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『いだてん』阿部サダヲ×役所広司、ぶつかり合うオリンピックへの情熱 銃声が告げる戦争の始まり

リアルサウンド

19/9/9(月) 12:00

 『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第34回「226」が9月8日に放送された。1936年2月。陸軍の青年将校らがクーデターを起こし、閣僚らが暗殺された。暗殺された者の中には、政治(阿部サダヲ)がオリンピックの資金を調達するために直談判した高橋是清(萩原健一)もいた。政治の勤める新聞社も襲撃を受けた。第34回は、戒厳令が出された東京でオリンピック招致活動を続けることに葛藤する政治の姿が印象的な回となった。

 2月26日、陸軍将校によるクーデターが起きた。新聞社では「号外を出すぞ」と言う緒方(リリー・フランキー)の声が聞こえるが、警視庁は軍隊に占拠され、内務省からは記事差止の通達が来ている。そしてとうとう新聞社も軍隊に占拠されてしまった。将校らを説得した緒方は、社員たちに逃げるよう指示。しかし政治は「奴らに屈するんですか」「ここで踏ん張らなければ、言論の自由は終わりですよ」と緒方に対抗した。政治の言動からは、新聞記者としての誇りが伝わってくる。

 けれど、その誇りは力によって打ち砕かれる。「あいつらは高橋是清を殺した奴らだ」と緒方は言った。将校らを見つめて絶句する政治。政治の脳裏には笑う高橋の姿が浮かんだ。このときの阿部の表情は、高橋との会話が、日本にとって、オリンピックにとって、そして政治にとってどれほど重要なものであったかを物語っている。高橋との対話という政治の鮮明な記憶が繰り返し挿入されることで、平和の祭典であるオリンピックやスポーツ、若者という希望や人々の日常が、徐々に「戦争」に蝕まれていく、その絶望が強調されていくようだった。

 将校らによって新聞社が荒らされるのを、政治は黙って見ていることができない。ロサンゼルスオリンピックの写真が踏みつけられるのを見て、政治は将校に飛びかかる。殴られ、跳ね飛ばされても、必死で止めようとする政治。緒方らに引き摺り出される政治の表情は、怒りと悔しさに満ち満ちていた。

 そんな中、IOC会長・ラトゥール(ヤッペ・クラース)が候補地の視察として来日するという。「こんなときだからこそオリンピック」という治五郎(役所広司)の言葉に呆れ返る政治だが、煙草を吸う政治の表情には、普段のような勢いはなく、不安や焦りが見える。菊枝(麻生久美子)の前で「俺は怖い」と本音を漏らした政治。だが、菊枝の「だったら(記者かオリンピック招致)辞めたらどうです」という言葉に激昂した政治。「来ないんだぞ、あれが、東京に! あの興奮や、感動を知らずに、君は死ぬのかね!?」という政治の台詞からは、誰よりもオリンピック招致を臨む力強さがあった。

 政治は治五郎に対しても感情を高ぶらせた。ラトゥールの候補地視察に前向きな治五郎に「あんたら2人ともどうかしてんだよ!」と政治は怒鳴る。戒厳令が発令され、銃剣を構えた兵士がそこら中にいる。反乱軍と鎮圧軍の争いに、いつ民間人が巻き込まれるかわからない。そんな状況でオリンピック招致を本気で目指しているのか、と政治は治五郎を問い詰める。「寝てないし、怖いし、死にたくない!」という政治の台詞は、この状況下で生きる人々の心境をありありと表現していた。

 しかし政治の本音はそれだけではなかった。掲げられた日本国旗と五輪旗の前で、政治は大声で言う。

「でもやりたい!」

 治五郎の本気に着いていくと宣言した政治は「どうなんだよ! やれんのかよ!」と思いをぶつけた。治五郎はこう返した。「やれるとかやりたいとかじゃないんだよ。やるんだよ!」「そのためなら、いかなる努力も惜しまん!」。治五郎の返答にうなづく政治の目は涙で潤んでいるようだった。その涙は絶望ではなく、希望を表すものだ。オリンピックへの並々ならぬ情熱が伝わってきた。

 劇中、高橋が「君は怖いものなしだな」と政治に笑いかけるシーンの前後で銃声が響いた。片方はスタートを知らせる銃声で、ロサンゼルスオリンピックで活躍した選手たちの姿が映し出された。しかしもう片方は、青年将校らの写真が映し出され、高橋らを殺した銃声であることがわかる。平和と戦争という相反するものの始まりを告げる音だ。第34回のラストは、ラトゥールが日本のオリンピック招致を検討する前向きなものではあったが、もうすでに彼らの前には戦争が影を落としているのだ。(片山香帆)

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