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Twitterでブレイク『私のジャンルに「神」がいます』はなぜ支持された? 同人活動が教えてくれる、創作の意味

リアルサウンド

20/11/21(土) 10:00

 「おけけパワー中島」のパワーワードで話題をさらった、真田つづるの『同人女の感情』が、『私のジャンルに「神」がいます』とタイトルを変え書籍化された。本作は、「神」と呼ばれる実力を持つ書き手のいるジャンルで、同人活動を行う女性たちの悲喜こもごもをオムニバス形式で綴った作品だ。

 2次創作の世界に詳しい人ならうなずく瞬間がたくさんある作品だろう。しかし、本作は2次創作ジャンルのあるあるネタでは終わらず、広く創作活動における苦しみと喜びにつながる感情を描いている。同人ジャンルに集う人々は、どうして創作するのか、そして創作を続けるのか、創作がなぜ人に必要とされるかについて真摯な姿勢が詰め込まれている作品だ。

プロでないからこそ「なぜ作るか」に深く悩む

 創作活動は、大量にエネルギーを消費する。どんな分野でも何かをゼロから作るのは大変なことだ。

 2次創作の世界は、アマチュア作家によって支えられている。社会人として生活のために本業に従事するだけでも大変である。社会で生き抜くだけでも大量にエネルギーを消費するのに、さらに創作活動をしている情熱的な人々が集まるのが同人の世界だ。

 本作に登場する人物たちも一様にみな、好きな作品への情熱が高じて創作に乗り出した人々だ。しかし、始めの一歩を踏み出しても続けるためには、「なぜ自分は作るのか」を問い続けなくてはならない。その問いに自分の中で答えを出すこと自体にものすごくエネルギーを消費する。

 第4話「前人未到の0件ジャンル」の主人公は、自分がハマった作品の同人作品が全く見つからないことにショックを受け、友人に背中を押され自分で書くことを選ぶ。実力のなさに一度はあきらめるが、作品の原画展に感動したことをきっかけに文章表現にみがきをかけて、再び書き始める。第5話「初めての原稿地獄」で初の同人誌作りに挑戦する主人公は、全く仕上がらないことに焦りを感じ、「こんなに苦しんでまで書く意味ってあるのかな」と自問自答する。

 彼女たちはアマチュアだからこそ、「作る理由」について悩む。下手くそなのに書いてどうするのか。苦しんでまで書くことに何の意味があるのか。それらの悩みは、ある意味ではプロよりも深いかもしれない。プロには、「生活のため」という明確な「作る理由」があるからだ。

 筆者はブログ出身のライターだが、やはりブログを書く理由を何度も悩んだ。生活費の足しになるほどのアクセス数があるわけでもなく、将来ライターになることも想定していなかったし、面倒くさくなることもあった。今、原稿料をもらって文章を書く立場になって、「書く理由」で頭を悩ます機会は減り(次々と締切が迫ってくるので悩んでいる暇がない)、その分のエネルギーを書くこと自体に回せるようになった。

 プロは「お金」を口実に、作る理由について悩む膨大なエネルギーを創作自体に使えるのが利点なのだと気が付いたのだ。これは大きなメリットだと思う(もちろん、プロにはプロの悩みがあるが)。だが、一方で原始的な創作の喜びを忘れてしまうこともある。ブロガー時代の方が、純粋に書くことに向き合っていたのではないかと思う瞬間がある。

 本書を読むと、アマチュア作家のほうが「作る理由」について、プロよりも深く悩むこともあるのではないかと感じる。同人作家やブロガーが一人減ったところで社会全体に大きな影響があるわけではないし、それで生計を立てているわけでもない。それでも作るのはなぜなのか。

 インターネットが発達して、だれもが作ったものを発信できるようになった時代、ネット以前の時代には一部の人のものだったその悩みは、多くの人にとって切実なものになった。本作はその悩みにとても真摯に向きあっている。

褒めることの大切さ

 同人活動は好きだからやるもの。もし誰にも読んでもらえなくても、自分の純粋な喜びのためにやっているのだから、それでも構わない。そう考えていたとしても、やっぱり誰かに褒められると嬉しいし、創作意欲も増す。同人文化を支えているのは、「褒め」の文化なのだということも本作は描いている。

 本作に登場するツイッターアカウント「おけけパワー中島」は、気さくな言葉と態度で「神」と呼ばれる書き手、綾城さんの作品をほめる。それがどういうわけか癇に障る印象を与えるのだが、そのちょっとした「褒め」が実は作家たちの救いになっていることを描いているのが本作の美点だ。中島のツイートが気に入らない主人公たちも、やはり誰かに褒められることで創作する喜びを実感するのだ。

 「褒め」が創作者にとって大事だと筆者は学生時代に教わった。筆者が通っていた映画学校の当時の校長は、教育理念として「学生の実習作品は何がなんでも褒める」という信念の持ち主だった。どれだけどうしようもなく、目も当てられないほどに稚拙な出来でも、隅々までくまなく作品を見つめ、良いポイントを絞り出して褒める人だった。それはもはや職人芸の域に達しており、「そんな見方があるのか」と何度も驚かされたものである。

 当時の校長は、佐藤忠男という高名な映画評論家だったのだが、その着眼点の多彩さと絶対に褒めてみせるという尋常でない気迫に、学生時代の筆者は圧倒され、プロの評論家の矜持を感じた。

 本作を読んで、映画学校時代に教わった初心に戻れたような気がした。筆者もだれかにとっての「おけけパワー中島」でありたいと思う。「神」と呼ばれる書き手になれなかったとしても、筆者のような凡人でも「おけパ」にだったらなれるはずだ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■書籍情報
『私のジャンルに「神」がいます』
著者:真田つづる
出版社:KADOKAWA
価格:本体1,000円+税
出版社サイト

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