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小西康陽 5243 シネノート

1月から2月

毎月連載

第20回

20/2/19(水)

『真夜中の顔』 (C)1958松竹株式会社

 それほど寒くはない冬の日、薄曇りの空の下、東宝映画の撮影所にいる俳優たちやスタッフが何十人も、中学校のグラウンドのような場所に集まっている。砧の撮影所の敷地内なのだろうか。だが、なぜかサッカーのゴールのようなものが向こうに見えるので、やはり学校の校庭だろうか。藤原釜足や森繁久彌、加東大介なども見かけた。時代劇のかつらで町人姿の人もいる。校庭の中央にはマイクスタンドの立っている台があって、そこでは藤本真澄プロデューサーらしき人が何か大きな声で喋っているのだが、その風貌は『江分利満氏の優雅な生活』の小林桂樹そのものだった。なにか強く主張しているのは、なんと成瀬巳喜男監督作品のソフト化のことで、このままじゃずっとカタログは埋もれたままだぞ、などと言っている。そしてそのプロデューサー氏はなんとこちらを睨み付けるではないか。だが、じぶんもその場しのぎの適当なことをしゃべるのは得意、東宝の映画人たちに向かって壇上から、皆さんがいかに成瀬巳喜男作品が好きであるか、いまこそ声高に話すときなのではありませんか? などと調子の良いことを言って逃げきる。演台を降りて、集まった人々にふたたび目を向けると、1960年代の東宝映画によく出演していた女優の森今日子さんがいて、視線が合ってしまう。というところで目が覚めた。めずらしく夜中にトイレに行くために起きることのなかった日に見た、不思議な夢。映画に関係した夢で、こんなにはっきり憶えていることはあまりない。目が覚めたあとで、じぶんは人前で大きな声で話すことが好きなのかもしれない、と気づいて、ちょっと厭な気持ちになった。そして森今日子さんは映画でみるよりもずっと綺麗な人だった。

神保町シアター「渡哲也 わが青春の日活撮影所」チラシ

 1月は54本の映画を観た。神保町シアターで行われた【渡哲也 わが青春の日活撮影所】という特集上映で未見だった作品、計10本。第1週は中平康の『赤いグラス』、初主演作だという小杉勇監督作『あばれ騎士道』、斎藤武市『骨まで愛して』、そして石原裕次郎が主演した『陽のあたる坂道』の西河克己監督によるリメイク版の4本を1日で観てしまった。
 『赤いグラス』はモノクロのアクション映画。よくあるストーリーを中平康がなんとしてもシャープな演出に仕上げたい、と躍起になって作った、という印象。アイ・ジョージがやけにキザなセリフばかりを吐く。さらに『事件記者』シリーズでおなじみの「ムラチョウ」さん役・宮坂将嘉がギャングのボス役で登場、すぐに死んでしまうのだが、ひじょうに印象的だった。ジャン・ピエール・メルヴィルの『いぬ』とか『賭博師ボブ』とかに出てきそうな人物。
 『あばれ騎士道』は渡哲也と宍戸錠が兄弟、という話なのに、なぜかほぼ寝落ちしてしまった。次の『骨まで愛して』は城卓也のヒット曲に題名を借りた企画だが、これも完全なアクション映画。やはり宍戸錠が登場して、<敵なのに相手を助ける>殺し屋を演じる。女優も浅丘ルリ子、松原智恵子、さらには往年のTVシリーズ『プレイガール』のレギュラー・浜かおる、こと浜川智子が出演していて、大いに楽しんだ。宍戸錠はやっぱり最高、と思っていたら、その翌週の訃報だった。
 しかしこの日の渡哲也特集、いちばん素晴らしかったのは意外にもまったく期待していなかった『陽のあたる坂道』だった。宇野重吉と三益愛子のことをパパ、ママ、と呼ぶ渡哲也。似合わな過ぎる役どころ、この俳優の不器用さに泣いてしまう。優等生を演じ続ける早川保。とつぜん現れた兄に戸惑い、怒りの感情を爆発させる山本圭。何もかもお見通しの三益愛子。ほんの数シーンの登場で強い印象を残す女優は、なんとあの斎藤チヤ子。桜むつ子、恵とも子もよかったのだが、ヒロインを演じる十朱幸代だけが好みとちがった。それにしても石原裕次郎と北原三枝の出た田坂具流版は優に3時間を超える長尺作品。こちらも長いけれども、なんとか2時間半で仕上げ、渡哲也の新たな魅力を引き出した西河克己の手腕は讃えておきたい。
 第2週は同じく西河克己の『白鳥』、松尾昭典『真紅な海が呼んでるぜ 』、斎藤武市の『あなたの命』。この週は仕事の関係で1日に1本ずつ鑑賞。『白鳥』は松山善三の脚本、じぶんにはあの東宝・豊田四郎監督の『千曲川絶唱』のスピンオフ映画のように見えてしまった。あの北大路欣也と同じ病室で田中邦衛扮する兄の訪問を待っていた妹・いしだあゆみ。あの兄妹が渡哲也と二木てるみとなって作られた話。そのように観ていたので、ラストの吉永小百合の入水には面食らったのだった。
 第3週は蔵原惟繕の『愛と死の記録』、平山秀幸『レディ・ジョーカー』、森永健次郎『拳銃無宿 脱獄のブルース』の3本。圧倒的に素晴らしかったのは『愛と死の記録』。吉永小百合と浜川智子が勤めるレコード店が嬉しい。そして、この映画の書き文字のクレジット・ロールを観て、大塚和、というプロデューサーの名前を記憶した。

 新文芸坐、金曜夜のシネマテーク、クロード・シャブロルの特集・後半に3週続けて通う。『血の婚礼』『肉屋』『汚れた手を持つ無実の人々』。どれも最高に素晴らしかった。『血の婚礼』と『肉屋』はクロード・シャブロルの妻であるステファーヌ・オードランがヒロイン。そして『汚れた手を持つ無実の人々』はロミー・シュナイダーの主演。どちらもほんとうに美しかった。恋愛が人生を破滅へと導くストーリー。ヒロインの美貌が物語を牽引していく映画。これこそが映画なのだ、と信じているじぶんのような人間にとっては、まさに王道の映画。昨年の秋に上映された特集の前半は仕事やDJの予定が重なって観ることができず。つぎの機会を気長に待ちます。

『パラサイト 半地下の家族』(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

 そして、じぶんとしてはめずらしく、品川プリンスホテルのT-joy 品川で新作映画を続けて鑑賞する。クリント・イーストウッド監督の『リチャード・ジュエル』、ジェイムズ・マンゴールド監督の『フォードVSフェラーリ』、ボン・ジュノ監督の(長谷川陽平さんによれば、ポン、ではなく、ボンの表記が正しい、とのこと)『パラサイト 半地下の家族』、そして岩井俊二監督の『ラスト・レター』の4本。さらに昨年夏の封切作品だった山崎貴監督の『アルキメデスの大戦』も池袋・新文芸坐で観た。映画を観た直後に付けているメモでは『リチャード・ジュエル』『フォードVSフェラーリ』『アルキメデスの大戦』が★ひとつ。『パラサイト 半地下の家族』と『ラスト・レター』は星は無し。とはいえ、どれも楽しんだけれども、ノックアウトされた、とか、熱狂的に愛した、というような映画ではなかった。それにしても封切りの新作を1200円で観ることのできる「シニア料金」というのはほんとうに素晴らしい。人生の先輩によれば、都内のバス料金などが無料になる「シルバーパス」などは、受給されるとみんなワイワイ、キャッキャと小旅行の計画などを企てては出掛けるそうで、そういう楽しみのためにもうすこしだけ生き延びていたい、と考える。

シネマヴェーラ渋谷「脚本家 新藤兼人」

 さて今週、まさに「ノックアウトされ」て、「熱狂的に愛し」てしまいたくなる映画に出くわした。それはシネマヴェーラ渋谷の【脚本家 新藤兼人】という特集上映の初日に観た宇野重吉監督作品『真夜中の顔』という映画だ。今回はこの映画のことだけを書いてもよかった。ノックアウトされてから3日後のきょう、また観に行ってやはり完膚なきまでに打ちのめされてしまった。まだ、まったく頭の中の整理がつかないのだが。富士山に松竹映画の文字、つづいて歌舞伎座映画製作、というクレジット。(←※)モノクロ。1958年制作。たった76分の映画であること。あとは愚かな観客が暗闇の中で必死に書き留めたメモのように、順繰りに記してみる。

・出演者として最初にクレジットが出るのは、三國連太郎、梅野泰靖、若原雅夫。そしてクレジット2枚目は女優たちで、桂木洋子、中川弘子、高田敏江、水戸光子。だが三國連太郎は主演かと思って観ていると、どうも描き方、描かれ方が弱い。桂木洋子にいたっては映画が始まってまもなく、消えてしまう。

・冒頭の場面、狭い銀座のバーなのにフロア・ダンサーが踊っていて、それを楽しそうに眺めている中年男たち。下元勉、宮坂将嘉、下條正巳、清水将夫、それにもうひとり、見切れて判断できないのは若原雅夫だと、しばらくして判る。バーの女給は桂木洋子、中川弘子、高田敏江。水戸光子はマダムでカウンターの中にいる。桂木洋子は恋人からの連絡を待っているが、瓶ビールを持ってボックス席に入ると、きちんと営業用の笑顔を作っている。

・フロアダンサーのショウが終わると、清水将夫がどうです、これから東京湾に舟を出して、網を打ちませんか、と誘う。蒸し暑い夏の夜、夕涼みとばかりに全員で繰り出し、一緒に行きたいと言う桂木洋子、それに中川弘子もマダムの許可を得て、店の階段を上がって出かけてしまう。

・ボックス席の連中が夜舟に乗り込むロングショット。言い出しっぺの清水将夫は、これから別の用事がありますので、また後ほど、といって彼らを見送って立ち去る。次のカットはその清水将夫がどこかのラウンジで酒を飲んでいる男たちに挨拶をしているショット。嵯峨善兵と後頭部だけしか画面に映らない男。清水将夫は当夜の酒席のメンバーについて報告している。耳の早い連中はもう嗅ぎつけているらしい、と笑う嵯峨善兵。

・ふたたび銀座のバー「ユトリロ」の店内。トルコ風呂みたいな暑さだな、といって入ってくる二人の勤め人らしき客。カウンターで骰子を振りながら飲んでいた常連と思しき客は、いまの連中は? とマダムに尋ねるが、彼女も初めてのお客、どっかの二次会らしいわ、と言うだけ。店を空っぽにしちまって良いのかい? この時期はヒマなのよ、といった会話をしていると、半袖の白いシャツ姿の三國連太郎が階段を降りて入ってくる。入れ違いだったわ、とマダム。桂木洋子の待ち人はこの三國連太郎だった。不愉快そうに電話で会社に連絡を入れる三国。ご機嫌が悪いのね、と尋ねるマダムに、きょう、辞表を出してきた、大阪へ行く、と答える三国。ナオちゃんも連れていくの? ナオちゃん、というのが桂木洋子の役名。どうやら三国連太郎と桂木洋子は恋愛関係にあるものの、彼女は婚姻関係にある男と別れられずにいるらしい。帰るよ、といって階段を上がっていく三国。

・その直後、中川弘子が銀座の裏通りを必死の形相で駆けているショット。つづいて、バーの入り口のバルコニーからカウンターのマダムに向かって、ママ、ナオちゃんが、と泣き喚いている。桂木洋子は舟から落ちて、そのまま溺れてしまった、というのだ。階段を上りかけたところで絶句する三國連太郎。

・つづいて店に戻ってきた若原雅夫。その背後には憔悴しきった様相の宮坂将嘉、下元勉、そしてずぶ濡れの下條正巳。この男も海に落ちたのだが、すぐに男たちに引き上げられた。

・烈火のごとく怒ったマダムは、若原雅夫に喰ってかかるが、若原はなにしろ引き潮でね、あっという間だったんだ、と、なんとも誠意のない弁解を口にするのみ。あきれたマダムが電話をかけようとすると、若原雅夫が制止する。どこに掛けるんだ。きまってるじゃないの、水上警察よ。それはちょっと困るんだ。きょう、ぼくたちが会って飲んでいたことが世間に知れるとまずいんだ。きみたちは何だ! 怒声をあげる三國連太郎。きみは誰? とおだやかに返す若原。ぼくは新聞記者だ。ほう、どこの新聞? 日東タイムスだ。その答えをきいて、ほんの少し、鼻で笑う若原の表情。

・今度は若原雅夫が電話をかけている。アロハシャツを着た与太者が電話に出るショット。松三さん、いる?

・その直後、ギャングたちが階段を降りてくるショット。横縞のシャツを着た内藤武敏。スーツにノー・ネクタイの芦田伸介。そしてダーク・スーツに黒シャツ、ブラック・タイの千代田松三、こと梅野泰靖。

 ここまで映画は15分あったかどうか。老獪な演出家によって、すでに気持ちを鷲掴みにされている観客は、このあと、この梅野泰靖という俳優の一挙手一投足に完全に釘付けになってしまう。ここから夜が明けるまでの、長く短い一夜を描いたのが、この『真夜中の顔』という映画なのだ。
 まるで舞台の中央に作られた花道のようなバーの階段を降りて登場し、また階段を上がって退場する役者たち。笈川武夫、滝沢修、信欣三、小川虎之助、小沢栄太郎、鈴木瑞穂。バーに入れなかった客に松下達夫と垂水悟郎。桂木洋子を発見した漁師は監督・宇野重吉。その漁師をもてなすのは佐野浅夫と草薙幸二郎。とにかく、宇野重吉監督の下、劇団民藝を中心に新劇俳優、それも名優ばかりが入れ替わり立ち替わり、という映画。
 とにかく俳優たちの演技力が凄い。演技力とはすなわち、観察眼と表現力のこと。カウンターの中にいるバーテンダーを演じる斎藤雄一、という俳優をじぶんはこの映画を観るまで知らなかったが、ほぼセリフのないこの人でさえ素晴らしい。セリフがない、といえば、宮坂将嘉と下元勉、高田敏江も同じく。鈴木瑞穂にいたってはセリフもなければ、出演者としての名前さえクレジットになかった。
 はじめて観る、内藤武敏と芦田伸介による下衆な与太者の演技。芦田伸介は悪役こそ多いが、すでに顔に疵を持っていて、重厚な役を演じている頃。それが半裸になって鉄砲玉を演じるのだ。さらに内藤武敏ときたらあきらかにすこし頭の足りないチンピラ。これはもう、若い俳優たちのために、与太者の演技の手本を見せてやろう、と模範を示しているかのごとき怪演なのだ。
 そんなヴェテランたちをみごとに仕切るのが梅野泰靖で、この人の圧倒的な芝居はとにかくこの短い映画を観てもらうしかない。じぶんはこの俳優の名前と顔を小林旭主演、石原慎太郎の小説を原作に持つ舛田利雄作品『完全な遊戯』で認識した。なんと魅力的な俳優だろう、と思っていたが、この人にこんな一世一代のシャシンがあったとは。
 映画の中ほど、タクシーを見送った若原雅夫がバーの店先で煙草を喫すシーン。この短い映画の中で、なぜかこの場面では一本の煙草に火をつけ、夜空の星を眺めながら吸い終えるまでを映す。観客にも圧倒的な緊張を強いるこの芝居の中の、これは幕間、ひと息入れてもらうために設けられた演出家による配慮。いままで、映画の中に舞台劇のような演出が持ち込まれた途端に冷めてしまう、そんなじぶんの「演劇アレルギー」をあっさりと吹き飛ばしてしまう傑作。昨年観て、ナレーションで心情を説明する手法を使ったところで、傑作は傑作、と教えてくれた島耕二監督の『顔』と同じく、じぶんの偏った先入観を破壊されるよろこび。『真夜中の顔』は久しぶりにゾクゾクと震える一本だった。

※冒頭は富士山の絵に「グランドスコープ」の文字が出た後、「松竹映画」と出て、つぎのクレジットは「株式会社 歌舞伎座製作」だった、というご指摘を下村健さんよりいただきました。また、名前やセリフの記憶違いを上馬場健弘さん、よしださん、藤田さんよりご指摘いただき、わかる範囲で直しました。ご同好の友人の皆さま、ありがとうございます。

『陽のあたる坂道』
1967年/日本
監督:西河克己
脚本:池田一朗、倉本聰
出演: 渡哲也、宇野重吉、三益愛子、早川保、車愛子ほか
※神保町シアター「渡哲也 わが青春の日活撮影所」

『パラサイト 半地下の家族』
2019年/韓国
脚本・監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジンほか

『真夜中の顔』
1953年/日本
監督:宇野重吉
脚本:新藤兼人
出演: 三國連太郎、中川弘子、桂木洋子、若原雅夫、梅野泰靖、水戸光子ほか
※シネマヴェーラ渋谷「脚本家 新藤兼人」

プロフィール

小西康陽

1959年、北海道札幌生まれ。1985年にピチカート・ファイヴでデビュー。作詞・作曲家、DJ。

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