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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

和田彩花の「アートに夢中!」

ソフィ カル―限局性激痛

月2回連載

第9回

19/2/5(火)

「限局的激痛」。これは身体の狭い範囲部位を襲う鋭い痛みや苦しみを意味する医学用語。現在、原美術館(東京・品川)で開催中の「『ソフィ カル―限局性激痛』ー原美術館コレクションより」は、1953年パリ生まれの女性現代美術作家ソフィ カルが、自身の失恋体験による痛み(限局性激痛)とその治癒の過程を、写真と文章で作品化した展覧会。自分の人生をさらけ出し、他人の人生にも向き合い、さらに観る我々にまでその痛みを共有させるカルの作品から、和田さんは何を感じたのか。

ちょっと粘着質だけど(笑)
共感できる痛みの癒し方

 主に写真と言葉で構成した物語性の高い作品の制作で知られるソフィの展覧会。言葉は悪いかもしれませんが、ちょっと粘着質だけれども(笑)、とても共感性があって楽しむことができました。ここまでやりきる!? っていう感じが、ある意味清々しくもありましたね。

「ソフィカル限局性激痛」原美術館コレクションより 第1部の展示風景 ©Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018Photo by Keizo Kioku

 1984年に、日本に三ヶ月滞在できる奨学金を得たソフィは、心から愛する恋人をパリに残し、そしてまた彼に会う日を楽しみにパリを旅立ちます。

 しかしこの旅立ちが、ソフィの人生に最大の苦しみを与えることになります。そう、別れです。ソフィも「その果てに待っていたのはありふれた別れなのだが、とはいえ、私にとってそれは人生で最大の苦しみだった。私は日本滞在こそが悪の根源だと考えた」と語っています。展示を観ていくと、日本が諸悪の根源というのもちょっとした八つ当たりかな? と思ってしまいますが(笑)。

 展示は2部構成になっていて、第1部では、人生最悪の日までの92日間の、ソフィの行動や出来事を記録した写真や手紙をはじめ、メモ、地図、紙幣、通帳にパスポート、そしてあってはいけないホテルの鍵の写真などが展示されています。まだ別れが訪れるとは思っていないソフィの、自由で奔放な日々が綴られ、言ってしまえば「資料」のような側面がある展示です。

第1部では、「人生最悪の日」を迎えるまでの日々の思い出を、画像とともにカウントダウンしていく。Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 その中でも私が一番印象に残ったのが、ヨウジヤマモトさんの服のコーディネートを写した写真です。愛する人との再会を待ちわびて選んだ青い服。彼のために何時間かけてこの服を選んだのか、相手にこうやって思わせたいというソフィの気持ちがキャプションのようなメモに綴られていて、すごく粘着質なタイプだけど、この人面白いって思いました(笑)。

 そして第2部へ。ここでは第1部で体験した「人生最悪の日」、自らの失恋体験を他人に語り、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく過程が、写真と刺繍で綴られています。テキストがすべて刺繍で綴られているのですが、またこれも粘着質!(笑)。

「ソフィカル限局性激痛」原美術館コレクションより 第2部の展示風景 ©Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018Photo by Keizo Kioku

 すべて「〇〇日前、愛している男に捨てられた。」という言葉で始まるテキストは、彼女の心の傷、膿をひたすら吐き出し続けます。

 ソフィの作品って、どこか1枚を切り取って作品になるわけではないと思います。写真作品って、シリーズであっても、その中の1枚だけがコレクションされたり、1枚でシリーズが成立することもありますが、ソフィは違います。すべてを見終わった後に、これが巨大な作品だったんだっていうことに気付く。どれか1枚を切り取るだけでは、彼女の作品の全貌は見えないし、近付くことができないんです。

 だからこそ、第1部で「彼氏に会いたいために服を買ったんだな」「また会いたいって手紙を書いてる」「日本を楽しんでるな」「ちょっと性格悪い?(笑)」などと思ったことが、第2部の作品につながっていることに気付いた時、彼女の作品の一連性に気付かされます。

 その上、他人の辛い経験もものすごくヘビーなんです。これを繰り返し見ていくと、他人の心の傷なのに、自分の心も痛くなったり、自分の過去の心の傷を思い出させたり、隠していた何か、忘れていた何かをえぐったりしてくる。

 私はそういう痛みを伴う作品と出会うのが初めてで、驚きと衝撃を受けました。

第2部では、自分がどのようにして恋に破れたかを細かに描写し文章が刺繍で綴られる。同じ話を繰り返し他人に語ることで次第に癒されていく過程が文章の量と刺繍の色の変化で表現されていく。「ソフィ カル 限局性激痛」1999-2000年 原美術館での展示風景 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 はじめは布いっぱいに綴られた文字も、日を追うごとに減っていきます。そして織られた糸の色も、下の布と同化していく。言葉にすることで、癒されていく。満たされていく。ソフィは本当に粘着質だけど(笑)、こうやって癒していくことしかできないんですよね。ある種、傷の舐め合いというか。

 膿を出すのってそう簡単ではなくて、さらけ出すことでまた自分も傷付くはずですよね。いやでも傷に向き合わなければいけないから。

 でも実は私、そういう傷の癒し方が好きというか、そっちのタイプだと自分で思うんです(笑)。
だからこそ自分も一緒になって痛みを感じながらも、共感しながら観ていました。

超個人的な失恋体験を
作品化するパワーがすごい!

 私は自分に起こった傷を伴う経験に対して、「忘れよう」と努めることはないんです。「なぜこうなったのか?」「なぜ自分が傷ついているのか?」ということを、できる限り言葉で反復して、徹底的に掘り起こしていく。だからソフィの傷の癒し方がすごくわかったんです。でも私と彼女が違うところは、彼女は他人に何度も話すけれども、私は自分の中で反復するところ。でも「繰り返す」という根本的な傷との向き合い方はまったく一緒です(笑)。

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