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りぼん、なかよし、ちゃお……90年代、少女マンガ誌の逆転劇はどう起こされた?

リアルサウンド

20/8/16(日) 10:00

 小学校女子向けマンガ誌のトップは2001年以降「ちゃお」である。しかし90年代まで「りぼん」「なかよし」「ちゃお」の順だった。この逆転は、いかにして果たされたのか?

『ちびまる子ちゃん』を『セーラームーン』で追う――「りぼん」vs「なかよし」

 1990年、「りぼん」は『ちびまる子ちゃん』がTVアニメ化して大ヒットし、『サザエさん』を抜く高視聴率を達成する。91年まででコミックスは累計1600万部。このとき「りぼん」200万部前後、「なかよし」80万部前後。一方「ちゃお」は20万部を割っていた(『出版指標年報1992年版』)。

 92年から93年にかけて、「りぼん」を追う「なかよし」の部数が急増する。それまで「なかよし」は70年代後半に『キャンディキャンディ』人気で180万部に達したのが最高部数だったが、武内直子の『美少女戦士セーラームーン』の登場によって記録を更新したのだ。92年9月号には105万部だったものが、93年9月号では205万部に。

 「なかよし」は80年代にはあさぎり夕が看板作家になり、等身大のラブストーリーが主要連載作品とし、80年代末になるとメルヘンちっくなギャグストーリーである猫部ねこ『きんぎょ注意報!』が登場、アニメ化もされて大人気となっていたが、90年代初頭に大きく転換する。

 『セーラームーン』以外にも90年に秋元奈美『ミラクル☆ガールズ』、93年にはCLAMP『魔法騎士レイアース』の連載が始まり、変身、魔法、超能力のようなファンタジックな要素を取り入れた作品が多く誕生。このファンタジー路線によって「なかよし」は93年9月号の発行部数は過去最大部数の200万部を超えた(『なかよしArtBook 創刊65周年記念「なかよし」展公式図録』)。

 当時「なかよし」編集長だった入江祥雄は「創」93年9月号のインタビューで『セーラームーン』のヒットについて、こう語っている。

 少女マンガの主流は「りぼん」でやっているような学園・恋愛ものだった。しかし小学生の女の子が求めているのはそればかりではなく「どこへでも行きたい」「何にでもなりたい」といった願望もある。超能力や夢と冒険、非日常的な設定もウケるはずだ――そう考えて『セーラームーン』を仕掛けたのだという。

 『セーラームーン』は最初から意識的にメディアミックスを考えた作品でもあった。連載は91年暮れ発売の92年2月号からスタートしたが、92年3月にTVアニメがスタート。この「連載開始時点からアニメ化を準備」という試みは、91年に『きんぎょ注意報!』のメディアミックスを経験していたからこそできた。

 マンガ雑誌では作品の完成までギリギリまで粘れるが、アニメは脚本を放映半年前には終えていなければならず、グッズはもっと早い時期から用意しなければならない。だから原作はどのあたりでどういう展開になるということを早い段階で決定し、「雑誌の何月号ではこういうアイテムが出る」と決めてスタート。

 ファンタジー路線という新機軸とメディアミックス展開で「なかよし」は「りぼん」を猛追した。

 それでもなお『ちびまる子ちゃん』『ときめきトゥナイト』『姫ちゃんのリボン』というモンスターヒットを擁する「りぼん」は230~250万部でトップを維持。「りぼん」は人気作品を複数抱えることで他誌を圧倒していたのだ。

「ちゃお」大逆転の施策①付録の強化

 1992年は、「ちゃお」が台頭した年でもあった。小学館には女児向けマンガ誌として「ちゃお」「ぴょんぴょん」の2誌を持っていたが、両誌とも低迷していたことを打開するため、「ぴょんぴょん」を休刊して「ちゃお」に吸収し、40万部を発行して勝負に出る。それまでは雑誌が赤字のために控えめにしていた付録は「りぼん」「なかよし」並みの強力なものを付けたが、これが功を奏した(『出版指標年報1993年版』、辻本良昭『私の少女漫画史』)。

 マンガ雑誌をマンガ中心に捉えると付録の存在は死角となり、オマケ扱いしかされないが、読者にとっては購買を左右するきわめて重要なものだ。70~80年代の「りぼん」の付録について何冊も本が刊行され、語られ続けているように、90年代には「ちゃお」の付録が化けた。

「ちゃお」大逆転の施策②TVアニメを途切れさせない

 「ちゃお」躍進をもたらした理由は、低学年女子を獲得するために付録を充実させ続けたこととマンガのTVアニメ化を途切れさせなかったことだと、辻本は語っている。

 辻本のところにいがらしゆみこが「TVアニメ化が決まってるんだけど、私のマンガ、連載しない?」と連絡してきたことから、恐竜マンガ『ムカムカパラダイス』(原作:芝風美子)が93年9月号から連載開始、9月からアニメが始まる。

 後番組はやはり「ちゃお」連載の『とんでぶーりん❤』。ほかにも90年代中盤から『新水色時代』『少女革命ウテナ』『キューティーハニーF』『ウェディング❤ピーチ』『Dr.リンにきいてみて!』などが次々と「ちゃお」発でアニメ化、またはアニメを前提とした企画のマンガ連載が「ちゃお」に持ち込まれるようになっていく。

 「ちゃお」が赤字だったにもかかわらず、編集部はTVアニメのスポンサーになり続けた(提供料を負担し続けた)。いくら払っていたかは不明だが、辻本によれば「ちゃお」が「なかよし」「りぼん」を抜いたころでもなお累積赤字を抱えていたという。勝つためにリスクを取り、張ったのだ。

「ちゃお」大逆転の施策③「おはスタ」を通じての頻繁なリテンション

 さらに「ちゃお」に追い風をもたらしたのが、97年に始まった「おはスタ」である。小学館が全面協力した小学生向けバラエティ番組「おはスタ」は、「コロコロ」や「ちゃお」関連情報を平日「毎日」届けた。

 少女マンガ雑誌のペースは月刊、つまり月1で読者にリテンションを与えるものだったのが、週1回のTVアニメ放送よりもはるかに頻度が高く情報やコンテンツが届けられるようになった。当たり前だが、月1回書店を通じてしか手に入らないものよりも、週5回TVで放送されているもののほうが認知度は高まり、親しみは増しやすい。

 さらに同じく97年には『ポケモン』ブームに合わせて「ちゃお」でも月梨野あゆみ『ポケットモンスターPipiPi★アドベンチャー』が始まっている。

 「おはスタ」と『ポケモン』の登場こそ、97年に小学生男子にとってのトップ雑誌の座を「ジャンプ」から「コロコロ」に奪取させ、以降、「小学生男子はコロコロ。ジャンプは中学生から」という棲み分けを決定的にしたものだったが、女児マンガ市場に対しても大きな影響を与えたのだ。

 「学校図書館」2011年11月号では、「ちゃお」は人気アイドルのマンガやグラビアページなどを売りにして小学生女子の心をつかんだ、と分析されているが、そうした施策は「おはスタ」と連動したがゆえに効果を倍増させることができた。

「ちゃお」大逆転の施策④読者年齢の設定をブレさせない

 もうひとつ「ちゃお」が違った点がある。

 「創」2011年5・6月号で小学館の都築伸一郎・第一コミック局チーフプロデューサー(当時)は「小学生までは、まだマンガが総合娯楽誌としての役割を果たしているのです。その上の年齢になると、ファッション誌などを選択する読者が増え、マンガをコミックスで読む傾向が強くなってきています。かつては大部数を誇った『りぼん』『なかよし』が部数を落としていった一因として、読者年齢の上昇が挙げられるでしょう」と語っている。

 長期人気連載作品が雑誌の読者年齢を引き上げてしまうことはよくある。だから意識的にリセットして対象年齢を下げなければ、ターゲットがブレていく。何歳から何歳向けの雑誌なのかというポジショニングがブレると、誰にも刺さらないものになっていく。個別の大ヒット作品が生まれたとしても、雑誌としては選ばれなくなってしまうのだ。

 しかし「ちゃお」はブレなかった。

時代に合わせた「総合娯楽メディア」としての「ちゃお」

 94年後半から「なかよし」「りぼん」の部数は下降し始め、96年末には「りぼん」180万部、「なかよし」110万部(『出版指標年報1997年』)。それを部数を伸ばす「ちゃお」が追いかけた。

 以降も流れは変わらず、2001年には「学校読書調査」の「読んでいる雑誌」ランキングの小学4、5年女子で「ちゃお」が「りぼん」を抜いてトップになり、翌2002年には100万部を突破して小6女子でも「ちゃお」がトップになる。2005年には「りぼん」「なかよし」を足した部数より「ちゃお」が大きくなった(「創」2005年6月号)。

 もちろん「ちゃお」とて少子化の波には抗えず、その後の部数は減少傾向にあるが、アニメや『アイカツ!!』など他の媒体やIPとの連動を行い、付録を丁寧に作り、『12歳。』『極上!!めちゃモテ委員長』『いじめ』などのオリジナルヒット作品の力によって、2010年代後半以降も小学生女子向けマンガ誌ではシェア70%前後を維持している。

 「ちゃお」は連載作品からヒットを生み出すだけでなく、コンテンツを子どもの生活サイクルに組み込ませること、流行や時事風俗を取り入れること、強い影響力を持つTVと連携することを仕組みとして完成させ、継続したことで、小学生人気を盤石なものにした。

 マンガ雑誌の歴史を遡ると、そもそも「なかよし」や「りぼん」は創刊当初「総合娯楽誌」として誕生し、マンガはいくつかあるコンテンツのひとつを構成しているだけだった。それがマンガの人気に引きずられるようにしてマンガの比重を増していき、80年代から90年代にかけてコミックス単行本が雑誌以上に売れるようになっていくと「マンガ単行本の元になる原稿を連載するためのマンガ雑誌」という位置づけに変わっていった。

 ところが「ちゃお」だけは「マンガを連載するためのマンガ雑誌」ではなく、「小学生女子向けの総合娯楽誌」を意図していた――時代に合わせて、かつての総合娯楽誌とは装いを変えたものとして。それこそが逆説的に、女児向けマンガ誌として「ちゃお」が選ばれるようになった理由なのだ。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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