄弟と四苦八苦』は少し懐かしい。

 彼らの姿は、デフレ不況ゆえに世の中は停滞していたが、今思えば、日本にもまだある程度の余裕が残っていて、それなりに楽しかった2000年代モラトリアムを過ごした若者たちの成れの果てに見える。

 同時に面白いのは、そんな2000年代の男子校的世界からも疎外されていた、女たちの厳しい目線が盛り込まれていることだ。無論それは、野木による批評的な眼差しである。

 2000年代に映画監督としてキャリアをスタートした山下と、2010年にフジテレビのヤングシナリオ大賞を受賞した単発ドラマ『さよならロビンソンクルーソー』(フジテレビ)から脚本家としてのキャリアをスタートした野木とでは、同世代のクリエイターでも作風に微妙な違いがある。『逃げ恥』や映画『アイアムアヒーロー』で野木は、2000年代に非モテ、現在ならインセルと呼ばれるようなモテない男性が抱える鬱屈した心情を読み替えてきた。男らしさと社会的成功から疎外された非モテ男子たちの自己憐憫を、時に甘やかし、時に冷たく突き放すことで非モテ男子のメンタルを肯定的に読み換えてきたことが、2010年代に野木が果たした一つの功績だったのだが、同時にそんな男たちに、ダメな自分に酔うことすら許されなかった女たちの鬱屈を対峙させていた。

 それは『コタキ兄弟』に登場する毎話のゲストにも強く現れている。今のところ第3話以外のゲストは全員女性だが、彼女たちの置かれている状況は深刻かつ切実で、常に人生の決断を迫られている。

 つまり、コタキ兄弟と女性たちと対峙は、2000年代的な山下敦弘の世界と、2010年代的な野木亜紀子の世界観の衝突で、その結果、2020年の気分のようなものが煙のように浮かび上がるという構造になっているのだ。

 このような作品が、東京オリンピックを目前に控えて忙しない2020年の日本で作られたことに、とても意義を感じる。大げさかもしれないが、今の時代に乗れずにあまり世の中に関わりたくないと思っている筆者のような人間にとって、本作は心のシェルターのような存在だ。おそらくそれは深夜ドラマが持つ効用の一つではないかと思う。

 『孤独のグルメ』を筆頭にテレ東の深夜ドラマは、一人で淡々と生きている人たちに対してどこか優しい。SNSが普及し絆の尊さが叫ばれる時代において、誰ともつながらずに自己充足の世界に浸ることは悪とまでは言わないが、どこか後ろめたい行為に見える。だが一方で、不正規雇用と生涯未婚の人が増えている日本において、一人で生きている人たちを肯定する思想のようなものが求められていると日々、思っている。

 『孤独のグルメ』から派生した『サ道』や『ひとりキャンプで食って寝る』(共にテレビ東京系)といった個人の自己充足を追求する“ぼっちドラマ”に励まされるのは、孤独がそんなに悪いことではないと思えるからで、『コタキ兄弟』にも同じエッセンスを感じる。

 無職のおじさんたちが淡々と生きている姿を毎週見せてもらえること、それ自体に救いのようなものを感じるのだ。

(成馬零一)

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