Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

池上彰の 映画で世界がわかる!

『ザ・レッド・チャペル』―デンマークの映画監督が謎の国家・北朝鮮に迫る“怪作”

毎月連載

第42回

このタイトルは、第二次世界大戦中、ドイツのナチス党内でスパイ活動をしていた共産主義者が使っていた暗号なんだそうです。

この映画は、現代の秘境とも言える謎の国家・北朝鮮を探るために潜入したデンマークの映画監督が制作したドキュメンタリーです。まさにスパイ活動をしたのですね。

制作は2009年。現在の北朝鮮はコロナ対策のために外国人が入国できませんが、この頃は金正日総書記が健在で、北朝鮮に好意的であれば、外国人を積極的に受け入れていたのです。

そこでマッツ・ブリュガー監督は、北朝鮮の実相を暴き出すため、北朝鮮の受け入れ団体の人たちを騙すという手法に出ました。「異文化交流」と称して韓国系デンマーク人で脳性麻痺のヤコブとシモンのふたりのコメディアンと共に北朝鮮に入国したのです。舞台公演をするという口実です。

そんな彼らが、なぜ入国を認められたのか。ヤコブとシモンは韓国で生まれた後、デンマークに養子となって引き取られていました。北朝鮮としては、韓国出身のふたりが凱旋公演として北朝鮮を選んだ、という宣伝になると考えたようなのです。

北朝鮮では外国人が入国すると、必ず“案内人”がつきます。案内人とは名ばかりで、要は外国人を徹底的に監視するのです。

ところが、彼らについた案内人は英語は流暢ですが、デンマーク語はわかりません。そこでブリュガー監督は、案内人とは英語で会話をしつつ、聞かれてまずい内容のスタッフ間の会話はデンマーク語を使うという方法で撮影を続けていきます。

平然とウソをつき続けるブリュガー監督。ウソをつくことを拒否するヤコブ。彼らの意図が北朝鮮側に見破られるのではないかというスリルを味わいながら映画は進みます。

公演の前に彼らはコントを案内人たちに披露するのですが、北朝鮮の人たちにとっては意味不明のコントでした。当惑した北朝鮮の受け入れ団体の責任者は、コントの修正を要求します。徹底的に“わかりやすい”内容に変えられてしまうのです。

北朝鮮を訪問した外国人が必ず見せられる場所があります。それが音楽の英才教育をしている学校です。一糸乱れぬ行動を展開する少女たち。いかにもという形の“笑顔”で出迎える彼女たちを見ると、不気味さを感じるのはヤコブだけではありません。

実は私も北朝鮮の取材に入った際、同じ学校を見せられたので、ヤコブたちの戸惑いはよく理解できます。

しかし、戸惑ったヤコブのデンマーク語の否定的な発言を、ブリュガー監督は北朝鮮を賛美しているかのような発言に仕立ててしまうのです。そのブラックなユーモアといったら。

北朝鮮で障がい者の姿を見ることはありません。彼らは収容所に入れられているのか、あるいは存在することすら認められていないのか、はっきりしません。実に恐ろしいことです。それだけに脳性麻痺のヤコブの存在は、北朝鮮の人たちに、さまざまな感情を引き起こします。

虚飾の国家を取り繕う案内人の姿は、哀れさを感じさせる一方で、やはりひとりの人間なのだということも感じさせます。

こんな映画撮影に騙されてしまった北朝鮮の人たちには、その後どんな運命が待っていたのかを考えると、背筋が冷たくなります。

面白がって見ていると、次第に寒くなってくる。この映画は、そんな“怪作”です。

掲載写真:『ザ・レッド・チャペル』
(C)2009 Zentropa RamBUk All rights reserved 2009

『ザ・レッド・チャペル』

11月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

監督&出演:マッツ・ブリュガー

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

アプリで読む