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『義母と娘のブルース』感謝せずにはいられないフィナーレに “愛”に溢れたドラマの軌跡を振り返る

リアルサウンド

18/9/19(水) 12:15

「私が笑ったら自分が笑った気になるってさ、私が傷つけられたら自分のことみたいに怒るってさ、自分が欲しかったもの全部あげたいってさ、そういうの、そういうのね、世間では愛っていうんだよ」

 ついに最終回を迎えてしまった『義母と娘のブルース』(TBS系)。仕事はできるのにそれ以外となると恐ろしいほど不器用で謙虚で愛らしい亜希子(綾瀬はるか)と、父・良一(竹野内豊)ゆずりの太陽のような朗らかさを持ったみゆき(上白石萌歌)の日常をまだまだ見守っていきたかった。そして大樹(井之脇海)とみゆきが新たな家族を作っていくところを、そして麦田章(佐藤健)率いる『麦田ベーカリー』が第二のキムタヤになるところを……何年でも見届けたかった。彼らが笑ったら私たちも頬がゆるみ、彼が涙を流せば私たちも目頭が熱くなる、そんな私たちはみゆきの言葉を借りるなら、すっかりこのドラマを愛していることになるのだろう。愛に溢れたドラマは、私たちの中に空いた心の穴を埋めてくれる。そんな作品に巡り会えた小さな奇跡に、感謝せずにはいられないフィナーレだった。

参考:綾瀬はるかと上白石萌歌のゴールは? 『義母と娘のブルース』良一から受け渡されたバトン

●愛なのか、エゴなのか

 亜希子が自分を育てるためにキャリアも、愛のある結婚も諦めたのだと思い込んでいたみゆき。章との恋愛がうまくいけばいいと願ったのも、亜希子が自分のせいで手に入らなかった幸せを、取り戻してほしいと考えてのこと。だが、亜希子と良一の間には確かな愛があったことを知らされると、今度はキャリアを再び手にしてほしいと躍起になる。大手コンサルティング会社からのスカウトを受け入れられるように、大学受験をわざと失敗するという強硬手段に出たのだ。全ての大学に落ちれば、就職するしかなくなるという魂胆。だが、その作戦を実行する前に第1志望の大学に合格しており、その通知が亜希子のもとに届いてしまう痛恨のミスをしてしまう。そんなツメの甘さもみゆきらしい一面だが、亜希子は怒り心頭。甘やかしてあげたいという亜希子と、負担になりたくないというみゆき。お互いの幸せを願うほどに、想いはすれ違う。そして、全ての受験が終わると、ふたりはテーブルを挟み相対して座り、本音でぶつかり合うのだった。

 亜希子は、自分の心の穴を埋めるために、エゴのためにみゆきの母親になるという提案にのったこと。みゆきを育てることで、親を早くに亡くし、満たされなかった自分自身を育て直していたのだと包み隠さず話す。親が子にしてあげたいことも、子が親にしてあげたいことも、“相手のため”と言いながら、その本質は“自分のため”だったりする。自分がしてあげたいからしているのだ、と自覚しているからこそ、亜希子は「エゴ」という言葉を使ったのだ。家庭に対して自己犠牲的ではなく、自分の手で自分の人生を選んでいる、という強さ。その意気込みが今の時代を強く生きる母親像を感じさせる。

 「だから恩義を感じる必要はない」。そう言い切る亜希子に、みゆきは「それを愛っていうんだよ」と抱きしめる。その姿に良一の葬式で初めて「お母さん」と呼んで涙を流し、亜希子に抱きしめられた小さな女の子のみゆきが、いつの間にか亜希子の自由を願う大人の女性へと成長していたのだと感じる。第1話でみゆきに名刺を差し出した亜希子と、最終話で亜希子に名刺を差し出すみゆきが重なるように。良一から愛をもらった亜希子は、その愛をみゆきに渡し、そして今度はみゆきが亜希子に返したいと願う。きっと、家族というものは血のつながり以上に、そんな愛のリレーでできているのだろう。

●親はずっと親だけど、形は変わってく

 みゆきが、過労で倒れた亜希子の髪に白髪が混ざっていることに気づいたように、子はいつか必ず親の老いに直面する。どんなにハツラツとした人であっても、どんな偉業を成し遂げた人でも、人は必ず最期のときを迎えるのだ。親のその日を意識したときが、子ども業の卒業といえるのかもしれない。親の役割も子の成長に合わせて、亜希子のように背中を見せて奮闘するフェーズから、章の父のようにそっと影から応援するフェーズへと変化していく。親が子の可能性を広げたいと願っていた関係性は、いつしか子が親の限りある人生をより豊かにしたいと願う間柄になっていくのだ。

 麦田親子のように血のつながった親子であれば、それが当たり前だと感じている部分も、義母と娘だからこそ様々な変化に正面からぶつかり、一つひとつ言語化して整理していく。そのたびに、亜希子とみゆきは実の親子以上に、親子らしくなっていく。この先もきっと……。とかく、この世は孤独と悲しみが渦巻くブルースな世界。誰かと出会えば別れがやってくる。始まりがあれば、終わりがくるものだ。現実でも、2018年はたくさんの別れがあった。レジェンドと呼ばれる人たちが次々と旅立ち、国民的アニメの原作者もこの世を去った。歌姫が引退し、“平成最後の夏”という言葉も多く飛び交った。一つの時代が終わりを迎え、何かが変わってしまうような焦燥感に包まれる。そんなブルースが似合う2018年にこそ、ジャパニーズクラシカルでクスッとさせてくれるポップな『義母と娘のブルース』が私たちの心を救ったのだ。

 “歴史を見れば自分の苦悩など小さく見える”という『おんな城主 直虎』(NHK総合)を手がけた森下佳子脚本だからこそ聞けた粋なセリフにも、1本の軸を感じる。それは、現代であっても、戦国時代であっても、そして未来であっても……時代が変われば、様々な家族の形が生まれてくる。しかし、どんなに形が変わったとしても、人が人を愛することは変わらず温かいということ。当たり前になってしまっていた、親子って、家族って、恋って、いいもんだ。そんなことを改めて気づかせてくれる、ひだまりのようなドラマだった。この先のストーリーは、私たち自身に託されたのだろう。切符に刻まれた1234……と並ぶ数字、GBMS(ぎぼむす)と読めるローマ字のように、今この瞬間にも私たちの周りには小さな奇跡が起きているかもしれない。そのワクワクを忘れずに、いつどうなるかわからない人生を、共に生き思いきり楽しもうではないか。(佐藤結衣)

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