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樋口尚文 銀幕の個性派たち

宍戸錠、遊戯きわめた個性派の鑑

毎月連載

第42回

20/2/6(木)

写真:毎日新聞社/アフロ

宍戸錠が86歳で逝った。1933年に大阪で生まれ、のち東京の滝野川に転居して少年時代を過ごす。父の事業が成功していたので豊かな家庭で育ったが、小学校六年生の時に東京大空襲に遭い、家を失った。父は疎開先の宮城に家を建てたので、日大芸術学部に進むまではそこで暮らした。そんな波乱を思春期に経験した宍戸だが、敗戦後の貧しくも自由な時代の空気を存分に吸いながら彼はのびのびと、ポジティブな個性を培っていった。

折しも日本映画の黄金期、しかも製作を再開したばかりの1954年の日活に、宍戸はニューフェイスとして採用される。当時の日活はいわゆる“五社協定”の縛りで他社のスタアを起用することはできなかったので、既成の有名俳優を移籍させるか、一から自前の俳優を育てあげるかしかキャスティングの手立てがなかったので、ニューフェイスにかける期待も大きかった。宍戸はその新人発掘のニューフィス募集の栄えある第一期生であったが、その後も続々と石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、二谷英明、浅丘ルリ子、吉永小百合といった後のスタアたちが見出されていった(芦川いづみは川島雄三監督に続いての松竹からの移籍組)。

宍戸は早々に1955年の久松静児監督『警察日記』で爽やかな警察官に扮して銀幕デビューしたが、そのアクのない二枚目ぶりだけでは早晩フレッシュな新人たちに追い抜かれるであろうと踏んで、なんと翌年には自らの頬にオルガノーゲン(かつて豊胸材として使用されるも安全性の観点から使用禁止になった)を注入して膨らます整形手術を行った。見た目をグラマーに見せたり、シャープに見せたりする整形手術はいくらでもあるだろうが、まさか自分をふてぶてしい異色の面立ちに変えるための手術を、しかも当時の映画スタア候補生がやってのけたというのは、今もって信じがたい決断だ。

もちろんこの“個性派”志向の手術は会社には無断であって(その衝撃は事務所に無断でショートカットにしたキョンキョンの比ではない)、まさに俳優人生の大博奕であった。それにしても“豊頬”というのはなかなか思いつかないことだと思うのだが、宍戸によればそのアイディアル・イメージは『第三の男』のオーソン・ウェルズであったそうで、言われてみればなるほどという感じである。

だが、この“個性派”作戦はみごとに奏功し、“エースのジョー”とあだ名された宍戸は、『渡り鳥』シリーズや『拳銃無頼帖』シリーズなどの無国籍アクションで正調二枚目スタアたちの好敵手、敵役として重宝され、一方では独自の主演作も増えていった。宍戸主演の作品は、荒唐無稽で屈託ない無国籍アクションのファンとは違ってクールでスタイリッシュなハードボイルドやフィルム・ノワールのファンが好んだ。鬼才・鈴木清順監督と組んだ『探偵事務所23』シリーズなどはハードボイルド・ファンに未だ絶賛されているし、『野獣の青春』などはジョン・ウー監督がぜひリメイクしたいと意欲を表明していた。その宍戸の高感度な演技と清順演出の遊戯精神が行くところまで行った感のある『殺しの烙印』は当時の日活から監督が追放され、訴訟が起こるというおおごとに発展した。だが、パロマの炊飯器の蒸気に欲情するという奇異なる殺し屋を何食わぬ顔で飄々と演じ、主役俳優が死ぬなどご法度のプログラム・ピクチャーにあって「ナンバーワンは俺だ!」と叫びつつ虫けらのように殺されるアンチヒーローを機嫌よくやってのけた宍戸は本当に凄いと思う。

もちろんここまで極まった作品でなくても、常に宍戸はガンプレイからコスチュームまで自在にアイディアを出して現場を鼓舞し、その線での代表作に違いない野村孝監督『拳銃は俺のパスポート』における大胆なガンプレイは何度観ても痺れるカッコよさだ。しかし、日活撮影所がロマンポルノ路線に転換し、製作費の要請から日常のトリビアリズムに傾斜してからは、あの贅沢な虚構あってこその“エースのジョー”の棲みかはなくなってしまった。以後の宍戸は、むしろ『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』や『スターウルフ』といったテレビ番組で、その遊戯感覚を発散していたかもしれない。

そしてそんな宍戸がゼロ年代に入って虚構性へのパスポートとしていた頬のオルガノーゲンを摘出した後、70歳を過ぎて石井隆監督『花と蛇2/パリ・静子』で性愛への妄執をたぎらせる老人に扮した時は驚いた。これは逆に“エースのジョー”にはできない、同じ日活でも“日活ロマンポルノ”的表現であって、まだ俺にはこんな新しいことができるんだぜ、という遊戯精神の健在を感じたのであった。軽快で知的な銀幕の遊泳者に、合掌。



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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