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いま、最高の一本に出会える

ザ・ブルーハーツはいかにして時代を変えたか? 元ドラマー梶原徹也が語るバンドブーム前夜

リアルサウンド

15/12/14(月) 14:00

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 80年代の邦楽ロックカルチャーについて、当時のメディアを手がけたキーマンや、その時期に青春をすごしたミュージシャンたちのインタビュー証言を中心に、各シーンに詳しい音楽ライターから寄稿されたレビューも収録したムック本『私たちが熱狂した 80年代ジャパニーズロック』が、12月14日に辰巳出版より発刊される。

 インタビュー企画には、仲井戸麗市(RCサクセション)、町田康やケラリーノ・サンドロヴィッチ、梶原徹也(ex.ザ・ブルーハーツ)、寺田恵子(SHOW-YA) 、杏子といったミュージシャンのほか、田口トモロヲ、角田光代などの文化人、さらには森川欣信(オフィス オーガスタ代表取締役)、道下善之(ソニー・ミュージックアーティスツ)などの音楽業界関係者が登場。同書の編集を担当したのは、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintで、小野島大や中込智子、兵庫慎司、市川哲史、ふくりゅう、冬将軍といった同時代に詳しい評論家・ライター各氏も寄稿している。

 リアルサウンドでは同書の発売に先駆け、掲載記事の一部を紹介してきたが、今回はザ・ブルーハーツの元ドラマー・梶原徹也のインタビューを掲載。梶原の加入をきっかけに、ブルーハーツは「人にやさしく」 「リンダリンダ」などをリリースし、まさに歴史的なブレイクを成し遂げた。そんなバンドブーム全盛期のビートを作ったともいえる梶原が、80年代の熱狂に感じていたこと、そして今もなお若者に支持を得るバンド、ブルーハーツについて考えることは何か。音楽ライターの吉羽さおりが迫った。

「『俺たちがデビューしたらすごいよ、世界変わるよ』みたいな、そういう自信に満ちていました」

――そもそも、ザ・ブルーハーツに加入する以前に、梶原さんが最初にドラムという楽器に触れたのは、どういったきっかけからですか。

梶原徹也(以下、梶原):最初はビートルズですね。中学の頃にビートルズのリバイバルブームがあって、それでハマったんですが、最初からドラムだったんです。リンゴ・スターがかっこよかったのか、ドラムがかっこよかったのか、わからないですけれども(笑)。ただ、洋楽は聴くものという感覚でした。ビートルズも、なんだかんだいって難しいバンドだったし。キング・クリムゾンやレッド・ツェッペリンとか、難しいバンドがどんどん出てきて。だけど77年に、パンクが登場して。その頃ちょうど高校生だったんですが、不登校だったんです。昼間は寝て、夜になるとラジオを聴いたりしていて。周りには繋がれる人がいなかったけど、ロンドンからは呼ばれている――クラッシュの「ロンドン・コーリング」が聴こえてくるわけですよね(笑)。これは、やれって言ってる! と。そのインパクトは大きかったです。

――それを日本語でやっているようなバンドが、ブルーハーツでもあったわけですか?

梶原:直接ブルーハーツに繋がるのはもう少し後なんですけど。僕はバンドをやりたくて東京の大学に通っていて、いちばんプロになりたかったのは、その頃でした。だけど、実際にライブハウスに出るようになると、例えばシーナ&ロケッツとかRCサクセションが出ていた屋根裏のステージに立てていることに、それだけでよろこびを感じて。ロックの世界は垣根がなくて、アマチュアで活動が盛んになってくると、プロとも接点ができて仲良くなっていく。そうなってくると、「プロになる」というよりは、こういうロック・シーンのなかで自分は生きていくんだろうな、という思いになった。その時にブルーハーツのドラマーが辞めたという噂があって。ドラムを探しているからセッションしてみたら? っていう話がきたんです。

――メンバーとの初の顔合わせの時は、どんな経緯だったか覚えていますか。

梶原:先輩のイベントにブルーハーツが出ていたので、チケットのもぎりをしながら、ライブを観せてもらったのが最初です。それで、メンバーにちょっと挨拶をして。でもライブを見た時は、あらゆる面で規格外で、正直理解不能でした(笑)。イメージとしてのパンクはトンがっているというか、怖いところもあったと思うんですけど、「人にやさしく」では、〈聞こえるかい ガンバレ!〉とか 歌っていて(笑)。その後に、「セッションをやるから曲を聴いておいて」とテープを渡されて、歌詞をちゃんと聴いたら、“こんなことを歌っていたのか”と感動したんですよね。やっぱり、パンク世代として同じものを感じました。

――バンドとして世に出ていくにあたって、なにか〝しでかして〞いこうというムードや気概はあったんでしょうか。

梶原:よく覚えてるのは、マーシー(真島昌利)の「デビューして1年したら俺たちはローリング・ストーンズの前座をやって、ワールドツアーをやってるはず」という言葉ですね。それはずっと言ってました。「世界を変えるんだ」というよりは、 「俺たちがデビューしたらすごいよ、世界変わるよ」みたいな、そういう自信に満ちていましたね。

「70年代後期のパンクの登場以降は、自分たちのロックンロールが出てきた感じがあった」

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――結果的には、今に至るまで音楽シーンにおいてのブルーハーツの存在は大きいもので、解散後も大きな影響力を持っていますよね。

梶原:それはあとから言われて「そうだったのか」くらいの感じなんですよ。当時は毎日、毎日ツアーで、その間にレコーディングをしてというものだったから。毎日、全力投球で。もちろんお客さんがいてくださったから、武道館や代々木のオリンピックプールでライブができたんですけども。それがどれくらいの影響力を持って、社会的にどう繋がっていくのかは、その時は考えたこともなかったですね。解散から20年経っても、いまだにこうして話をしてくださるというのは、不思議というかありがたいというかね。

――当時、ロックもパンクも、ポップスも、百花繚乱の芳醇な時代だったと思います。それだけに、はちゃめちゃな感じもあったんですか。

梶原:確かに、はちゃめちゃな人たちはいましたけどね(笑)。でも僕らはアスリートみたいだったから、もうライブが終わるとクタクタで。当時は、大きなバスに乗って何バンドかでツアーをすることも多かったんですけど、一緒になったバンドとも、ホテルで部屋飲みをしていることが多かったですね。よく一緒にライブに出ていたのは事務所が一緒だったこともあってECHOES、あとはRED WARRIORS、UP-BEATやラフィンノーズ。その上の世代となると、頭の上がらない方たちがいっぱいいます(笑)。

――先輩方と一緒になるときには、音楽の話もされたのでしょうか?

梶原:ドラムの話はよく訊きました。 RCサクセションの新井田耕造さんに、「あのアルバムは一発で録ったんですか」とか。 「リズムボックスは使わずに録った」と言われて、あんなに正確なリズムを生で録ったのかとガツンとやられたりね。あとはライブハウスでやっている頃のBOØWYを知っていたので、高橋まことさんにお会いした時、「あの時のドラムセット、面白かったですよね」と言ったら、いろいろと話してくれたりして。そういえば、ブルーハーツ時代は黒のタンクトップが僕のトレードマークでしたけど、あれはパンク・ドラマーの脈々とした歴史があって。アナーキーの小林(高夫)さん、ARBのKEITHさん、高橋まことさんも黒のタンクトップだったんです。僕も、その系譜に入れさせていただきました(笑)。

――80年代という時代、ブルーハーツで過ごした時代をどう振り返りますか。

梶原:70年代後期のパンクの登場から、メジャー・デビューをするかしないかあたりまでは、「時代が変わるぞ」というか、自分たちのロックンロールが出てきた感じがありましたね。やんちゃで、いい意味でライブハウスで暴れまわっている人たちがいっぱいいたんです。もう、なんでもありでしたね。たとえば、ハナタラシや非常階段とか、いきつくところまでいっちゃった人たちがいたり。ハードコアバンドで言えば、GHOULやG.I.S.M.とかLip Creamとか、かっこいいバンドがいて。表現方法は違ったとしても、今も元気でやっている人たちもいるんです。今のBRAHMANにしても、そういったハードコアのバンドが大好きで、脈々と繋がっている部分もある。そういう意味では、エネルギーがあった楽しい時代でしたね。

【続きは書籍でお楽しみください】

(取材・文=吉羽さおり)

■梶原徹也(元ザ・ブルーハーツ)
1963年、福岡生まれ。ドラマー。大学時代、ライブハウスのアルバイトでザ・ ブルーハーツと出会い、1986年4月に正式加入。モヒカンと黒のタンクトップをトレードマークに、パワフルな演奏で人気を博す。解散後はThe 3peace、THE BIG HIPなどを経て、ソロユニット「THUNDERBEAT」を始動。現在はサルサガムテープ、太陽ドラムでも活動し、社会貢献活動も積極的に行っている。

■鼓童 最新作「混沌」
12月19日(土)、23日(水)
東京/文京シビックホール
太鼓芸能集団 “鼓童” のツアーが、 佐渡島公演を皮切りに全国11会場にて開催中。

芸術監督/坂東玉三郎
ドラム監修/梶原徹也
Infomation 鼓童 0259-86-3630
https://www.kodo.or.jp/

■リリース情報
『私たちが熱狂した 80年代ジャパニーズロック』
発売:12月14日(月)
価格:¥1,296

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