Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

朝岡聡 オペラが呼んでいる!

小さなオペラに最高の感激!~「アマールと夜の訪問者」~

毎月23日

第20回

20/9/23(水)

「アマールと夜の訪問者」の舞台。後ろにアマールと母、前列に従者と3人の王様/東京文化会館©飯田耕治

20世紀アメリカのオペラ

先日、泣けるオペラに立ち会った。

と言っても、プッチーニやヴェルディではない。それは私が初めて生で観るオペラ。アメリカのメノッティが台本と作曲を担当して1951年に初演した『アマールと夜の訪問者』。私が毎年参加している東京文化会館主催「オペラBOX」の今年の演目で、ストーリーは新約聖書の三王礼拝をモチーフにしている。

物語はこうだ。母親と二人で貧しい暮らしをしているアマールは足が不自由な少年。クリスマスの晩にまばゆい星を見つけた。その直後、救い主に捧げる宝物を持って旅をする3人の王が、しばしの休息を求めてやって来る。親子に加え、村人や羊飼いも加わりささやかなもてなしが終わり、皆が寝静まった頃、母親は貧しさに耐えかねて宝物の黄金を盗もうとしたところを見つかり大騒ぎに。

母を必死にかばうアマールに心打たれた王の一人が母親を許し、黄金を与える。しかし母親はそれを辞退し、自分たちの貧しさを嘆くと、アマールは自分の松葉杖を捧げて! と差し出す。すると、彼の足が立ちどころに治る奇跡が起こる。喜び跳ねるアマールは、王たちと共に御子に杖を渡す旅に同行するのを望む。旅立つ息子を母親はいつまでも見送っていた…。

出色の歌手たち

「オペラBOX」の会場は東京文化会館の小ホールだ。今回は、オリジナルはテレビ用に書かれた1幕の小さな作品。派手な恋愛モノではないし、音楽はピアノとクラリネット、チェロと室内楽規模である。だが、そのこじんまりとしたオペラに最大級の情熱が注ぎ込まれた。

まずは歌手陣。貧しさと自らの障がいに負けず、明るくひたむきに生きるアマールを歌ったソプラノの盛田麻央。いわゆるズボン役だが「少年」のピュアな心や意思をしっかりと声で表現していて素晴らしかった。王様たちの宝物の中に「僕の足を治せるものはないの?…」と思わず尋ねる場面や、盗みを働いてしまった母親をかばって「母さんをいじめるな!悪いのは僕だ」と必死に抵抗する場面などは、まさに昔の映画界の天才子役的巧さだった。

ピュアな心持つ少年を熱演のソプラノ盛田麻央(前)/東京文化会館Ⓒ飯田耕治

3人の王様の中ではテノールの小堀勇介。いつもはロッシーニやドニゼッティなどベルカント・オペラで流麗な歌声を聴かせる彼がひと味違った味わいのキャラクターを演じた。耳が遠くて、何度も聞き直す老王をコミカルに印象深く演じるのは誠に新鮮。大いなる発見のある舞台だった。

旅の目的を母親に話す王様たち。右端がカスパール王(小堀勇介)/東京文化会館Ⓒ飯田耕治

だが、なんと言ってもすごかったのが母親役の山下牧子。もう、抜群の存在感である。母一人子一人の生活、心は分かっていてもコミュニケーションがかみ合わないイライラ。来訪した王様たちへの精一杯のもてなし。貧しさゆえに逡巡した挙句に黄金に手を出してしまう哀しさ。愛する息子の旅立ちを寂しさを抑えながら見送る母親…。

どの場面も母の真実そのものに溢れていた。それは単に歌うだけでもなく、演ずるだけでもない舞台。こういうことが出来るオペラ歌手が一流だと思う。芝居なら叫ぶだけで良いかもしれないし、歌だけなら楽譜通りに歌えば破たんはない。だが、オペラでは芝居における演技と音楽的な歌の表現の妙なる融合があってこそ、客席の共感と感動が得られる。

この度の山下の母親役には、それがあった。ゲネプロ見た時から、その迫真の舞台に泣いてしまったほどだ。

貧しさから黄金に手を出してしまう母親。メゾソプラノの山下牧子の熱唱と熱演に唸らされた!/東京文化会館Ⓒ飯田耕治

こんなオペラが観たかった!

それを引き出したのが演出の岩田達宗と指揮の園田隆一郎。このオペラのテーマを現代社会が抱える深刻な問題と捉えて『闇が深まるならば、同時に光もまた輝きを増さねばならない』として描いた岩田と、登場人物の心模様を室内楽で丁寧に紡ぎ出した園田。このコンビネーションも秀逸だった。

厳しい状況下にオペラの感激と希望の星を見た公演だった。

以前も良いオペラをあれこれ探してはいた。ただ、どうしても海外公演や有名歌手の登場する大きな公演と名作に注目しがちだった。しかし、コロナ禍のもと、ようやく再開しはじめた国内の小規模オペラ。全スタッフが一つになって完成させた手作り感満載の舞台。そこで最高の感激を見つけた。

それはまさに希望の明星だった。

プロフィール

朝岡聡

フリーアナウンサー、コンサートソムリエ。テレビ朝日時代は「ニュースステーション」やスポーツ中継を担当。フリーになってからはTV・ラジオ・CMに加え、クラシックやオペラのコンサートの企画・司会にもフィールドを広げて活動中。特にバロックからベルカントのオペラフリーク。著書に「いくぞ!オペラな街」(小学館)、「恋とはどんなものかしら~歌劇的恋愛のカタチ~」(東京新聞)など。日本ロッシーニ協会副会長。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む