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片桐仁の アートっかかり!

“天才”クリムトのすごさとは? 『クリムト展 ウィーンと日本 1900』

毎月連載

第9回

19/5/10(金)

日本では過去最多となる25点以上のクリムトの油彩画を紹介する『クリムト展』。東京都美術館にて開催中の同展を、同館学芸員の小林明子さんにご解説いただきながら鑑賞します。

意外!? 家族思いだったクリムト

小林 『クリムト展 ウィーンと日本 1900』は、ウィーン世紀末の画家クリムトの画業を紹介する展覧会で、東京では約30年ぶりとなる大規模展になります。

片桐 僕が美大の予備校時代は、油絵科に通う生徒はだいたいクリムトかエゴン・シーレにハマっていましたね。エゴン・シーレの方が病的で痛みを伴う絵を描いているのに対して、クリムトは洗練されている感じがしていました。ただクリムト自身に関してはほとんど知らないんです。

小林 クリムトは姉1人、妹3人、弟2人の大家族の中で育ち、非常に家族思いだったと言われています。生涯独身で、同じく独身だった姉や妹の面倒をみていました。

片桐 そうなんですか!? たくさんの愛人を囲っていたロクデナシのイメージしかなかったです(笑)。

小林 未婚ですが子供は少なくとも14人いましたからね。

片桐 ロダンもそうですけど、「絵の才能以外はまるでダメ」の典型ですよね。それがカッコイイんですけど……。

柔らかい色調で描かれた姪の肖像

グスタフ・クリムト《ヘレーネ・クリムトの肖像》1898年 ベルン美術館(個人から寄託)

小林 これは弟エルンストの娘を描いた《ヘレーネ・クリムトの肖像》です。エルンストも画家として活躍していましたが、ヘレーネが1歳の時に急逝してしまい、クリムトが後継人となりました。

片桐 肌や髪の毛はやわからく描いていますが、平べったく塗っているように見えますね。

小林 洋服は印象派のように粗い筆致で描かれています。

片桐 クリムトと印象派って全然イメージが違いますけど、時代的には重なっているんですね。

小林 クリムトは1862年生まれです。当然印象派の表現を知っていましたし、部分的には点描のようなスタイルも取り入れていました。

アカデミックな画風で頭角を現したクリムト

片桐 クリムトは美術学校に行っていたんですね。

小林 ウィーンの工芸美術学校で基礎や古典的なデッサン、油彩を学びました。

片桐  “美大生です”って感じの絵もありますね。クリムトが普通の油絵を描いていたということに驚きます。

グスタフ・クリムト《男性裸体像》1883年 ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館、ウィーン

片桐 早くから活躍していたんでしょうか?

小林 同じ学校で学んだ弟エルンストや同級生のフランツ・マッチュとともにグループを結成して、劇場の天井画の制作や緞帳(どんちょう)のデザインなどの仕事を請け負うようになります。ちょうどその頃、ウィーンの都市開発が進み、新たな建物が多く建てられましたが、当時のウィーン美術界に君臨していたハンス・マカルトが急死し、未完の仕事の多くがクリムトらに委託されたんです。そこから次第に名を挙げていきました。

片桐 当初は装飾芸術を手がけていたんですね。これまでのところクリムト感は全くないですね!

日本美術のさりげない取り入れ方

グスタフ・クリムト《17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像》1891年 個人蔵

小林 この肖像画のエミーリエは、弟エルンストが結婚したヘレーネの妹ですが、クリムトが生涯にわたって親しく交流した女性です。

片桐 額縁に日本的な草花が描かれていますね。

小林 額もクリムトによって描かれたもので、日本美術の受容が現れています。ウィーンでは1873年に開催された万国博覧会をきっかけに、日本美術が広く知られるようになり、クリムト自身も浮世絵や工芸品などを収集していました。

片桐 額縁にさりげなく取り入れているところがいいですね。

小林 クリムトならではの取り入れ方にセンスが感じられます。

新たな芸術の追求

グスタフ・クリムト《ユディトⅠ》1901年 ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館、ウィーン

片桐 ここから急にクリムトだ! 有名な絵だ!

小林 代表作のひとつ《ユディトⅠ》は、クリムトが初めて油彩画において本物の金箔を使った作品で、その後の「黄金様式」と呼ばれる時代の最初に位置づけられるものです。

片桐 今までのアカデミックな作風から急に変わりますね。

小林 保守的なウィーンの美術界に不満を持っていたクリムトは、1897年に若い芸術家たちを率いて「ウィーン分離派」という団体を設立し、新しい芸術を追求し始めるんです。

片桐 ここから、ようやく自分が描きたい絵を描くようになるんですね。でも、エロティック過ぎるとか伝統的じゃないとか、保守派から批判を受けるようになるんですよね。

小林 当初はなかなか認められず、世間を巻き込む論争を起こした作品もありました。

片桐 《ユディトⅠ》は額もすごいし、構図もすごいし、何から何までデザイン的ですよね! 学生時代に初めてこの作品を知った時、生首が半分で切れているなんてなんちゅう構図だと思いましたもん。

小林 ものすごく印象に残りますよね。

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