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「Your Song」誕生シーンが頂点に 『ロケットマン』に見る、エルトン・ジョンの性質と美徳

リアルサウンド

19/8/30(金) 10:00

 ピアノと奇抜な衣装をトレードマークに、グラミー賞を5度受賞、7枚連続でビルボード1位を獲得した記録を持つ世紀のヒットメイカーにして、イギリスを代表するシンガー・ソングライター、エルトン・ジョン。『キングスマン』シリーズでブレイクした俳優タロン・エジャトンが、その半生を演じた伝記映画が本作『ロケットマン』だ。

参考:『ロケットマン』監督が明かす、『ボヘミアン・ラプソディ』との違いとエルトン・ジョンへの共感

 日本でも異例の大ヒットを記録した、クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーを主人公とした伝記作品『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)で、ノンクレジットの後任監督を務め、エジャトンとは『イーグル・ジャンプ』(2016年)でも仕事をしているデクスター・フレッチャーが、正式に監督として手がけた作品としても話題の本作。その出来はどうだったのだろうか。ここでは、『ロケットマン』の優れた特長を挙げながら、そこから与えられる違和感も含めて作品を評価していきたい。

 まず圧倒されるのは、タロン・エジャトンの歌唱力とパフォーマンスである。『ボヘミアン・ラプソディ』とは異なり、ヒットナンバーを人生のところどころにあてはめたミュージカル作品として作られている本作で、エジャトンが躍動し、自身の声で名曲群を見事に歌いあげている。彼がここまで多才な俳優だったという事実に、観客の多くは驚いたのではないだろうか。そして、『キングスマン』シリーズで演じてきた、イギリス労働者階級出身の若者というキャラクターが、エルトンの出自と重なっている部分も奏攻しているといえよう。

 そして、二人三脚で仕事をしてきた作詞家バーニー・トーピンを演じるジェイミー・ベル(『リトル・ダンサー』『リヴァプール、最後の恋』)、エルトンの心理を支配的な影響を与え続けた母親を演じる、意外な配役のブライス・ダラス・ハワード(『マンダレイ』『ジュラシック・ワールド』シリーズ)や、マネージャー、ジョン・リード役のリチャード・マッデン(『ゲーム・オブ・スローンズ』『シンデレラ』)らも想像以上の好演を見せるなど、本作はキャスティングも見事である。

 このあたりは、さすが『キングスマン』シリーズの監督でもある、マシュー・ヴォーンのプロデュース作というところだろう。さらに、『キングスマン:ゴールデン・サークル』(2017年)に出演し、異様にハッスルしていた、伝記の“本人”であるエルトン・ジョン自身も製作に加わっていることが、本作の大きな特徴であろう。自分の伝記を、自分で製作する。本人は監督にかなりの自由を与えたというが、その一方で、“自分の伝記作品がいつか作られるのなら、手の届くところでやってくれた方がいい”といった判断があったのかもしれない。

 エルトンが製作を務めていることが作品に影響していると思われる大きな部分は、ポップスターに対する観客の客観的な興味というより、あくまでエルトンの主観的な視点から、きわめてパーソナルな物語を描いているところだ。レジナルド・ドワイトという“ダサい”本名から脱皮して、「なりたい自分になる」といった感情や、アメリカでの飛躍的成功を、『クロコダイル・ロック』の演奏とともにパフォーマンス通り“宙に浮いた”ような主観的な感覚で表現したり、さらにアーティストとしてとてつもない成功を収めても、母親や父親との関係に苦しめられ続けているといった描写は、本人の実感を下敷きにしたところが大きいはずである。そのなかで最もリアリティを感じるのは、自身がゲイであることで、家族や世間からの偏見に悩み、その反動として、不自然なまでに衣装やパフォーマンスを派手にしていった、複雑な心情である。

 愛情を与えられるべき家族から、十分にそれを得られなかったという、少年期の絶望。このエピソードを、その後の報われない恋愛の描写へとつなげることで、エルトン・ジョンを、いつでも愛情を求め続ける哀しみを持った人物として強調することが、本作のねらいであろう。この一種の精神分析的な単純化が作品のトーンを作り、またそれを表現すること自体が、「なぜ、エルトンは多くの人に愛される楽曲をたくさん作ることができたのか」という、大勢の観客が共通して持っているだろう“問い”への、映画ならではの抽象的な答えとして機能させることができるからである。

 エルトン・ジョンはあくまで、多くのミュージシャンには達成し得なかった大ヒットをものにし、長年にわたって記録を作りセールスを伸ばした、超人的な人物である。その伝記を作るのならば、やはり“なぜそんなことが可能だったのか”という疑問が解消された方が良いはずだ。その答えとして、“自身が生涯にわたり愛を求め続けていたから”というのは、そこに一定の真実が含まれているとはいえ、少々キレイ過ぎるし、不十分ではないかと思えるところもある。

 ここで描かれている、エルトンが苦悩していた家族との軋轢や失恋、孤独な境遇というのは、程度の差こそあれ多くの人々が通ってきているような体験なのだ。天才を描こうとした多くの伝記映画同様、本作は人生のなかの“映画らしい”ドラマティックなエピソードを多く抽出してしまっている。そのようなアプローチでは、エルトンの創造的な特殊性は理解しづらい。「スーパースターだとて、いろいろなことに悩む一人の人間」という、天才を一般的なレベルに降ろすような、わりと凡庸な内容になってしまう。

 その一方で、現在までの仕事上でのパートナーであり、盟友でもあり、また片思いの相手でもあったバーニーとの親密な関係や、作詞・作曲のコンビ結成から離散、再結成までの流れを主軸とした描写については、いずれも特別な美しさがある。ここまで仲良しな仕事上の相棒というのは、なかなかないのではないだろうか。

 エルトンがエスカレートさせていく派手な衣装やパフォーマンスという“不自然さ”の対極にあるのが、二人とも本当に作詞と作曲が好きだという、根っこの純粋さがあるという部分である。そのような、ある種の地味な性質があったからこそ安定してコンビが続けられたし、長年精力的に仕事を続けることができたというのが、本作を観ることで理解できるのだ。それは、日本でいえば自伝漫画『まんが道』に描かれた漫画家コンビ、藤子不二雄の関係をも彷彿とさせる、創造への素朴な愛情と、互いへの信頼と尊敬を感じ、こころを揺さぶられる部分である。

 それが頂点に達するのが、名曲「Your Song(僕の歌は君の歌)」誕生のシーンであろう。苦しい時期に一緒に暮らしていた二人。バーニーがエルトンに渡したのは、「まだ十分じゃないと分かってるけど、これは僕にできる精一杯。僕の贈り物は“僕の歌”、そしてこれは“君の歌”なんだ」という、謙虚な態度の歌詞だ。誰もが聴いたことがあるだろうこの歌は、男女のラブソングではなく、バーニーのエルトンへの誠実な心が込められた歌詞の贈り物だったのだ。そして、それは長く続く作詞・作曲コンビの、互いを尊重し合う関係を暗示してもいる。

 バーニーが朝食を食べている間に、曲をつけ弾き語るエルトンは、その歌詞に素晴らしく甘く美しいメロディを与える。それは、人生に何度とない奇跡の瞬間であり、本作で最も感銘を受ける場面である。だが、その一方で、なぜバーニーがこれほど豊かな表現力があったのか、その能力をかたち作った文学などからの影響については、あまり描写されていない。

 その後、うなぎ登りに快進撃を続けていく描写は、むしろ類型的といえるかもしれない。超売れっ子ミュージシャンにありがちな、曲づくり、レコーディング、ライブなどのルーティンワークやドラッグへの逃避、母親へのゲイであることのカミングアウト、自殺未遂や療養など、ロックスターである自分や家族との関係がつづられていく内容は、「Your Song」のシーンが持っていた特別な感動からはトーンダウンしていくことになる。

 その意味では、光るシーンがあった前半部に比べ、型にはまった後半部を勘定にいれると、総合的に本作は中間的で、ありふれた印象が与えられる出来になっているといえないだろうか。とはいえ、一方でそういった一種の安心感もまた、本当にたくさんのファンから愛されているエルトン・ジョンの性質や美徳なのだと思えば、一つの人生を切り取った映画作品として、納得できるところもある。それも含め、本作は象徴的な一作になっているといえよう。(小野寺系)

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